2011/06/18

日本のアイドルポップス史にボーカロイドを位置づける試み:展開

なんか話を端折るつもりが長くなってきた。コンパクトに行こう。

前回の補足です。松田聖子は時代の寵児として(結婚して第一線を退くまで)君臨しますが、新しい音楽を貪欲に取り入れていたこと、そして音楽に対して非常に真摯な姿勢であったことを追記しておきます。例を挙げましょう(変な画像は無視してください)。
松田聖子「天国のキッス」
作詞:松本隆、作曲・編曲:細野晴臣。いまなら「イエローマジックオーケストラ feat. 松田聖子」と書かれるはずの、堂々たるテクノポップです。なお、当のYMOが「君に、胸キュン。」を、ほぼ同時期にリリースしています。YMOがポップス界に及ぼした影響についてはここでは触れませんが、「シンセサイザーという魔法の楽器があれば、誰でも自由に音楽を作れるんだ」という認識を世間一般に広めたことを、指摘しておくにとどめます。まあこれが、後にDTMへ結実するんですけどね。


本題に戻ります。松田聖子というアイドルは、CBSソニーの豊富な資金をバックに、故大村雅朗→松本隆という豪腕プロデューサーの手によって、極めて強靭な音楽性を備えるに至りました。この方法論、「音楽を充分に理解したプロデューサーが、アイドルのための楽曲をゴージャスに作り込む」構図は、CBSソニーの他、各レコード会社に波及します。いわば、アイドルポップスの黄金時代です。例を示しましょう。
斉藤由貴「さよなら、さよなら!」

斉藤由貴「さよなら、さよなら!」。資料が埋もれてしまってるんで断言しませんが、このころの彼女のサウンドプロデュースは全て武部聡志によるものです。この曲のコーラスアレンジは、確か木戸やすひろ。このテイクでは木戸本人のほか、おそらく比山貴咏史(=ボカロ先生の中の人)も参加しているはず。この2人に広谷順子を加えたコーラス隊は、アイドルポップス黄金時代を裏で支えた功労者として、評価されるべきです。

次の例を示しましょう。
南野陽子「話しかけたかった」
作詞:戸沢暢美、作曲:岸正之、編曲:萩田光雄。彼女の曲のほとんどは、萩田光雄によるものです。いま聴いても全く色あせない緻密な仕事ぶりは、見事というしかありません。

ここでちょっと冷静になってみましょう。アイドルポップスにおいて、彼女たちが実在する必要があるのか。実は存在を匂わせるだけで、成立してしまうのではないか。それを大々的にやってしまったのが、次の例です。
「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」ラストの戦闘シーン

作詞:安井かずみ、作曲:加藤和彦、編曲:清水信之。ご存知、マクロス映画版のクライマックスシーンです。アニメとアイドルポップスの親和性は、例えば杏里のキャッツアイや、うる星やつらのOP・ED等でよく知られるところですが、これは当時のオタクが生み出した、文化の極みでしょう。リン・ミンメイは、間違いなくボーカロイドの祖先のひとりと言えます。なお誤解を恐れずに言いますが、いわゆるPVの快感原則は、この動画に全て詰まっています。MMD PVも然り。ですので、動画師を目指すなら、まずこれを100回くらい繰り返して見ましょう。それから、リン・ミンメイの中の人である飯島真理の1stアルバムは、坂本龍一プロデュースです。モンスターかわいいよモンスター。

…話が逸れました。この豊かな時代に、ひとりの放送作家が現れます。彼は、上記の方法論を、一種の悪意をもって応用しました。その人の名は、もちろん秋元康。関東ローカルの番組で女子大生を集めたオールナイターズを売り出して味をしめた彼は、さらに女子中高生をかき集め、全国へ向けてブロードキャストしました。すなわち、おニャン子クラブです。

いまでは単にブームのひとつとして片付ける向きもあるようですが、彼女たちの唄った曲は、アイドルポップス黄金時代のメソッドに正しく則っています(1stアルバムである「KICK OFF」が、かなりコンサバティブなカレッジポップスだったことを強調しておきます)。単に、彼女たちの音程が怪しくてリズム感がなくて声量も足りなくて…といった、「小さな」問題があっただけです。

ひとつ実例を示しましょう。
うしろゆびさされ組「行け!ヘラクレス!!」(※原曲が見つからないため演奏動画)
作詞:吉元由美、作曲(とたぶん編曲も):後藤次利。おニャン子クラブ内ユニットである、うしろゆびさされ組の2ndアルバムに収録されている曲ですが、恐るべきことに、後藤次利本人がベースを弾いています。あの伝説の、サディスティックミカバンドのベース、ですよ?時間のない人は、3:45以降だけ聴いてください。解散コンサートで工藤静香そっちのけで彼に声援を送っていた黒歴史が蘇り…あ、いや、なんでもありません。

もうひとつ、今度は強烈な例を示しましょう。
ニャンギラス「私は里歌ちゃん」
作詞:秋元康、作曲・編曲:見岳章。これも内部ユニットである、ニャンギラスの曲です。もはやキッチュの域ですが、注目すべきは、メインボーカルである立見里歌が、極度の音痴であったこと。これを何とかして人に聴かせられるレベルにもってくる血のにじむような努力が、この作品の裏で繰り広げられています。具体的に言いましょう。まず彼女に何度も繰り返して唄わせる。それを録音して一旦バラバラにして、「アナログの」マルチトラックレコーダーを駆使して、音程やリズムが辛うじて合っている部分をつぎはぎして、一曲通して唄っているように仕立て上げる。すなわち、人力ボーカロイド、あるいはUTAUの祖先です。ちなみに、秋元康と見岳章のコンビは、美空ひばりの晩年の代表曲である「川の流れのように」も手がけています。お嬢がおニャン子クラブの曲を歌ってみた!!

今回はここまで。次回は、このアイドルポップス黄金時代の終焉と地下活動化をブラウズします。