2018/07/30

アスリートとオタクのあいだ 〜「艦これ」鎮守府“氷”祭り in 幕張特設泊地 雑感

2018年7月14・15の両日にわたって幕張メッセイベントホール内の「特設リンク」で開催された『「艦これ」鎮守府“氷”祭り in 幕張特設泊地』があまりにも素晴らしく、しかしその熱にうなされたままですぐに何かを書いても上滑りした絶賛の言葉ばかりが並びそうな気がして、あのときの感覚を心の冷凍庫にしまって数週間ほど熟成させておいたので、とりあえず取り出して味わってみたい。あのショーは(なにせ前例らしきものがほとんどないために比較しようがないのだが)掛け値無しに良かったと断言したうえで、ワタシがどこに良さを見出したのか、今回はそういう話をしようと思う。


ブラウザゲーム「艦隊これくしょん」、通称:艦これのリアルイベントは常軌を逸していて非常に楽しいというのが、自分の周りの複数の現役「提督」(艦これプレイヤーの通称)間での定評であった。ワタシは体調を大きく崩して自宅療養している際に生活リズムを艦これで維持させてもらっていた予備役であり、そもそも模型ドメインの住民なので、例えば「実物大の瑞雲を池に浮かべる」なんて大それたものが見られるなら、そりゃあ行ってみたいと常々思っていた。今まで行けなかった理由はまあ、タイミングと常にプレミアム化するチケットの問題が主。

ところが今回はネタがフィギュアスケートである。個人的にはウェルカムだけど一部の提督的にはいろいろ葛藤があったらしくて、チケットが割と簡単に取れてしまった。で、土曜の昼だけ見ようと思って実際に見たらものすごく面白くて、勢い余って日曜の夜まで当日券で見てしまった。あの酷暑のなか当日券販売列に並んでくれた某提督(♀)には感謝の念を禁じ得ないので、その後の感想戦で一杯おごらせていただいた。またどっか飲みに行こう。



閑話休題。ショーそのもののレポートは既に出尽くしていると思うので、前述した通り、ワタシはちょっと違う角度で考えたことを書くことにする。以下、記憶を頼りに進めるので誤りがあったらご容赦のほどを。それから今回は引用や参照リンクは時間と手間の関係で省略するので、気になるところがあったら申し訳ありませんが各自で調べてください。



1ヶ月ほど前、サッカーのロシアワールドカップの話題が賑わい始めた頃、少々気になるツイートがワタシのTLでちらほら目につくようになった。曰く

「スポーツが大嫌いなので話をするどころか話題を目にするのも嫌だから止めてほしい」

という、自称オタクサイドの意見である。それが匿名の誰かが言うなら別に何の影響もないのだが、それなりに実績のある(オタク的)コンテンツクリエイターの割と有名な方の言葉だった(と記憶している)ものだから、ちょっと目を疑いながらTLの反応を眺めていた。理由は後ほど述べる。

ワタシはオタクを自認しているが、スポーツ観戦は基本的に大好物である。物心ついたときから親父があらゆるスポーツをTVで見ていたのを一緒に眺めていたせいで、たいていのスポーツの大まかなルールや見るべきポイントは我流ながら理解している(つもり。それは前回の「ウマ娘」の記事でも述べた通り)。なので、今回は「プロによるフィギュアスケートのアイスショー」が格安で見られる、さらに文字通り「生ける伝説」である伊藤みどりさんが出演されるということで、ひょいひょい釣られたわけである。

そのフィギュアスケート、スポーツとしては採点競技のひとつであるが、(様々な経緯によって)見るのがとても難しくなったというのがワタシの最近の印象だった。それは、高難度の決め技をドカンとキメて強烈な印象を残して得点を叩き出すより、数々の高度な技の組合せを細かくプログラムしてその出来栄えを同様に細かく採点する方向にルールが行ってしまっているためだと個人的には考えている。その難しさを乗り越えて頂点に君臨し続ける羽生結弦選手は、ゆえに世界のトップと国内外から評価されているわけだけど。

さてその「高難度の決め技をドカンとキメて強烈な印象を残して得点を叩き出す」ことで当時の世界のトップに君臨して、果てはフィギュアスケートという競技の質、いや、歴史そのものを変えてしまった選手がいる。

彼女の名前は伊藤みどりさん。現役時代は "Tsunami Girl" のニックネームで世界中から愛され、確か数年前、公式に「スケートの殿堂入り」まで果たしているほどの大人物である。

「日本の女性アスリートは時々そのスポーツの質を根底から変えてしまうことがある」というのは、世界的な常識としてよく知られた話である。当時としては画期的なサインプレーを駆使して「東洋の魔女」とうたわれた女子バレーボール、最近では「アジアンバルサ」=アジアのバルセロナと評された日本代表女子サッカーなどが有名だが、たったひとりでそれを成し遂げたのが、伊藤みどりさんその人である。

彼女の代名詞となっているトリプルアクセル=3回転半ジャンプを公式の試合でキメた女子選手は、先日まで現役の競技選手だった浅田真央さんを含めて、2018年の現在でも世界中で数名しか存在しないと記憶している。伊藤みどりさんは世界で最初にそれを成功させて、フィギュアスケートを(語弊があるのを承知で言うが)「富裕層の白人女性がスケートリンクの上で踊るバレエの美しさ」を競う競技から「アスリートが成功させる高難度の技」をも競う競技に一変させてしまった。マンガで例えたら手塚治虫、ガンダムで例えたらモビルスーツの発明、少なくともワタシにとって彼女はそういう存在なんである。

