2011/12/23

インターネット上への個人情報の曝露によるリスクについての参考事例

まあ知ってる人には釈迦に説法てなもんなんだけど、個人的まとめとして。

事例1:
職場の同僚。先日Facebookを使っているのを知ったので試しにその人の本名でGoogle検索したら、Facebookの他にTwitterのアカウント、本人の顔写真も出てきた。TwitterはTwilogと連携されており、過去の発言をさかのぼることが可能で、最寄り駅などが確認できた。

事例2:
いろいろと問題を抱えている某iPhoneアプリの作者。姓名のうち名らしき文字列は、App Storeで容易に分かる状態だった。アプリ名とこの文字列にいくつかキーを加えながら何度かGoogle検索したら、姓と思われる文字列が確認できた。

事例3:
某所で炎上マーケティング的な言説を繰り広げられている方。個人で会社を経営しているが、自身で書かれているプロフィールの奥歯にモノが挟まったような表現が気になったので、キーを変えながらGoogle検索したら、プロフィールでは公表されていない学歴が把握できた。また、過去に某オープンソースコミュニティを(おそらくご自身はそう思ってないだろうが)荒らしていたことも判明し、自身が運営していて現在は終了しているwebサービスに書かれていた、当時の本音そのものは消えていたが、内容はInternet Archiveに保存されていた。

ワタシはセキュリティ業界の隅っこでも飯を食わせてもらっている(ほとんどが冷や飯だろうって?ほっとけ)。そういう立場から少々解説しておく。情報漏えいのニュースは日々流れてくるが、その原因の大半が事故ではなく故意だということは、皆さんあまり意識していないかも知れない。たいてい、誰かが意図的に情報を漏らすのだ。

その一方SNSの普及にともなって、プライベートな情報が数多くインターネット上で共有されるようになった。プライベートな情報とは、すなわち個人情報である。個人情報保護法からその定義を抜粋する。

個人情報とは、生存する個人の情報であって、特定の個人を識別できる情報(氏名、生年月日等)を指す。これには、他の情報と容易に照合することができることによって特定の個人を識別することができる情報(学生名簿等と照合することで個人を特定できるような学籍番号等)も含まれる(2条1項

「他の情報と容易に照合することができることによって特定の個人を識別することができる情報」という点に、注意してほしい。事例1は論外(ばっさり)。事例2はアプリ開発者として責任ある態度とも言えるが、姓にあたるであろう部分を後に消去している痕跡があるのが気になる。事例3は、プロフィール欄に書かれた文字列を検索して、「他の情報と照合して」得た結果である。

某巨大匿名掲示板で最強の名をほしいままにしている、通称鬼女板がある。あそこの恐ろしさのひとつは、少々の知識さえあれば誰でもできるこのような個人情報の特定を、同時並列であっという間に実行できる機動力が存在することにある。彼女たちの手にかかれば、ワタシなんぞ速攻で丸裸のうえケツの毛1本までむしり取られますなw

なにげない写真やツイートに付加された位置情報で、おおよその住所が分かる。1枚の顔写真から、他の写真が検索照合される。その他、個人から発せられたネット上の情報は、ほとんど全てが個人そのものを探しだす手がかりになる。そして、かなりの部分はネット上のどこかに残り続けるのだ。例えばFacebookのように

これは明らかなリスクである。しかしリスクとは正負両面の性質を持ち、危険ばかりではない。その事態に直面したとき、どういう対応をするか、どう振る舞うかを、あらかじめ想定しておくのが有効である。Twitterやストリーミング放送等で、情報はより即時的に共有されるようになった。その拡散を防ぐことは個人レベルではほぼ不可能に近いことを念頭に、行動すべきであろう。結局のところ、普通に淡々と過ごせばいいだけの話。逆に上記の話が怖いと思ったら、ネットには一切情報を載せず、何事もせず家の中で画面を眺めるだけにしておいたほうがよい。

2011/12/15

お知らせ:毒抜きしてました

どうも。最近Twitterを中心に活動してましたが、ここ数日、縮退運転してました。今日から日常に復帰します。

…まあ一応、理由を述べておきましょうか。直接的なのは、仕事とプライベート両方の締め切りがあったこと。仕事は何とかなるけど、プライベートは諸々の事情でヤバくなってたので、ちょっと本気を出さねばいけなかったのです。

それともうひとつ、Twitterにより、リアルライフが侵食され始めたのに気づいたのも大きいことを白状しておきます。きっかけは、あるツイートを目にしてとても嫌な気分になったことなんですが、それを冷静に捉え直してみたら、自分が一種の依存症的な状態になっていたのを思い知らされたのです。

「自分のツイートは説得力がある」と言われたことがあります。実はそれを半ば意識的にやっていて、逆に言えば、常にツッコまれることを想定したうえで自分なりに理論武装してツイートしていたわけですが、どうも到達範囲が予想以上にデカくなっているらしいのが分かってきました。ぶっちゃけて言えば、適当にハッタリをかましたつもりが思わぬところからマジレスされるようになってきました。それがTwitterの面白さであるのは承知していたつもりが、付け焼刃ゆえワタシの持つリソースでは対応し切れない局面が出てくるようになりました。自分の中では結論が出て片付いたはずの発言が独り歩きしたあげく、よく知らない誰かから延々とツッコまれるのは、時間的にも精神的にも辛いものがあります。

