2011/06/27

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:爆発

さすがに長く引っ張りすぎたので、もう強引にまとめます。いままでの記事を読んでない人は、ここから読んでもらっても構いません。

前回で軽くスルーしましたが、SPEED、安室奈美恵、ハロプロや、AKB48等については、ワタシ自身が全然知らないので触れません。なんで聴いてないかと問われれば、彼女たちは、かつてのアイドルポップス黄金時代と比べて、1つだけ違うところがあるためです。それは、自己主張。アイドルという浮世離れした虚像が破壊された後、そのポジションは実体を持った人間とJ-POPによって埋め合わされましたが、それは己を持つがゆえに、世俗からは切り離すことができません。送り手側も、もはやその事実を隠しようがないので、致命的なスキャンダルすら容認しました。ハロプロがスキャンダルの連続でほとんど自滅に近い状態に陥ったのは、徹底的に俗っぽかった、言い換えれば、彼女たちは「どっかそのへんにいるおねえちゃんの集合体に過ぎなかった」からです。

2011/06/25

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:潜伏

また間を空けてしまった。そろそろまとめないとよろしくないね。

というわけで本題の前に前回の補足。「結果的にアイドルの神秘性を完璧に破壊した事件」が、もうひとつありました。しかも一番肝心なのを忘れてたという。それは秋元康の結婚。相手は、おニャン子クラブを卒業してソロ活動が軌道に乗り始めた、彼女たちの中でも最も人気があった高井麻巳子(会員番号16番)です。

「マミさんが食われちゃった!」

という事実に、当時のアイドルファンは絶句したものです…もちろんワタシも含めて。
高井麻巳子「小さな決心」

それと追加説明を少しばかり。YouTubeへのリンクを貼った途端に、紹介したいくつかの楽曲が消えました。宮沢りえの曲は「Moon Shooter」、観月ありさの曲は「TOO SHY SHY BOY!(THE READYMADE CATCHY MIX)」です。イタチごっこになりそうなんで、それぞれ検索などしてみてください。あ、念のため。小西康陽はピチカート・ファイヴの中の人です。

2011/06/21

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:解体

…うーむ。日が空いてしまったのは、酒を飲み歩いてただけが原因じゃないんだよ。誰だって、好きなもんの解体現場なんて見たくないでしょ?まあしかし、手をつけてしまった以上は避けては通れんからなあ。

本題。前回までで、ボーカロイドにおける幾つかの要素は、既にアイドルポップス黄金時代で試みられていたことを示しました。今回は、それがいかにして解体され、地下に潜ったかを見ていきます。

2011/06/18

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:展開

なんか話を端折るつもりが長くなってきた。コンパクトに行こう。

前回の補足です。松田聖子は時代の寵児として(結婚して第一線を退くまで)君臨しますが、新しい音楽を貪欲に取り入れていたこと、そして音楽に対して非常に真摯な姿勢であったことを追記しておきます。例を挙げましょう(変な画像は無視してください)。
松田聖子「天国のキッス」
作詞:松本隆、作曲・編曲:細野晴臣。いまなら「イエローマジックオーケストラ feat. 松田聖子」と書かれるはずの、堂々たるテクノポップです。なお、当のYMOが「君に、胸キュン。」を、ほぼ同時期にリリースしています。YMOがポップス界に及ぼした影響についてはここでは触れませんが、「シンセサイザーという魔法の楽器があれば、誰でも自由に音楽を作れるんだ」という認識を世間一般に広めたことを、指摘しておくにとどめます。まあこれが、後にDTMへ結実するんですけどね。

2011/06/17

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:洗練

今回のお話を始める前に、補足の補足を少々。「海外、特にアメリカの流行を我田引水、換骨奪胎」する過程において、極めて安直なパクリが横行していたことを強調しておかねばなりません。これを徹底的に総括・自己批判しない限り、「チョサクケンガー」とか言って既得権益を振り回すおっさんどもの説得力はゼロです。証拠があるかって?バカ言っちゃいけませんよ、レコード(=記録)そのものでしょうが!

