2017/01/30

「響け!ユーフォニアム2」深読み:最終回

放映を終了して約1ヶ月が経過した「ユーフォ2」の最終回「はるさきエピローグ」について。「2」が始まってから考え続けてきたことを中心に、できるだけ整理してみたい。

それでは始めよう。






まずその「考え続けてきたこと」を明らかにしたい。それはOP「サウンドスケープ」とED「ヴィヴァーチェ!」の歌詞について。

もう一回 大げさな夢を 探しにいこう
止めない 勇気こそ 強さ
何百回 挑戦かさねて ここまで来た
チャンスの神様 みててね

(OP「サウンドスケープ」より引用)

タクトに導かれてここまで来たよ
あなたと来たんだ
奏でているのは 人生だ
響くのは 感情だ
ずっと忘れないからね
光る音が涙を照らしてくれる
辛いことばかりじゃない
だっていつも いつも楽しかった
そうでしょう?

(ED「ヴィヴァーチェ!」より引用)
「2」の第一回冒頭が、原作小説第2巻に準拠した南中のバスの場面ではなく例のシーンで始まって、OP/EDが上記のように反復やレトロスペクティブなモチーフで歌われていることの意味が、ずっと気になっていた。また、特に第十一回と第十二回ではまるで劇中の時間を遡るような描写が目立ち…そうして最終回を見て思ったのは、

『「2」は最終回のラストシーンから作ったんじゃないか』

ということである。以前の記事で述べた「過去への回帰」というのは実は正確ではなく、久美子とあすか先輩のあの終わりのシーンが「2」の制作において始めにイメージされて、全てがそこへ収束するよう逆算されて作られたアニメなんじゃないかと感じる。

このような「終わりから始める」アプローチの似た事例を考え続けて、とりあえず辿り着いたのは故・大瀧詠一氏のシングル「幸せな結末・Happy Endで始めよう」である。この作品について、こちらの記事にこんなことが書いてある。以下に引用する:
 大滝さんが近年、くり返し語っていた台詞に「始まりは終わり、終わりは始まり」という一句がありました。
 また、「単なる時間軸とか連綿とつながっている概念だけじゃなくて、それだけ取り出したときの絶対時間というのがある」とも、「幸せな結末」リリース当時、語っていました。
似たようなことを、劇中でも美知恵先生が滝先生に述べている。

「毎年毎年最初から始められる、それは素晴らしいことだと思いますよ」


この「始まりは終わり、終わりは始まり」の象徴が、卒業生が演奏する「Starting the project」と、新2年・3年が演奏する「三日月の舞」である。






卒業生は北宇治高校吹奏楽部員として演奏することはもう二度とないが、奏でられるのは「ユーフォ」がまだ本放送されていない2014年末の冬のコミケで流れていた(らしい)、ビッグバンドというかビバップ調というかのこの曲で、タイトルは「さあプロジェクトを始めましょう」。また、葉月など新しい2年・3年が演奏する(明らかに不完全な)「三日月の舞」はコンクールに向けた自由曲なので、北宇治高校吹奏楽部がこれを演奏するのはおそらく終わりだろう(定期演奏会などで定番曲として受け継がれるかもしれないけど難度が高過ぎる)。部活を終える者と受け継ぐ者がそれぞれ始まりと終わりの曲を演奏し合うこのシーンを、第十二回で全国大会の演奏シーンを全てカットしてでも描いたのは、「終わりから始める」「始まりは終わり、終わりは始まり」、そういう意味なんじゃないか。そして、「三日月の舞」で第1期のカットからの引用が多いのは、最後のクライマックスシーンへの助走という意図の他に、日本のロック・ポップ史に残る「はっぴいえんど」というバンドで後世に多大な影響を与えた大瀧詠一氏が、「Happy Endで始めよう」の歌詞で見せた過去作のセルフオマージュのような、制作スタッフのちょっとしたサービス精神と遊び心に違いないと今は思っている(そして引用されたカットがほぼ全て過去へ遡る順で並べられていることに注意)。

もうひとつ、久美子とあすか先輩の最後のクライマックスシーンについて。久美子があすか先輩を探しながら校舎を「時計回りに」ぐるっと走って、第1期冒頭であすか先輩と北宇治高校吹奏楽部に出会った場所にたどり着くという構図が、「始まりは終わり、終わりは始まり」を、何よりも雄弁に物語る。



この場所で、あすか先輩から久美子に託されたあのノートには、たくさんの想いの他にもっと大きなものが詰まっていて、久美子はその意味をおそらく正しく理解できる。なぜなら、1年という時間を経て成長した今の彼女は「あすか先輩みたいなユーフォが吹きたい」と心から願っているのだから。なお、このシーンで流れる劇伴は、第2期のサウンドトラック「おんがくエンドレス」によるとTr.2「新たな始まり」というタイトルであることを付記しておく。