その一方で、FavやRetweetが通知されるたびに、手応えを感じていたのも確かです。しょっちゅうネタに走る理由はまさにこれ目的で、ツイート直後にiPhoneが振動するとニヤニヤしていたわけです。まあネタに走るのは、迷彩目的でもありましたが。

Twitterを始めた理由はスピード感のある情報収集だったのですが、それがいつの間にか、自分理論を振りかざしつつFavやRetweetを求め続けてiPhoneを握りしめる、いかにもウザい奴に変わっていたのに気づきました。そこで、こりゃあ少々アタマを冷やす必要があるなあと考えて、意図的にツイート量を控えてみたわけです。「よく分からんけどテレパシーで話してる」、具体的には「(… …)」て囲まれたツイートをしばらく発していたのとmentionを減らしていたのは、あくまでも独り言なんだよという表明のつもりでした。これは結果的にかなりの効果がありましたが…閑話休題。

こういう内情めいたことを書くと引かれるかも知れませんが、仕方のないことです。フォロワーさんが減るかも知れませんが、逆に増えるかも知れません。お前のことなんか知るかと放置されるかも知れません。しょせんはこの程度のことなので、あまり気になさらぬよう。ワタシも気にせずマイペースに戻ります。

2011/12/11

東京モーターショー2011に行ってきました

こちらに長文を書くのは、超久し振りですね。しばらく使ってみて痛感したんですが、画像を紹介しながら持論をまとめるにはTwitterは不便すぎるので、適宜使い分けが必要ということでしょうか。

さて表題の件。先日EOS Kiss X50を入手したので、そのテストを兼ねて東京モーターショーへ行ってきました。元々EOS使いだったので手持ちのレンズが流用できると思ったんですが(と言っても2本ですが…)、アナログのレンズを流用すると38mm→実質50mmみたいなことになるのを購入してから知って、近接撮影全滅じゃん!と慌ててEF-S18-55mm F3.5-5.6 ISを中古屋で購入。高級コンパクトよりは高価なうえに邪魔だけど、ファインダーレス一眼をレンズごと揃えるよりは安上がりという、微妙な線で落ち着きました。ただ、歴代EOS特有の「素人でもそれっぽい写真がバカスカ撮れる」良さは健在で、振り回して遊ぶには充分です。

さて、それを持ってモーターショー会場のビッグサイトへ。ハッキリ言って会場選択を間違えてます。異常な混雑、東西に別れていて不便なこと…etc.。さっさと幕張メッセへ戻すべきですね。

内容ですが、無意味なコンセプトカーが減ったのは喜ぶべきでしょう。あれはデザイナーのお遊び以外のナニモノでもなかった。それを実走させるならまだしも、クレイモデル=ハリボテで展示しても、いまや誰も喜ばないでしょう。その点、BMWとVWは実走できるEVをしっかり作って持ち込んできた。そういう金のかけ方をすべきです。それから、華のあるスポーツカーメーカー、具体的にはフェラーリとランボルギーニですが、が居なかったのは勿体なかった。このタイミングなら話題性抜群だったのに(笑)。あ、パーツメーカーやカーオーディオメーカーの展示が激減していたのは気になりました。どこも厳しいのでしょうねえ。

んで、5時間ほどかけて、展示されていた車両群を撮影して回りました。写真はこちらにまとめてあります。市販モデルやハリボテ(それとコンパニオンの女性)にはほとんど興味が無いので、結果として非常にフェティッシュな画像ばかりになりました。フラッシュ禁止のお任せモード、しかも説明書も読まずロクに設定もしなかった割には、面白い感じに撮れたと思います(自画自賛)。

さて個人的ベスト展示は、ヤマハの後付け可能な電動クルマいすキット。クルマいすがオーダーメイドの世界に近いことを考えると素晴らしいソリューションですが、既に販売中とのことで己の無知を恥じました。あまりに感激したので、そばにいらっしゃったヤマハ社員に話しかけてみましたが、やはり実走テストとチューニングをエンジニア自ら手がけているようで…。こういうモノづくりができるのが、日本の製造業の強みでしょう。

逆にワースト展示は、ホンダのニセGS。元ネタであるR1200GS Adventureと見比べてみてください。ホンダの企画者とデザイナーは、今すぐオフィスを出てカブを買って5,000kmくらいツーリングしてこいと言いたくなりました。もちろん、これもあまりに頭にきたので、近くにいたホンダ社員を罵倒してきましたが。ちなみにカワサキにもニセGSがあったので文句を言ってみましたが、社員の方がしっかりと食い下がってきたので、良くも悪くもカワサキだなあと思った次第。

で、4輪ですが、どうにも面白くない。目を惹いたのは、ルノーのコレくらいでしょうか。86/BRZはデカすぎとの印象を持ちましたが、見物人が多すぎてゆっくり罵倒できる時間がなかったのが残念(笑)。それから、レクサスLFAの色気の無さには愕然としました。どこをどう撮ってもダサい。リア周りは致命的です。宝くじが当たってもいらないです。タダでくれたら速攻で売っぱらって日産GT-Rを買い直します。なお写真が無いメーカーは、そもそも興味がないとお考えください。ホンダの4輪とか。メルセデスのセダンやクーペとか。そういやBMWは2輪を展示してなかったな。

