For short, " I. M. G. D. "
Established : 1997/12/07

Light up your room, and browse away from the monitor, please! :-)

2023/12/14

Mac/iOS/iPad OS版Safariで開いたWeb版X(旧Twitter)からMastodonとBlueskyへ直接クロスポストするtwitter-to-bskyを使ってみる

event_note
ここしばらくテストしていた環境が安定したので、急ぎメモ書きを公開。

X(旧Twitter)がこの先どうなるか分からんので他のSNSへ脱出を考えている方は多いと思う。いまいち決め手に欠けるとは言え、分散型をうたい既に一定の評価を得ているMastodonや、将来性を見据えてBluesky等へ移動する方が多いようだが、ノイズを含む情報量はいまだにX(旧Twitter)にアドバンテージがある。

この状況では完全移籍ではなく並行して使い続けるのが妥当だが、かと言って各SNSを使い分けるのもいまいちめんどくさいという場合、同一内容を複数のSNSへ投稿するクロスポストという手がある。

X(旧Twitter)とMastodonのクロスポストはBufferというサービスとそのクライアントアプリを使えば以前から可能でワタシも使っていたが、先日、これにBlueskyも含めたクロスポストが可能なユーザースクリプトを見つけたので、さっそく使ってみた。設定がうまくいけば、X(旧Twitter)のWebアプリから気軽にクロスポストできるようになる。個人的には快適だけど、自分がたまたまうまくいっただけかもしれないので当然ながら無保証無サポート、試す場合は自己責任でお願いします。


2023/09/18

とにかく列車に乗れ、話はそれからだ 〜 映画「アリスとテレスのまぼろし工場」レビュー(ネタバレあり)

岡田麿里監督・脚本のアニメ映画「アリスとテレスのまぼろし工場」を見ました。以上。

…で終わらせたいくらい、この作品には個人的なとっかかりが薄い。その一方で、本当は直視したくないワタシ自身の過去を思い出させるところも相変わらずあって、映画館から出てきて時間が経った今でも 🤔 ←こんな顔をしている。

というわけで「アリスとテレスのまぼろし工場」は、正直に言って見る人を選ぶし賛否両論だろうし、そもそもつまらないと切って捨てられるかもしれない、ということを前置きしたうえで、話を進めたいと思う。


2023/09/17

バーチャルイン・リアルアウト 〜 映画「グランツーリスモ」レビュー(になってない何か)

1997年末に初代プレイステーション用に「グランツーリスモ」が、1999年末に「グランツーリスモ2が発売された。ナムコのネジコンを駆使して様々な車種を走り込んでは、まるで実写のようなリプレイを飽きずに眺めていたことを思い出す。ちなみにこの時期はようやく自分のお金を使って自分のクルマを買った時期と重なっている。まあスズキRF400RVを乗り回していた頃でもあるけど。


2023/08/22

ブリッジ:特別編 響け!ユーフォニアム 〜アンサンブルコンテスト〜 レビュー(ネタバレあり)

黄前久美子が"窓"を開けるのが上手いなら
京アニ(特に小川太一副監督)は"橋"をかけるのが上手い

公開初日の朝イチの回を見終わって、率直にそう思った。

ファン待望という言葉にするのも足りないほど待ち望んだ新作、『特別編 響け!ユーフォニアム~アンサンブルコンテスト~』(以下アンコン編と呼称)が8月初旬に公開されて、その週末の金土で4回見て、劇場で買えるBlu-rayディスクを部屋で何度も見直して、すっかり話やカットなどを暗記するくらいのところまで来た…はさすがにオーバーだった。まずはどんな形であれ「ユーフォの新作が見られる」というのは慶事以外のなにものでもない。

2023/08/18

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染予防と感染後の療養についての私的メモ

event_note
2023/08/14夜〜08/15朝:微熱と軽い頭痛・喉の違和感を覚えたが市販の薬を飲んだら治まったので普通に生活
2023/08/15夜:上記症状が復活したので市販薬を飲んで寝る
2023/08/16:朝から上記の症状が続いていたので市販薬を飲んでいったんは治まったが、昼過ぎから急に症状が悪化したように感じたので市販の抗原検査キットを使用したところ思いっきりCOVID-19陽性判定が出たので発熱外来へ行き薬をもらって療養に突入

というわけで𝕏(旧Twitter)で呟いてる通り、ワタシもついに新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下あまり使いたくはないがコロナと呼称)にかかってしまった。はっきり言ってディフェンスにかなり気をつかっていたので意外だったんだが、かかってしまったものはしょうがないので、2023年夏の時点でコロナにかからない、また、かかったらどうするかを、私的なメモとしてまとめておくことにする。

