2011/06/15

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:アイドルとアイドルポップスの定義

さて本論に移りましょうか。まずは大事なところ。いわゆる「アイドル」と、彼ら彼女たちが唄う楽曲…アイドルポップスの定義をしておこう。これがしっかりしてなければ、話が先に進まないので。

まず「アイドル」とは何か。厳密には、日本の芸能史において、アイドルと呼ばれる存在をどのように定義するか。これは固有の価値観があり、また、さんざん議論もされてきたことなので、多くは触れません。今回の主題でもないですし。ここでは何名かの歌手や女優のお名前をお借りして、概形を示すにとどめます。

日本の、特に戦後の芸能史において、美空ひばりという存在の大きさは、論を待たないでしょう。ここではその業績の素晴らしさを語ることはしません。ただ、日本を代表する天才的歌手が、実は様々なジャンルの音楽を片っ端から歌っていた、という事実を指摘しておきます。

それともう一人、ある女優の存在は、充分にカリスマ的と言えます。彼女の名は、もちろん吉永小百合。いまだに老いを感じさせない美貌は、日本の顔として機能していると言えるでしょう。

戦後の芸能史は、この2人の存在抜きには語れません。当然、彼女たちを中心に芸能界が回転していきます。そしていずれ、「両者が一緒になったら」という夢が生まれます。それをアイドルの原型と呼びましょう。

アイドルの原型は、2つの解を得ます。ひとつは抜群の歌唱力と神秘性を漂わせた容貌の、山口百恵。もうひとつは、シュープリームスやロネッツといった海外の女性ポップスグループを日本風にアレンジした、キャンディーズ。両者ともに引き際が鮮やかだったのが印象に残ります。

ここで、2つのキーワードに注目してみましょう。「神秘性」と「日本風にアレンジ」。アイドルポップスとは何かという定義に対する、ひとつの解です。すなわち、神秘性を持ち、かつ、流行の音楽をうまく日本風にアレンジしたポップサウンド、ということになります。神秘性は主に彼ら彼女たちのルックスや歌詞から、日本風アレンジはフィル・スペクター的なオーバーダブを駆使したスタジオワークによって得られます。

今日はここまで。次回は、上記であげたアイドルおよびアイドルポップス像が、どのように発展し、解体され、そして地下に潜ったかをブラウズしていきます。