というわけでモーターショー自体はまだやってるのかな?ショールームで見られないようなクルマが見たければ、平日に休みを取ってピンポイントで会場を回ったあとに六本木ヒルズの近くで半日ほど過ごしたほうが、効率がいいかと思われます。

2011/07/09

北米西海岸風ベーコン巻きホットドッグに関する一考察

まず、こちらをご確認いただきたい。
以下、北米西海岸地域によく見られるベーコン巻きホットドッグ(bcmkhtdg、あるいはBacon Wrapped Hot Dogの頭文字を取り、B.W.H.D.と呼称される場合もある)について、実際に現地で観察・試食し、そのレシピを独自解析した結果と食感等について記述する。

2011/07/07

ロサンゼルス・チキチキ弾丸ツアー:ぼくらが旅に出る理由

サッカーフリークにはお馴染みの言葉のひとつに、「Football Nation」というのがある。サッカーを知ってさえいれば、国籍・人種・民族・言語・性別・年齢・宗教など関係なく、互いに分かり合えるという一種のオプティミズム…。しかしご存知の通り、今回の震災において、漠然とした理想像に過ぎなかったはずの「Football Nation」が、すぐに反応した。世界各地で活躍する日本人選手がメッセージを発し、それをチームとサポーターが敵味方の境なく支援し、日本を含めた各地でチャリティマッチが開催された。「Football Nation」は国家ではない。組織でもない。宗教でもない。「サッカーを愛する」という、ただそれだけの人達による、連帯の意志である。

今回、無謀とも言える「ひとり弾丸ツアー」を決行したのは、いくつか理由がある。それをつれづれに列挙してみようと思う。

2011/07/05

ロサンゼルス・チキチキ弾丸ツアー:3日目

ツアーの詳細はこれで最後。4日目は帰国後の話だけなんで。

ロサンゼルス・チキチキ弾丸ツアー:2日目後編

引き続き後編。写真はこちらこちらを参照してください。

ロサンゼルス・チキチキ弾丸ツアー:2日目前編

記憶が薄れないうちにまとめておく。写真はこちらこちら。余裕があれば後で解説を入れます。長くなるから2分割。まずはAnime Expoの様子から。とりあえずページ区切りを入れますね。

2011/07/02

ロサンザルス・チキチキ弾丸ツアー:1日目

Twitterでは既に報告済みのとおり、無事にロサンゼルスへ到着しました。ライブ応援公式ツアーが予定便の欠航を受けて大混乱におちいるなか、こちらはほぼ定刻通りのスケジュールでした。なんだか申し訳ない。

というわけで、ここまでの旅の顛末をメモ。海外旅行に慣れてる人にとっては当たり前のことも含みますが、当方これまで一度も海外へひとりで来たことがなかったもので…。なお、撮った写真はこちらのwebアルバムに公開しておきます。

2011/07/01

お知らせ:ロサンゼルスへ行ってきます

いまのところ、本日夕方より成田を発って、LAから帰ってくるのは7/4の午後になる予定。2泊4日の強行軍ですが、目的はひとつ、初音ミクのLAライブ。いい歳ぶっこいてアホなことだとは十分承知の上。歴史の証人になる覚悟で行って参ります。なお現地では、SIMフリーのiPhone 4+MacBook Airで通信手段を確保するつもりなんで、Twitter等で情報を発信する予定です。情報が出てこなかったら、何か起こったとお考えください(笑)。では!

2011/06/27

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:爆発

さすがに長く引っ張りすぎたので、もう強引にまとめます。いままでの記事を読んでない人は、ここから読んでもらっても構いません。

前回で軽くスルーしましたが、SPEED、安室奈美恵、ハロプロや、AKB48等については、ワタシ自身が全然知らないので触れません。なんで聴いてないかと問われれば、彼女たちは、かつてのアイドルポップス黄金時代と比べて、1つだけ違うところがあるためです。それは、自己主張。アイドルという浮世離れした虚像が破壊された後、そのポジションは実体を持った人間とJ-POPによって埋め合わされましたが、それは己を持つがゆえに、世俗からは切り離すことができません。送り手側も、もはやその事実を隠しようがないので、致命的なスキャンダルすら容認しました。ハロプロがスキャンダルの連続でほとんど自滅に近い状態に陥ったのは、徹底的に俗っぽかった、言い換えれば、彼女たちは「どっかそのへんにいるおねえちゃんの集合体に過ぎなかった」からです。

2011/06/25

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:潜伏

また間を空けてしまった。そろそろまとめないとよろしくないね。

というわけで本題の前に前回の補足。「結果的にアイドルの神秘性を完璧に破壊した事件」が、もうひとつありました。しかも一番肝心なのを忘れてたという。それは秋元康の結婚。相手は、おニャン子クラブを卒業してソロ活動が軌道に乗り始めた、彼女たちの中でも最も人気があった高井麻巳子(会員番号16番)です。