ではアクセルジャンプ(回転数によって2Aや3Aなどと表記される )がなぜ難しいのか。それはフィギュアスケートの靴の構造とジャンプの回転数によって、「たとえフィギュアスケートを一切滑ったことがなくても」誰でも理解できる。

フィギュアスケート靴の刃先にはギザギザがついている。これはスピンするためのポイントとして使われるためのようだが、油断するとそれにつまづいて思い切り転ぶ。これはギザギザのないスピードスケートとアイスホッケー用の靴と比較して自分が体験して痛い思いをしたので事実である。そしてその激しいジャンプとスピンという技の構造と性質によって、滑走が繰り返されるにつれリンクの表面が荒れて、技が決めにくくなっていく。要するに後になればなるほど不利なのだ。

そしてアクセルジャンプは唯一、前を向いて踏み切る。その点こそが誰にでも分かる単純明快なポイントで、上記の刃先の構造と相まって難しいといわれる所以なのである。

さらにジャンプの回転数は選手のジャンプ力とスケーティングスピードによって決まる。より高く、より速く、より確実に。男子では3Aは当たり前の技のようだが、女子においていまだに成功者が数える程しかいないのは、ジャンプ力とスピードの両方を兼ね備え、さらに複雑なプログラムの中で完成度と美しさまでを表現して採点を見込める選手が、ほとんど存在しないためである。

伊藤みどりさんがすごいのは正にそこである。彼女はトリプルアクセルだけで世界の頂点にいたわけではないのだ。

当時、彼女の演技の圧倒的すぎる技術点に対して(これも誤解されるのを承知の上で言うが容姿や人種的な点でベクトルがあったらしく)芸術点が付いてこないことに、観客から大ブーイングが巻き起こることが多かった。それでもスポーツである以上ルールは絶対である。そのため、特に現役時代後年の彼女は、芸術点を加算させることに重きを置いていた印象があった。技術が有り余る選手が表現でも勝とうとして多大な努力をしていったのだ。その結果、彼女は「圧倒的な技術に見事な表現力を兼ね備えた」現在のフィギュアスケーターの規範と言っていい存在となった。



さてやっと、「艦これ on ICE」の話をする。艦これというゲームをアイスショーで言葉をほとんど用いずに表現する、こういう難題をスケーティング技術とライティングや音響の演出でもって見事に成し遂げたのが、今回のショーの本質であり見どころであった。それもこれも元をたどれば、主演であるところのフィギュアスケーターの技術と表現力があってこそ成立し得たものである。名前がクレジットされた3名、澤山璃奈さん(滑り方からしてアイスダンス系の方であろう)の瑞々しい表現力、多くの提督(♂)すら3Aの完成度と所作の美しさの critical hit で虜にした無良崇人さん(もはや敬意を込めて「無良提督」と呼ばれるほど)、伊藤みどりさんのカリスマとしか言いようがない圧倒的な存在感、そして多くの場面に登場したマスゲームというかマーチングバンド的なシンクロナイズドされたフィギュアスケート(そういう競技があるのを今回はじめて知って大変恥じ入っている)のチームメンバーの皆さんと、よちよち歩きで時々転けたりするのが演技なのか素なのか判然としないジュニアのスケーターの子どもたち、誰ひとり欠けても、何ひとつ欠けても、あのショーは成立しなかったと思う。全体を見れば出来不出来があったことを否定できないが、それでも圧倒的な楽しさが幕張メッセイベントホールを支配した事実は、あらためて明記しておきたい。



さてここで問題を再掲する。ワタシが疑問に思った

「スポーツが大嫌いなので話をするどころか話題を目にするのも嫌だから止めてほしい」

という自称オタクサイドの意見は真か偽か。ワタシは両方をそれなりに見てきた個人的な体験でもって、それを偽としたい。なぜなら、極まったアスリートが繰り広げる高度な技術や表現は、ジャンルを超えて心に直接訴えかけてくると思うからである。オタクが見ているものは日常から極限的な体験まで境界の無い表現の連続だが、その大元は現実にこそ存在していて、全くの絵空事ではない(SFやファンタジーですら人間の想像力の範疇で、それは作者の知識や経験で規定されることに注意)。では、そのオタクが自分自身では考えもつかなかった身体運動やものごとの考え方や誰かの視点をどのように獲得すればいいのか。答は単純で、それが可能な人の動きや記録を、つぶさに観察すればいいだけの話である。



スポーツが大嫌いという価値観は理解する。だがそのコンプレックスによって、せっかくの観察対象の多くを、新しい表現のヒントを、捨て去ってはいないだろうか?それは表現を愛する者にとって、非常にもったいない話ではないか?



ワタシが言いたいのはそういうことである。



最後に。当日券で見た日曜の夜公演、最後にサプライズを期待していたのだけど、澤山璃奈さん、無良提督、伊藤みどりさんのカーテンコールがあっただけだった。でも、現役時代と全く変わらない伊藤みどりさんの、あの満面の笑みを目の当たりにして、ああこの人はフィギュアスケートを滑るために生まれてきた人なんだと再認識した。そもそも彼女が飛んだジャンプは1Aじゃなかったか。たとえ頂点を極めていても、これが好きという感情、これがしたいという想いに一切ブレがないからこそ、彼女はいまだに愛されているのだと思う。それはおそらく、アスリートやオタク、競技や表現に関係なく、共通した才能のひとつであろう。



追伸:すっかり感化されて予備役から戻ってきて艦これに戻ってきたけど、新システムが追加されたりして面食らって大型建造に逃げて備蓄してた資源が枯渇したりしてますw のんびりプレイするだけなら良いゲームだと思うんだけど、いかんせんしステムが古くてつぎはぎだらけなのがなあ…近々予定されているHTML5化に期待しよう。