2013/05/01

「濃縮」についての補足

昨日ツイートした「高速ボカロックから濃縮へ」という話が微妙に誤解されているようなので補足しておく。

まず最初に、これからは○○がトレンドだ、××すれば伸びるなどと強弁するつもりは一切ない。ニコ動に毎日投稿される作品は相変わらずバラエティに富んでいて、制作者の皆さんに対する敬意は欠かしていないつもりである。

それを前提に各作品を一通りチェックして現状を俯瞰すると、ワタシが言うところの「濃縮」どころか「高速ボカロック」も皆が言うほど全体を覆い尽くしてはおらず、むしろ「高速ボカロック的な要素」を抽出するのも難しくなってきていると思う。

ただし、一昔前の「高速ボカロック」がかつてのビジュアル系ロックのテイストを取り込んで、「ネオV系ボカロック」と言うべき方向に変化しているように見えるのは指摘しておく。これは制作者の趣味嗜好と、歌い手や新規に流入してきたファンとの親和性によるものだろう。

少々話題がそれた。ワタシが言いたいのは、ボーカロイドオリジナル曲と称する膨大で多種多様な作品群からワタシがこれまで聴いたことのない独特な傾向が現れつつあって、それをひとつのキーワードで表すと「濃縮」になるのではないかという曖昧な感覚である。

この「濃縮」を説明することはワタシの知識と語彙では難しい。むしろ定型化できないとすら思っている。従って、曲を短縮あるいは圧縮する、BPMを大きく(速く)する、ある物語を1曲の中に落とし込む、DAWのトラック数を増やす、単位時間あたりの音の数や情報量を多くする等は、「濃縮」の構成要素かもしれないがイコールではないとしか表現しようがない。

ただ逆に、ボーカロイド楽曲のステレオタイプとしてよく言及される音圧の増強や音符の詰め込み、虚無的で何らかの裏設定を匂わす歌詞やキャラクター造形、キネティックタイポグラフィと原色を多用するPV等は、単体としては特に関係がない。これらは手法として既に消費されているので(PVなら進撃の巨人OP等)、もはやユニークとは言いがたいためである。

最後になるが、「濃縮」の前段階として「雑食」がありそうだとは考えている。アグレッシブな「何でも食べる」ミュージシャンは時代の変わり目に現れては新しいジャンルを創っていたはずで、そういう誰かがボーカロイドオリジナル曲の制作者のなかか、あるいはネット上でソーシャル化した現在の音楽環境から出てくるんじゃないかと想像している。

いや、ワタシが気づいていないだけで既にいると思う。確実にいるだろうな。