「マミさんが食われちゃった!」

という事実に、当時のアイドルファンは絶句したものです…もちろんワタシも含めて。
高井麻巳子「小さな決心」

それと追加説明を少しばかり。YouTubeへのリンクを貼った途端に、紹介したいくつかの楽曲が消えました。宮沢りえの曲は「Moon Shooter」、観月ありさの曲は「TOO SHY SHY BOY!(THE READYMADE CATCHY MIX)」です。イタチごっこになりそうなんで、それぞれ検索などしてみてください。あ、念のため。小西康陽はピチカート・ファイヴの中の人です。

2011/06/21

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:解体

…うーむ。日が空いてしまったのは、酒を飲み歩いてただけが原因じゃないんだよ。誰だって、好きなもんの解体現場なんて見たくないでしょ?まあしかし、手をつけてしまった以上は避けては通れんからなあ。

本題。前回までで、ボーカロイドにおける幾つかの要素は、既にアイドルポップス黄金時代で試みられていたことを示しました。今回は、それがいかにして解体され、地下に潜ったかを見ていきます。

2011/06/18

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:展開

なんか話を端折るつもりが長くなってきた。コンパクトに行こう。

前回の補足です。松田聖子は時代の寵児として(結婚して第一線を退くまで)君臨しますが、新しい音楽を貪欲に取り入れていたこと、そして音楽に対して非常に真摯な姿勢であったことを追記しておきます。例を挙げましょう(変な画像は無視してください)。
松田聖子「天国のキッス」
作詞:松本隆、作曲・編曲:細野晴臣。いまなら「イエローマジックオーケストラ feat. 松田聖子」と書かれるはずの、堂々たるテクノポップです。なお、当のYMOが「君に、胸キュン。」を、ほぼ同時期にリリースしています。YMOがポップス界に及ぼした影響についてはここでは触れませんが、「シンセサイザーという魔法の楽器があれば、誰でも自由に音楽を作れるんだ」という認識を世間一般に広めたことを、指摘しておくにとどめます。まあこれが、後にDTMへ結実するんですけどね。

2011/06/17

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:洗練

今回のお話を始める前に、補足の補足を少々。「海外、特にアメリカの流行を我田引水、換骨奪胎」する過程において、極めて安直なパクリが横行していたことを強調しておかねばなりません。これを徹底的に総括・自己批判しない限り、「チョサクケンガー」とか言って既得権益を振り回すおっさんどもの説得力はゼロです。証拠があるかって?バカ言っちゃいけませんよ、レコード(=記録)そのものでしょうが!

それと、ニューミュージックの裏側には、ヤマハの存在があることを指摘し忘れていました。ポピュラーソングコンテスト、通称ポプコンですね。ヤマハという企業は極めて実直で、己の技術を広く行き渡らせるために、市場創造の努力を惜しみません。ちょっとした街に必ず音楽教室を開き、(特に女性の教養としての)ピアノを習いごととして普及させたのは、端的に言えば自社生産のピアノを売るためです。ポプコンも同様に、ギターなどの楽器を売り、再生機器としてのオーディオセットを売るのが目的のひとつであったのでしょう。70年代から80年代にかけて、この仕掛けは世間の流行に影響を与えるほど機能していたことを、憶えておいてください。

それから、男声ボーカロイドの件について、ボカロエンジンの性能上、低音域が表現しにくいため商品として出しづらいというご意見を頂戴しました。実際に制作側へ取材したようですので、これは間違いないでしょう。ただ、商品は需要から生まれます。新しい技術を単純にパッケージしただけでは、商品になりません。端的に言うと、「男声ボーカロイドを望む女性が、自分たちが想像しているよりずっと少ないのではないか」と思うのです。前回ではジャニーズを例に出しましたが、いわゆるビジュアル系バンド・アーティストの存在も、少なからず影響しているでしょう。この点を比較すると、男性が愛でる対象としての「実在」女性アイドルの数は、選択肢としてそれほど多くない。現状、AKB48 or notですし。ハロプロは死にましたしね。ここは後日詳しく説明します。

2011/06/16

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:補足

本論を進める前に、ちょっと寄り道をしましょう。男性アイドルについては、ここでしか取り上げません。

キャンディーズを「海外の女性ポップスグループの翻案」とあっさり書きましたが、これは何も女性に限りません。むしろ、戦後の芸能界、いや文化と呼ばれるものの大半は、海外、特にアメリカの流行を我田引水、換骨奪胎したものでしょう。細かい検証は省きますが(えー?という声はスルーして)、音楽に限っても、クラシック、ジャズ、ロカビリー、グループサウンズ、フォーク、ロック等のブームは、アメリカでの流行を無視できません。それを可能としたのは、米軍基地に出入りしてバーのバンドマンをやったり、ラジオにかじりついてFENをリアルタイムで聴いていたような、アーリーアダプター層です。彼ら彼女たちが、「海外にいる手の届かない奴より、日本にいる人間の方がいいでしょ」と用意したのが、例えば平尾昌晃であったりタイガーズであったりしたわけです。このメソッドは「金のなる木」として、ある特定の年代…いわゆる団塊には、強烈に刷り込まれているはずです。でなければ、「全米で大ヒット」的なコピーが、未だに採用される理由が説明できません。ちなみにこの「距離を詰める」構図は、実はAKB48とほとんど同じです。歴史は繰り返すと言いますが…。

