2015/12/14

ボカロブーム8年とナユタン星人の登場に思う

誰も書かないなら早い者勝ちということで、ナユタン星人さん(以下敬称略)について思うところをつれづれと書く。端的に言って、2015年の夏にナユタン星人がニコ動に現れたのはひとつの事件であり、また、ボカロブームがもたらした必然だとわりと本気で考えてるのだが、本稿ではそれを何とか説明したい。ちょっと手に余りそうで自信がないが。

とある方がナユタン星人を評して、「正解しか選んでいない」と言ったのを覚えている。ここでの正解とはDTMの音源選びから作詞作曲動画制作のメソッド、ニコ動で伸びるためのスタイルの取り方やプロモーション手法など何から何までにあたる。つまりナユタン星人は2015/07/01の登場時から、誤りなく迷いなく突き進んできたように見える。異星人だから当然っちゃ当然だけど。

さてニコ動でのボカロ楽曲ブームは初音ミク登場から数えて8年を超えたわけだが、一種の熱狂から醒めた現在は、2010〜13年頃に持て囃された「いかにもボカロ曲っぽいスタイル」…高速で細かく刻むリズム構造、難解な漢字熟語を多用した内省的自傷的歌詞、四隅が黒っぽくてキネティックタイポグラフィ的なPV等…の氾濫が落ち着いて、制作者はわりと自由にやっているように感じる。その引き換えとして爆発的な再生数を稼ぐ作品は以前のようにはなかなか出てこなくなったのだが、今回はどちらがいいとかそういうレベルの話はしない。重要なのは、そのような状況下でナユタン星人が全く何もないところからじわじわと侵略話題を呼び、結局ほとんどの発表曲がヒットしたという事実である。

実際にナユタン星人の作品を視聴すると、どれも非常に洗練されていて、かつキャラが立っていることが分かる。それは前述した通り誤りの無さ迷いの無さゆえだが、このセンスはどこから出てきたものだろうか。当人が異星からやってきた存在なので全く想像の域を出ないが、音楽好きであるのはもちろん、かなりの確率で相当なニコ厨、それもぼからんを毎週チェックしたりVOCALOIDタグを全て聴き漁るようなボカロ廃であることが理由にあるように思う。その体験を異星人の頭脳はデータベースとして蓄積して分析して、どうすればヒットするかのノウハウとして自らの作品に適用しているのだろう。

ここでワタシが思い出すのは、かつてあったひとつの音楽ムーブメントである。古今東西のレコードを山ほど買い漁り、サンプリングと引用を駆使して新しい作品として発表する…渋谷系と呼ばれるそれは現在ではひとつのジャンルとして認識されているが、ここで強調したいのはいわゆる渋谷系の曲調ではなくて、バックグラウンドとなった巨大な音楽ライブラリの存在と、スタイリッシュなサンプリング・引用という手法である。ナユタン星人にとってのそれらはもしかすると、8年にわたってニコ動に蓄積された膨大なボカロ楽曲群と、性能・機能的に洗練されたDTMという編集ツールに相当するのかもしれない。おそろしいのは、渋谷系的なそのアプローチを2015年のニコ動でやっているのがたったひとり(確認されている限り)で他には誰も見当たらない感じというところだが、本人は異星人なので案外けろっとしてそうである。

最新作でありアルバム「ナユタン星からの物体X」のラストを飾る「ストラトステラ」の歌詞に一言こうある。

「だから、さよなら」


…そういえば「全ての言葉はさよなら」って曲があったなあ、とドキリとしながら、メロウで瑞々しい歌詞を噛み締める。ワタシにはもう遠くなってしまった場所の歌だが、異星人なら時間も距離も問題にさえしないだろう。そしてワタシは天体観測に戻る。異星人の放つ輝きを待つために。



追記:本当は「曲単体もアルバムも短くて潔いのが特徴のひとつ」とか「初音ミク成分が最初から限りなく抜け落ちてる」的なことなども書きたかったけど冗長になるので次の機会に