それと、ニューミュージックの裏側には、ヤマハの存在があることを指摘し忘れていました。ポピュラーソングコンテスト、通称ポプコンですね。ヤマハという企業は極めて実直で、己の技術を広く行き渡らせるために、市場創造の努力を惜しみません。ちょっとした街に必ず音楽教室を開き、(特に女性の教養としての)ピアノを習いごととして普及させたのは、端的に言えば自社生産のピアノを売るためです。ポプコンも同様に、ギターなどの楽器を売り、再生機器としてのオーディオセットを売るのが目的のひとつであったのでしょう。70年代から80年代にかけて、この仕掛けは世間の流行に影響を与えるほど機能していたことを、憶えておいてください。

それから、男声ボーカロイドの件について、ボカロエンジンの性能上、低音域が表現しにくいため商品として出しづらいというご意見を頂戴しました。実際に制作側へ取材したようですので、これは間違いないでしょう。ただ、商品は需要から生まれます。新しい技術を単純にパッケージしただけでは、商品になりません。端的に言うと、「男声ボーカロイドを望む女性が、自分たちが想像しているよりずっと少ないのではないか」と思うのです。前回ではジャニーズを例に出しましたが、いわゆるビジュアル系バンド・アーティストの存在も、少なからず影響しているでしょう。この点を比較すると、男性が愛でる対象としての「実在」女性アイドルの数は、選択肢としてそれほど多くない。現状、AKB48 or notですし。ハロプロは死にましたしね。ここは後日詳しく説明します。

2011/06/16

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:補足

本論を進める前に、ちょっと寄り道をしましょう。男性アイドルについては、ここでしか取り上げません。

キャンディーズを「海外の女性ポップスグループの翻案」とあっさり書きましたが、これは何も女性に限りません。むしろ、戦後の芸能界、いや文化と呼ばれるものの大半は、海外、特にアメリカの流行を我田引水、換骨奪胎したものでしょう。細かい検証は省きますが(えー?という声はスルーして)、音楽に限っても、クラシック、ジャズ、ロカビリー、グループサウンズ、フォーク、ロック等のブームは、アメリカでの流行を無視できません。それを可能としたのは、米軍基地に出入りしてバーのバンドマンをやったり、ラジオにかじりついてFENをリアルタイムで聴いていたような、アーリーアダプター層です。彼ら彼女たちが、「海外にいる手の届かない奴より、日本にいる人間の方がいいでしょ」と用意したのが、例えば平尾昌晃であったりタイガーズであったりしたわけです。このメソッドは「金のなる木」として、ある特定の年代…いわゆる団塊には、強烈に刷り込まれているはずです。でなければ、「全米で大ヒット」的なコピーが、未だに採用される理由が説明できません。ちなみにこの「距離を詰める」構図は、実はAKB48とほとんど同じです。歴史は繰り返すと言いますが…。

閑話休題。このように仕組まれた流行ですが、フォーク末期に活躍した、あるいは日本語によるロックを開拓した人たちによって、日本的な解釈が加わり新しい価値を生み出します。それを人々は、ニューミュージックと呼びました。フォークほど閉鎖的でなく、ロックほど求道者的でない、ポピュラーな存在。ジャズ・フュージョンの流れも受け入れて、これは幅広い支持を受けました。なおこの背景には、超実力派のミュージシャンが巷にあふれていたことを付け加えておきます。

さて、ニューミュージックは最終的に何を生み出したか。ここでも2つの存在を挙げます。ひとつは、はっぴいえんど。メンツを見て驚かない奴は、以降これを読む必要はありません。逆に、はっぴいえんどはニューミュージックじゃないじゃんという意見は正しい。ここでは、彼らを音楽の作り手、職業音楽家の集団と捉えてください。彼らとその友人たちは、ニューミュージック以降の日本の音楽を作り出す担い手として、現在まで君臨し続けています。じゃあもうひとりは誰よという話ですが、予想できましたか?はい、そうです、荒井由実=松任谷由実、ユーミンです。浮世離れしたとも形容できる、洗練された曲調と歌詞は、この時代においても天才的でした。この方々は、次の話に重要な役割を果たしますので、憶えておいてください。