閑話休題。このように仕組まれた流行ですが、フォーク末期に活躍した、あるいは日本語によるロックを開拓した人たちによって、日本的な解釈が加わり新しい価値を生み出します。それを人々は、ニューミュージックと呼びました。フォークほど閉鎖的でなく、ロックほど求道者的でない、ポピュラーな存在。ジャズ・フュージョンの流れも受け入れて、これは幅広い支持を受けました。なおこの背景には、超実力派のミュージシャンが巷にあふれていたことを付け加えておきます。

さて、ニューミュージックは最終的に何を生み出したか。ここでも2つの存在を挙げます。ひとつは、はっぴいえんど。メンツを見て驚かない奴は、以降これを読む必要はありません。逆に、はっぴいえんどはニューミュージックじゃないじゃんという意見は正しい。ここでは、彼らを音楽の作り手、職業音楽家の集団と捉えてください。彼らとその友人たちは、ニューミュージック以降の日本の音楽を作り出す担い手として、現在まで君臨し続けています。じゃあもうひとりは誰よという話ですが、予想できましたか?はい、そうです、荒井由実=松任谷由実、ユーミンです。浮世離れしたとも形容できる、洗練された曲調と歌詞は、この時代においても天才的でした。この方々は、次の話に重要な役割を果たしますので、憶えておいてください。

余談ですが、もうひとつの流れは現在も脈々と受け継がれています。すなわち、ジャニーズ。男性ボーカロイドの数が揃わないのは、ジャニーズが機能していて女性の煩悩を少なからず受け止め続けているからです。

今日はここまで。次回をお楽しみに。

2011/06/15

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:アイドルとアイドルポップスの定義

さて本論に移りましょうか。まずは大事なところ。いわゆる「アイドル」と、彼ら彼女たちが唄う楽曲…アイドルポップスの定義をしておこう。これがしっかりしてなければ、話が先に進まないので。

まず「アイドル」とは何か。厳密には、日本の芸能史において、アイドルと呼ばれる存在をどのように定義するか。これは固有の価値観があり、また、さんざん議論もされてきたことなので、多くは触れません。今回の主題でもないですし。ここでは何名かの歌手や女優のお名前をお借りして、概形を示すにとどめます。

日本の、特に戦後の芸能史において、美空ひばりという存在の大きさは、論を待たないでしょう。ここではその業績の素晴らしさを語ることはしません。ただ、日本を代表する天才的歌手が、実は様々なジャンルの音楽を片っ端から歌っていた、という事実を指摘しておきます。

それともう一人、ある女優の存在は、充分にカリスマ的と言えます。彼女の名は、もちろん吉永小百合。いまだに老いを感じさせない美貌は、日本の顔として機能していると言えるでしょう。

戦後の芸能史は、この2人の存在抜きには語れません。当然、彼女たちを中心に芸能界が回転していきます。そしていずれ、「両者が一緒になったら」という夢が生まれます。それをアイドルの原型と呼びましょう。

アイドルの原型は、2つの解を得ます。ひとつは抜群の歌唱力と神秘性を漂わせた容貌の、山口百恵。もうひとつは、シュープリームスやロネッツといった海外の女性ポップスグループを日本風にアレンジした、キャンディーズ。両者ともに引き際が鮮やかだったのが印象に残ります。

ここで、2つのキーワードに注目してみましょう。「神秘性」と「日本風にアレンジ」。アイドルポップスとは何かという定義に対する、ひとつの解です。すなわち、神秘性を持ち、かつ、流行の音楽をうまく日本風にアレンジしたポップサウンド、ということになります。神秘性は主に彼ら彼女たちのルックスや歌詞から、日本風アレンジはフィル・スペクター的なオーバーダブを駆使したスタジオワークによって得られます。

今日はここまで。次回は、上記であげたアイドルおよびアイドルポップス像が、どのように発展し、解体され、そして地下に潜ったかをブラウズしていきます。

2011/06/09

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:はじめに

Twitterばっかりやってて、長い文章を書くのは久しぶり。なんか違和感あるなw

というわけで、表題の件です。いつかやらんとなあと考えていたことを、文章化してみる試みです。うまく形になるかは、そのときの気分次第。そして参考資料がほとんど手元どころか市場からも消失している現状では、評論というより随筆みたいな駄文になる可能性があることを、はじめにお断りしておきます。

さて前置きはこのくらいにして、今後書いていくつもりの内容の概要を、ちょっとだけ明かしておきますね。日本の戦後のアイドルは、美空ひばりと吉永小百合の存在を始点に、山口百恵とキャンディーズで一定の型が完成され、松田聖子で洗練され、おニャン子クラブから乙女塾で大量生産され、宮沢りえで一旦トドメを刺され、地下に潜った。彼女たちの唄う歌=アイドルポップスは一種の工業製品として、システマティックに生産され消費されていった。その裏には、録音技術とシンセサイザーの発展があった。この「アイドルポップスの生産・消費ライン」をパーソナルコンピュータとインターネット上でシミュレートしたものが、すなわちボーカロイドによる音楽ではないか、という仮説(というより個人的な妄想)です。

