2011/06/09

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:はじめに

Twitterばっかりやってて、長い文章を書くのは久しぶり。なんか違和感あるなw

というわけで、表題の件です。いつかやらんとなあと考えていたことを、文章化してみる試みです。うまく形になるかは、そのときの気分次第。そして参考資料がほとんど手元どころか市場からも消失している現状では、評論というより随筆みたいな駄文になる可能性があることを、はじめにお断りしておきます。

さて前置きはこのくらいにして、今後書いていくつもりの内容の概要を、ちょっとだけ明かしておきますね。日本の戦後のアイドルは、美空ひばりと吉永小百合の存在を始点に、山口百恵とキャンディーズで一定の型が完成され、松田聖子で洗練され、おニャン子クラブから乙女塾で大量生産され、宮沢りえで一旦トドメを刺され、地下に潜った。彼女たちの唄う歌=アイドルポップスは一種の工業製品として、システマティックに生産され消費されていった。その裏には、録音技術とシンセサイザーの発展があった。この「アイドルポップスの生産・消費ライン」をパーソナルコンピュータとインターネット上でシミュレートしたものが、すなわちボーカロイドによる音楽ではないか、という仮説(というより個人的な妄想)です。

以降、時間はかかると思いますが、ちびちびとまとめていきます。話題の中心は、ワタシが経験してきた範囲、すなわち松田聖子から後の話が中心になると思います。んで、話そのものがたぶん取っ散らかるはずなんで、あまり期待せず「また馬鹿なこと言ってんなあ」くらいに構えていてもらったほうが、こちらも気が楽です。今日はここまで。次回をお楽しみに。