余談ですが、もうひとつの流れは現在も脈々と受け継がれています。すなわち、ジャニーズ。男性ボーカロイドの数が揃わないのは、ジャニーズが機能していて女性の煩悩を少なからず受け止め続けているからです。

今日はここまで。次回をお楽しみに。

2011/06/15

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:アイドルとアイドルポップスの定義

さて本論に移りましょうか。まずは大事なところ。いわゆる「アイドル」と、彼ら彼女たちが唄う楽曲…アイドルポップスの定義をしておこう。これがしっかりしてなければ、話が先に進まないので。

まず「アイドル」とは何か。厳密には、日本の芸能史において、アイドルと呼ばれる存在をどのように定義するか。これは固有の価値観があり、また、さんざん議論もされてきたことなので、多くは触れません。今回の主題でもないですし。ここでは何名かの歌手や女優のお名前をお借りして、概形を示すにとどめます。

日本の、特に戦後の芸能史において、美空ひばりという存在の大きさは、論を待たないでしょう。ここではその業績の素晴らしさを語ることはしません。ただ、日本を代表する天才的歌手が、実は様々なジャンルの音楽を片っ端から歌っていた、という事実を指摘しておきます。

それともう一人、ある女優の存在は、充分にカリスマ的と言えます。彼女の名は、もちろん吉永小百合。いまだに老いを感じさせない美貌は、日本の顔として機能していると言えるでしょう。

戦後の芸能史は、この2人の存在抜きには語れません。当然、彼女たちを中心に芸能界が回転していきます。そしていずれ、「両者が一緒になったら」という夢が生まれます。それをアイドルの原型と呼びましょう。

アイドルの原型は、2つの解を得ます。ひとつは抜群の歌唱力と神秘性を漂わせた容貌の、山口百恵。もうひとつは、シュープリームスやロネッツといった海外の女性ポップスグループを日本風にアレンジした、キャンディーズ。両者ともに引き際が鮮やかだったのが印象に残ります。

ここで、2つのキーワードに注目してみましょう。「神秘性」と「日本風にアレンジ」。アイドルポップスとは何かという定義に対する、ひとつの解です。すなわち、神秘性を持ち、かつ、流行の音楽をうまく日本風にアレンジしたポップサウンド、ということになります。神秘性は主に彼ら彼女たちのルックスや歌詞から、日本風アレンジはフィル・スペクター的なオーバーダブを駆使したスタジオワークによって得られます。

今日はここまで。次回は、上記であげたアイドルおよびアイドルポップス像が、どのように発展し、解体され、そして地下に潜ったかをブラウズしていきます。

2011/06/09

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:はじめに

Twitterばっかりやってて、長い文章を書くのは久しぶり。なんか違和感あるなw

というわけで、表題の件です。いつかやらんとなあと考えていたことを、文章化してみる試みです。うまく形になるかは、そのときの気分次第。そして参考資料がほとんど手元どころか市場からも消失している現状では、評論というより随筆みたいな駄文になる可能性があることを、はじめにお断りしておきます。

さて前置きはこのくらいにして、今後書いていくつもりの内容の概要を、ちょっとだけ明かしておきますね。日本の戦後のアイドルは、美空ひばりと吉永小百合の存在を始点に、山口百恵とキャンディーズで一定の型が完成され、松田聖子で洗練され、おニャン子クラブから乙女塾で大量生産され、宮沢りえで一旦トドメを刺され、地下に潜った。彼女たちの唄う歌=アイドルポップスは一種の工業製品として、システマティックに生産され消費されていった。その裏には、録音技術とシンセサイザーの発展があった。この「アイドルポップスの生産・消費ライン」をパーソナルコンピュータとインターネット上でシミュレートしたものが、すなわちボーカロイドによる音楽ではないか、という仮説(というより個人的な妄想)です。

以降、時間はかかると思いますが、ちびちびとまとめていきます。話題の中心は、ワタシが経験してきた範囲、すなわち松田聖子から後の話が中心になると思います。んで、話そのものがたぶん取っ散らかるはずなんで、あまり期待せず「また馬鹿なこと言ってんなあ」くらいに構えていてもらったほうが、こちらも気が楽です。今日はここまで。次回をお楽しみに。