以降、時間はかかると思いますが、ちびちびとまとめていきます。話題の中心は、ワタシが経験してきた範囲、すなわち松田聖子から後の話が中心になると思います。んで、話そのものがたぶん取っ散らかるはずなんで、あまり期待せず「また馬鹿なこと言ってんなあ」くらいに構えていてもらったほうが、こちらも気が楽です。今日はここまで。次回をお楽しみに。

2011/05/28

y2u.beとnico.msに対応したTwitter投稿ブックマークレット(新Twitter対応版)

対応って言っても、「twitter.com/status/?=」を「twitter.com/?=」に置き換えただけですけどね。ついでにYouTubeの短縮URLをyoutu.beからy2u.beに変えました。例によってこのリンクをブックマークして、該当ページで実行してみてください。MacのSafariで動作確認しましたが、無保証・無サポートですので、ご使用は自己責任でどうぞ。なお、旧Twitter画面の方は、以前のバージョンであるもういい加減にして版をお使いください。

追記:y2u.beではなくyoutu.be版も上げときます。

さらに追記:rlldiさんのご指摘を元に、内容を変更しました。

もひとつ追記:元のスクリプトも置いときます。y2u.be版youtu.be版

2011/03/13

The thin, true line.

阪神淡路大震災のとき札幌にいたワタシは、何人かの旧友の安否を知る術を持たず、ただ祈ることしかできなかった。一方、そのとき働いていた職場で「募金でも何でもいいから何かできないか」と経営者に提案したが、軽く一蹴された。TVと新聞の報道を見ながら、一種のもどかしさと無力感にとらわれたことを覚えている。

今回の大災厄において、その規模とはうらはらに我々が一種の連帯感に包まれているのは、あのときに学んだ教訓によるものが大きいだろう。それに加えて、情報の持つ力を皆が理解し、使いこなしていることが大きいように思う。ITテクノロジーは、ときに国家を動かし、ときに人命をも救う。この事実を疑う余地は、もはやない。

状況は依然として油断ならない状態にある。幸いにして被災しなかった我々の日常生活にも、じわじわとプレッシャーが振りかかるだろう。しかし、決して一人だけで闘うわけではない。モニターの向こうには、同じ想いを抱えた誰かが、必ずいる。きっと誰かがその想いを受け止めてくれる。そう信じるに足りるだけの力が、この手に宿っている。

2011/03/12

無事です

昨日、新宿の職場を定時きっかりに出て、2時間半かけて徒歩で帰ってきました。その後、夜の買出し、TVとTwitterによる情報収集・提供を行い、MacBook AirとワンセグTVを起動したまま4時間ほど寝ました(ちなみに睡眠前に飲むよう指示された処方薬を飲むと、4時間は絶対に目が覚めないので、当面は飲まないようにします)。

夜が明けてゆくのとだいたい同じくらいの時刻から、ちらちらとTV画面を見ながら情報収集と提供を続行し、10時きっかりに買出しへ出かけて必要物資を追加購入、現在に至ります。今後、電気の使用をできるだけ控えるなど縮退運転しつつ、引き続き自分のできることを行っていきます。

被災した皆様に、心よりのお見舞いを申し上げます。

2011/03/10

最大公約数 vs 最小公倍数

いつからだろう。3/9と8/31は、我々にとって特別な意味をもつ日になった。その場に立ち会い同じ時間を共有できた幸運を、まずは素直に喜ぼう。もうハッキリ言っちゃうよ。ミクパ、ムチャクチャ楽しかった!次もチケット取れたら絶対行く!でも北海道の5/3の追加公演は、ひとりでも多くの道民にこの興奮を体験してもらいたいから、敢えて行かない!

…と、頭を多少クールダウンさせつつ、ライブレポートをまとめておく。

今回のアクトを一言で表すと、「最大公約数的なアプローチで構成されたパフォーマンス」。各論はそれこそ某巨大匿名掲示板のログやTwitterの「#mikupa」ハッシュタグ等を追えば、皆が書いてくれてるので置いておく。というか、ボーカロイドを取り巻くシーンは、この1年間で自分たちが想像しているよりも遙かに大きくなっていることを、特に古参のボカロ廃ほど自覚しておく必要があるだろう。それは上記のログの量やツイート数といったもので端的に把握できるが、そこに書かれている意見や捉え方の多様さもまた、ここまで成長を遂げたシーンの一部として許容すべきものだ。古参がお気に入りの曲を期待するのと同様に、Project DIVA Arcadeでボカロにハジメテ触れた「Pってなあに?」的なライトユーザーも、自分の知っている曲を唄ってくれるのを(たぶん古参ボカロ廃以上に)今か今かと期待しているのだ。そういう状況をできるだけ遠くから俯瞰して、「皆がハッピーになれる解」を提示したのが、今回我々が目にしたものだったのだと思う。

んじゃあその逆の「最小公倍数は何よ?」ということになるが、端的に言えば去年のライブであろう。あれはおそらく、スタッフの中にいる極度のボカロ廃のひとりが、「自分はこういうステージが見たいんだ!」という内なる欲求に基づいて組み立てたものだ。それゆえ「一種のインスタレーション」とも形容できうる、先鋭的なヴィジョンを提示できたのだ。でなければ、あの選曲とあの光景の説明がつかない。だって「ハジメテノオト」アカペラバージョンが一発目だよ?誰も予想してなかった「Innocence」を持ってきたんだよ?二次元と三次元をリアルタイムで行ったり来たりしてたんだよ?