…ふう。最終回としてこれほど見事なTVアニメのエピソードはそれほど多く出会えないから、読み解く方も大変でなあ…あえてひとつ引っかかる点を言えば、これほどまでに濃密な物語をなぜ1クールに圧縮したのかという、「2」の放映スケジュールが判明してからずっと感じている疑問。それはたぶん、原作者の武田綾乃さん、石原監督と京アニの中の人たち、その他のスタッフの皆さんが、宇治という街と北宇治高校吹奏楽部員に強くて深い愛情を抱いているから、あえてそうしたんじゃないかというふうに解釈している。地元を舞台とした物語なので、書こうと思えば、描こうと思えばいくらでもそうできる。でもそれだけじゃ表現者として先に進めない。また、地元ゆえに、書けば書くほど、描けば描くほどディテールは細かくなっていき、いずれ小説やアニメの範疇を超えてしまう。プロの作家・作家集団にとって、それは避けるべき事態である。なので、自らピリオドを打つ勇気の結果として導き出されたのが、1クールという長さだと考えている。



さて、あとはいつものように気になったところをつらつらと。日常は重要だからね。

新部長・副部長のなかよし川。部をまとめるというより漫才コンビみたい(笑)





いつものコンビニ前での久美子のこのカット、光の扱い方がすさまじくて絶句した。ここまでやりますか京アニさん…



久美子が秀一に追いつくのは、燐光のような輝きを放つ宇治川に架かる宇治橋の真ん中で、そこにあすか先輩と葵ちゃんが合流するんだけど…葵ちゃんが「2」にここまで深く関わるとは思ってなかったので、とても感慨深い。ちゃんと2本の煙突が描かれてるし。あと、あすか先輩の靴な。





アイキャッチはあすか先輩。彼女から毒気を抜いたら子供のような表情になって、とてもキュートになるらしい。


最終回は、「ユーフォ」全編を通じて見ても時間の進み方が早い(おそらく番外編「かけだすモナカ」以上)。このカットは日差しの具合から見ると、もう年が明けて2〜3月くらいだろうか。久美子が麻美子ねえちゃんへの手紙を投函するポストは第一回「まなつのプロローグ」で麗奈と花火を見ていた場所のすぐ近くだよね?JR宇治駅前の茶壺型ポストにしないところが、いかにもユーフォっぽい(笑)。それと、京阪電車は画面上の右から左(←)へ動いているけど、これは再三述べている通り、このエピソードがそういう意味の話だから。





やっぱりお前ら漫才コンビだろ(笑)


「三日月の舞」の麗奈のソロは様々なテイクが存在するけど…こんなやさしくてあたたかい音色はあまり記憶にない。彼女はおそらくこの演奏を香織先輩に捧げたんじゃなかろうか。それに呼応する香織先輩の指の動きはソロパートのそれだよね…



同様に、久美子が吹くユーフォの音色はあすか先輩に捧げられたもの。それぞれの視線に注意。



卒業式当日。みんな大好きホルン隊。



泣くな部長、顔を上げろ、泣くな…


あのノートを残して微笑みながら去っていくあすか先輩を見送り、ページを開いた久美子が目にしたのは、第九回「ひびけ!ユーフォニアム」では明かされなかった、あの曲のタイトル。原作小説を読んで、あまりの鮮やかな幕引きにしばらく言葉を失ったのだけど…それをアニメで見るとまた別格の感動を覚えた。







…駆け足だけど、どうにか最後まで来たかな。「2」は毎回の熱量が高すぎて考えをまとめるだけで精一杯になってしまったけど、このTVアニメがいったん終わりを迎えたのを自分なりに見届けられて、とても満足している。原作小説を執筆した武田綾乃さん、それを極めて高品質なアニメーションにした京都アニメーションと石原監督とスタッフの皆さん、そしてこの一連の記事を読んでくださった方々には、言葉にならぬほど感謝している。特に、リアルやTwitter等で様々な反応やご意見をいただけたのは、2010年代後半の今となってはキモい感じの自分のモノの見方を書くモチベーションの維持に大きく作用した。あらためてお礼を申し上げたい。

さて、十三回(番外編を入れるとそれ以上)に及んだこの記事も終わりにする。次の曲が始まるようなら、新しく始めようと思う。またね!


























…さすがに次の曲は始まらんだろ、って?これを最後の最後に見せられたらねえ…金色のユーフォニアム、あのノート、そしてやわらかな日差しと窓の外で舞い散る桜の花びら…