昨年の夏、プラチナチケットとして知られる陸上自衛隊の富士総合火力演習(総火演)の見学入場券を偶然と人の縁に恵まれて入手することができ、こんなチャンスはめったにないぞということで、いそいそと出かけていった。そこで見たのは、実物の兵器が実際に使用されるとこうなるという、戦後生まれの日本人にとっては完全な非日常と断言できる光景の連続であった。
総火演では様々な兵器がデモンストレーションされたが、とりわけ戦車が目の前で実弾をぶっ放したときのインパクトは文章で伝えるのが難しい。射撃姿勢を取るまではちょっとやかましい程度の重機のような物音で動いていて、射撃と同時に爆音と衝撃波と放射熱がいっぺんに襲いかかってくるあの感じは、戦車が砲身の中で火薬を炸裂させている結果だと頭では理解していても身体がついてこなかった。長く模型を趣味としていてわずかながらも戦車について分かっていたつもりだったが、やはり実物を見ないとダメだと演習が終わった後につくづく思った。
その実物である戦車を、執拗なまでにリアルに描き込んで成功したアニメがガルパンである。ほとんど大戦時の、博物館入りしてるような戦車しか出てこないんだからリアルも何もないだろうという意見もあるだろうが、例えばプラウダ高校の主力であるT-34が中東の紛争地域で現在でも目撃されているように、大戦からの歴史は地続きであって、その歴史の産物を扱う以上はリアリティに対して慎重であらねばならない。その結果、戦車が出てくる映画はたいてい戦争や紛争、人間の生や死といった大きく重いテーマと隣り合わせになるのが宿命だったのだが、ガルパンはそこを女子高生と戦車道という超アクロバティックなウソで回避した。これは「兵器アクションもの」として大胆かつ画期的な「発明」だと思う。
そのガルパンで描かれる戦車群はどれも入念なリサーチと専門家による監修を経ており、アニメやCGの域を超えて原寸大セットを組んだ特撮とも言えそうな映像に仕上がっている。姿形はもちろん、車体の挙動、砲弾装填や照準合わせの手順の細かな違いなど、見れば見るほど「タミヤのMMシリーズの部品をひとつひとつ組み上げていったときのような」ワクワク感が確かにある。これに足すとすれば総火演で体験したあの皮膚感覚だろうと確信し、各劇場へ足を運ぶこと5回目にして巡り会ったのが、冒頭で述べた立川シネマシティの極上爆音上映(極爆)である。
つい先日までの極爆は、端的に言えば重低音マシマシ上映であった。規格外のサブウーハーを劇場内に設置することによって実現されたそれは、同じ映画でこうも印象が違うものかと思わせるほどの迫力を出していた。そして3月末、この劇場は何をトチ狂ったのかスクリーン両脇にこれまた規格外のラインアレイスピーカーを増設するという暴挙に出た。Twitterでの評判を読んでいるうち居ても立ってもいられなくなり、時間を無理矢理作って新しくなった極爆=「ガルパン劇場版 センシャラウンドファイナルLIVE」を見に行った。
実物がそこにあった。
音が歪む。定位が怪しくなる。アンバランスで聞くことを考慮していない、むき出しの巨大な空気の振動が全身を震わせる。ところどころ何を言っているか分からなくなる。行儀が悪くて粗野な爆発の連続。もう何度も見たというのになぜか涙を流しっ放しの自分が理解できない。それほどひどく感情を揺さぶられ続けて約2時間の上映が終わった。
新しい極爆は、ラインアレイスピーカー導入直後ということを差し引いても決して理想の音響とは言えず、むしろダメな部類に入る。特に中低域が潰れていてBGMなどが聴き取りづらいのは今後の課題だろう。しかし、このピーキーで荒々しい現状の設備が、ガルパン劇場版で描かれる戦車にリアリティを付与する最後のピースになるとは、ガルパンのスタッフも立川シネマシティの中の人も予想しなかったように思う。今後、ガルパン劇場版が海外に出て一部の戦車好きに熱狂的な歓迎を受けカルト映画となるのは確実だが、そのとき世界中のファンに向かって立川の極爆=センシャラウンドファイナルLIVEこそが「本物」だと胸を張って言うことができる。なぜなら、こんなバカげた作品と劇場が揃うなんて、おそらく日本でしか起こらないことだからだ。
兵器ではなく武芸の道具として縦横無尽に駆ける数々の戦車を描いたバカなアニメ映画。
本来はスタジアムやアリーナで使われるはずのスピーカー群を持ち込んだバカな映画館。
バカとは狂気、すなわち非日常である。わずかな出費でそれに触れることができるアニメや映画のなんと幸せなことか。ガルパン劇場版と極爆は、そんな当たり前のことをあらためて思い出させてくれた。各地の劇場で異例のロングラン上映が決まっているようだが、アニメ好き・戦車好きじゃなくても「体感」しておいて損のない逸品である。
以下、ネタバレ含む余談:
- 各劇場の個性がこれだけハッキリ出る映画も珍しいと思うので、余裕があれば上映方式の違いも含めて見比べると面白いです。特に4DXはアトラクションとしても楽しめるのでオススメ
- 5月に発売されるBlu-rayは今後ホームシアターのセッティングチェックに不可欠になるでしょう
- ストーリーが平坦でTVの焼き直しではとかキャラクターやエピソードが多すぎてよく分からんとか展開が速すぎといった欠点は多々あるけど、映画評論家じゃないので気にせず楽しんでます
- 一方、ディテール描写を観察すると驚くほど細かいけど微妙にウソもついてて、そのへんはこだわりつつマンガ映画の文法に則ってるのかなあと
- 脇役のエピソードもいろいろ語り尽くしたいが、ひとつ挙げるとすればケイさん率いるサンダースが大洗女子閉鎖危機時に戦車を引き受けてくれるシーン。これはトモダチ作戦へのリスペクトかもと思うとな…
- 話の軸は西住姉妹という解釈。手をひいて走る回想シーンと、ラストであんこうチームのIV号を牽引するティーガーIの対比がとても印象深い
- あんこうチームのIV号はとにかく傷つきよく壊れる。競技中は全くブレない西住殿とは対照的
- クライマックスで西住殿が繰り出した奇手、あれは「高校戦車道最強の虎」を温存した二段構えの作戦だったのでは説。まほの乗るティーガーIはもしかすると劇中で1発も食らってないかも…