ただし、これらを比較するのはあまり意味を持たないということには、充分に注意を払っておくべきだろう。あくまでも捉え方や切り口の違いであり、両者ともにシーンの一断面である。何?お気に入りの曲がかからなかった?ならば自分でクラブを借りてイベントを立ち上げればよい(都内ならV_NMOGRAに行ってみるのもオススメ)。もっと派手な演出を見たかった?じゃあ皆に声を掛けてMMDでムービーを作って上映会を開けばよろしい。輪の中に入って行動を起こさなければ、何も見えないし何も聴こえない。むしろこの状況を手玉にとるくらいの勢いで、アクティブに動いた者たちこそが楽しめる。良いか悪いかなんて今は誰も分かっちゃいない。だから自分はこの命の続く限り、このシーンに関わり続けることを決めた。なあに、一度腹をくくっちゃえば楽なもんよ。やり方はいくらでもある。今からでも全然遅くないよ。何なら案内するよ?

2011/02/23

ソフトバンク脱出計画(完結編)

そんなわけで構想約4ヶ月、ついにこの日がやってきた。本日よりワタシのiPhone 4はソフトバンクのくびきから離れ、完全な自由を手に入れた。すなわち、日本通信のtalking b-microSIMを導入し、NTTドコモのFOMA網で通信・通話を賄うことになった。これでもう、いざというときに使えないとか、ちょっと郊外に出たら繋がらないとか、データ通信が遅くてイラつくとか、テザリングが封印されてムカつくとか、その他諸々の腹立たしい要素を気にしなくて済むようになった。通信コストは若干高くなるが、その程度で心と通信インフラの安定を得られるなら安いものだ。これも英国在住のK氏の協力が得られてこそ。あらためてお礼を申し上げます。

さようならソフトバンク。もう二度と使うことはないでしょう。そして高らかに告げよう。Fuck off!!

2011/02/19

アンプ新調

アナログプレーヤーを復活させた話の続き。アンプをA-5VL(S)に新調した。この機種にした最大の理由は某オークションで格安の即決価格で出品されていたからだが(笑)、オーディオ周りをデジタル化して、その上でできればPC内の音楽ファイルをデジタル伝送して再生できるDAC内蔵タイプが欲しかったというのもある。懸案のPHONO入力もMM/MCに対応しているなど、基本をおろそかにしていない点も好評価につながった。

それはさておき、レコードプレーヤーを繋いで音出しをしてみる。…変だ。がさついたノイズが乗る。不思議に思ってマニュアルを読み直し、どうやら基本的な勘違いをしていたようでアナログプレーヤーのセッティングを一からやり直し、やっとまともな音が出るようになった。で、サンスイのアンプとの落差に愕然とする。よく言えばプレーンでフラット、悪く言えば味も素っ気もないミネラルウォーターみたいな音が出てきた。これはアナログ・デジタルの二元論では恐らくない。オーディオ愛にあふれた設計者の思想を、物量を惜しみなく投入して実現化した20世紀の機械と、CADと最適化が支配する、21世紀のものづくりのポリシーの違いと言っていいだろう。これは良い悪いの世界ではない。オーディオが工業製品である以上、時代の要請に応えるのが技術者の使命だからだ。

だが自分の好みとの乖離とは話が別である。あまりにも情緒に欠けるような鳴り方をするので捨てようと思ったくらい(笑)。もちろんそれは冗談だが、とにかく使いこなすため覚悟を決め、まずは慣らしをやり直すことにした。すなわち電源を入れっぱなしにして数日放置し、逐一音質の変化をチェックしていくのだ。

慣らし開始から3日ほど経過し、仕事から帰ってきて同じ音源を再生して、音質に明らかな変化が見られるようになった。フラットな感触は相変わらずだが柔らかみと厚みが増し、「音楽が聴こえてくるようになった」。これなら人に聴かせられるかも知れない。というわけで当面は慣らしを続行しつつ、耳の超えた友人に聴いてもらって率直な感想をもらい、客観的な評価を下す。いまの雰囲気なら、たぶんいい方向に進んでくれると予想している。

余談だが、試聴および音質チェックは、エハミックさんのLP「to-kyo」で行っている。自分にとって既に宝物のひとつになった。本音を言えば、どこかの試聴室に持ち込んでオーディオ評論家の皆様に聴かせて差し上げたいくらい(笑)。

2011/02/13

アナログプレーヤー復活

昨日行われたVOCALOID FESTAで購入したエハミックさんのと、去年の夏コミで入手したZANEEDSのアナログレコードは、当然アナログプレーヤーをセッティングして聴けるようにする必要がある。何回か書いた記憶があるが、ワタシの部屋にはもう何十年も死蔵してあった(正確には、つい半年ほど前まで友人に貸していた)アナログプレーヤーがある。というわけで今回、意を決して箱から引っ張り出して設置することにした。

2011/02/11

【私信】重要なお知らせ

本日より数日間、IPネットワークに常時reachableな状態では無くなります。モバイルルータで極力チェックできる体制は整えますが、お急ぎの場合は携帯電話に直接お電話ください。通常の用事は、メールかTwitter等にご連絡いただくようお願いします。なお、softbank.jpのアドレスは数日のうちに使用を終了します。今後、携帯での連絡はgmailを使用しますので、受信設定などでお手数ををおかけすることがあるかも知れませんが、何卒ご容赦のほどよろしくお願い申し上げます。

2011/02/03

Mac mini改造計画(少々の無理は承知の上編)

実はAKIBA PC Hotline!で各パーツの価格動向をぼんやりと眺めるのが趣味なんだが(笑)、メモリは今が底値ということらしいので、Mac miniのメモリを2GB×2から4GB×2に増設してやった。自分が使っているEarly 2009と呼ばれる機種は、最大メモリ量が当初は4GBと言われていて、その後ファームウェアのバージョンアップによって8GBまで認識するようになったということらしい。ここで本来は規格通りDDR3-1066 SDRAM (PC3-8500)を選べば何の問題もないのだが、現在の主流がDDR3-1333 (PC3-10600)に移っているようなので、そちらを買ってきた。IntelのCoreシリーズが搭載されたMac miniが発売されたら買い換えるつもりなので、上位規格のメモリを買っておいたほうが後々得だろう、という判断だが、多少不安定になった感じは否めない。万全を期するならやはり指定通りの規格を選ぶべきである。

さてこれだけ広大になったメモリ空間で何をしたかったかというと、いにしえより伝わるRAMディスクにブラウザキャッシュを置いて高速化する方法を試してみたかったから。MacOS Xの場合はEsperance DVをインストールするだけで簡単にできるのでさっそく試してみた。その効果は「ちょっと軽くなったかな?」程度でしかなく少々肩透かしをくらった感じがあるが、OSのキャッシュもRAMディスク上に置くと体感速度はもっと違ってくるだろう。

余談だが、年末セールでゲットしたVMware Fusionは、MacBook Airで運用することにした。もともとサブマシン目的で購入+日本語配列キーボードなので、うまい具合に収まってくれた感じ。64GBというSSDの容量が少々厳しめだが、USBの周辺機器も問題なく認識してくれるので、ちょっとした作業をこなすには充分である。

さあ、あとはiPhone 4のMNP手続を2/11以降に済ませるだけだ。あ、Twitterで流れてきた情報に従いSIMを引っこ抜いて挿し直したところ、何となく通信速度が回復したっぽいので、「最近ソフトバンクの回線が遅くてかなわん」という方は試してみる価値アリです。ワタシはせっかくなので、SIMの金属面をコンタクトRで磨き倒しました(笑)

2011/01/25

ソフトバンク脱出計画(周辺環境リサーチ編)

日本通信の通信専用SIMの使用期限である30日が過ぎてしまったので、iPhone 4から3Gに戻っているのだが、ソフトバンクの電波状況が悪いのを再確認する日々である。ちょっと移動しただけですぐ切れる。これではもはや移動体通信の体をなしていない。トータルコスト上昇分を見込んでも、日本通信(=FOMA網)への乗り換えは、適切な判断だったと言えるだろう(ちなみに先日のボーマスでも、3Gのデータ通信は使い物にならなかった)。

2011/01/12

ソフトバンク脱出計画(最後の仕上げ準備編)

英国在住のK氏の尽力により、無事入手することができたSIMフリー版iPhone 4だが、きわめて順調かつ快適に動作している。で、いよいよこの計画の最終段階…ソフトバンク網からの完全脱出の準備に入ることにした。まずは2年縛り契約のチェックだが、今日店頭で確認したところ、ちょうど1ヶ月後の2/11から3ヶ月間は違約金が発生せずに解約できるとの回答を得た。年々割の残高が少々残っているが、iPhoneを2台持ち歩く今のマヌケな状況よりはずっとマシなので、その日になったら有無を言わさずMNPの手続に入る予定。MNP先はもちろん日本通信のtalking b-microSIM。月額費用は若干上がるものの、先日まで維持していたウィルコム回線の解約で相殺されているので無問題。また、MNPの手続き時に電話が通じない日が何日か発生するが、その間は、こないだ買ったIS01の回線を転用したauの予備電話でしのぐ算段である(無料で設定できる転送電話を活用するわけ)。というわけで、遅くとも2月中旬には全ての手続を終えて、スマートなiPhoneライフを送っていることだろう。

2011/01/07

LinkStation(LS-CHLシリーズ)攻略まとめ

昨年の夏のはじめに買ったNAS・LS-CH1.0TLだが、昨年暮れに手をつけたディスクの拡張とTimeMachineの再設定がうまくいったので、備忘録がわりにこれまでの作業をまとめておく。なお、以下の作業については全て自己責任、致命的なトラブルが発生しても当方は責任を負いかねるので、そこんとこよろしく。

2011/01/03

音楽遍歴バトン(延長戦:超長いです)

音楽遍歴バトンのエクステンデッド版です。

音楽遍歴バトン(後編:超長いです)

音楽遍歴バトン、後編です。

音楽遍歴バトン(前編:超長いです)

今回の聴き専ラジオを聞いてたら、こっちでもワタシの音楽遍歴をオープンにしなくちゃいけなくなった気がしてきたので、某SNSに書いたバトンを転載します。超長いので、前後編に分けます。

2011/01/01

あけましておめでとうございます

というわけで今年もよろしくお願いしますw