2023/08/04

骨 〜 講談社 現代新書 酒井聡平著「 硫黄島上陸 友軍ハ地下ニ在リ」を一気読みした話

event_note
タイトル通り、酒井聡平氏による「硫黄島上陸 友軍ハ地下ニ在リ」を、先日の発売当日に購入したのち、昨夜ナイトキャップ代わりにほんの数ページだけ目を通して寝ようと思って、気づいたら3時間ほどで一気に読んでしまった。

この労作…酒井氏のライフワークと呼んで差し支えないであろう、硫黄島(日本では現在「いおうとう」と呼ぶのが正式らしい)への長年の想いというか執念の結晶を語る前に、この本に出会うまでの話を軽くしておきたい。

2023/07/29

iOS / iPad OSでTwitter公式アプリを使わず快適に過ごす方法

event_note
愛するサードパーティ製アプリやTweetDeckの旧UI版を奪われ、とにもかくにもやることなすこと場当たり的で朝令暮改が日常茶飯事になったTwitterの青い鳥アイコンが「𝕏」に上書きされていくさまを眺めていて堪忍袋の尾が切れたので、Twitterは雑に扱うことにした。

(完成度が高い青い鳥アイコン)

(いずれ慣れるかもしれないが自分には合わない新アイコン)

なのでiOS / iPad OS版公式アプリを削除して、これまで通りの青い鳥アイコンで使用していくことにし、ついでに広告やおせっかいな機能をまとめてやっつけることにした。以下要約:
  1. Twitter公式アプリを削除
  2. Safari機能拡張の Control Panel for Twitter を導入し有効化
  3. Safariで twitter.com を開くショートカットを作成
  4. ショートカットをホーム画面に保存する際に旧アイコンを指定
設定が終わるとこれまで通りのアイコンがiPhoneやiPad上に現れる。あとは煮るなり焼くなり好きにしてほしい。


以下、やったことざっくりと。

2023/07/21

君たちは後期高齢者の断片的なエピソード語りとどう向き合うか 〜 映画「君たちはどう生きるか」レビュー的な何か

宮崎駿監督の最新作である「君たちはどう生きるか」を、封切初日のちょうど先週に見た。

個人的には、アニメとしては楽しめたけど物語はつまらないと感じた。エンドクレジットのプロデューサー欄に実の息子である宮崎吾朗氏の名前が載ってて最悪とも思ったりしたのだが、見た直後に呟いたことも特に間違ってはいないくらいの印象は持ち続けている。 あれから1週間、さまざまな方がこのアニメ映画について語っているが、一般的な話はそういった皆さんにお任せするとして、ワタシ個人がこの作品をどう捉えているかを書き留めておく。

2023/07/18

100円ショップの3品で作るモバイルモニタ・タブレット用ハイマウントスタンド

event_note
ワタシは常々PCのマルチモニタは横に並べるのではなく縦に積み重ねろと主張してきたわけですが

📺📺 ← こうじゃなくて

📺 ←
📺 ← こう!

ノートPCの画面上部にモバイルモニター・タブレットをこのように配置するスタンドを探しても一長一短なので、100円ショップの品を組み合わせたらそれっぽいのできるんじゃね?と構想すること数分で出来上がったのがこちら。





必要なものは3品。
  • できるだけ大きなブックエンド
  • タブレットスタンド(ネジで角度が替えられるポピュラーなやつ)
  • 結束バンド(上記2つをしっかり固定できればいいので他のものでも可だけど流行ってるので)

プロトタイピング。載せただけとも言いますね。

結束バンドでブックエンドとタブレットスタンドの後ろの脚を固定して出来上がり。今回は、モバイルモニターやタブレットを実測で19cmほど持ち上げた状態で保持可能なものになりました。

収納と展開。結束バンドで固定することにより絶妙な緩さが生まれ、タブレットスタンドの角度調整ネジをいい塩梅に回すことができます。

試作なので細い結束バンドを繋げて使ったけど、さすがに心許ないので太いのに替える予定。せっかくだから色を揃えて目立たなくしたいところ。

実際に使ってみると、さすがにトップヘビーなのでグラグラしますが、ブックエンドを数枚重ねたり磁石の棒を補強がわりに貼りつければそれなりに安定しそう。とりあえずバージョン1.0ということで。

追伸:お金をケチらなければしっかりした既製品を使ったほうが不意の事故を防げたりして良いとは思います。サンワサプライのとかクラウドファンディングで買えたやつとか
 

2024/01/09追伸:横に並べて置くなら最近見つけたダイソーのワイヤーフレームスタンドがほぼ完璧なソリューションになりました。アゴ部分の引っ掛かりがやや深めですが、タッチ操作などしないなら安定感抜群です。

2023/07/17

オンボロ軽自動車購入の続き:クルマやバイクはスマートフォン類と同じく数年おきに買い替えるべきかもしれない

event_note
16年落ち・走行距離14万km超の中古の軽自動車、2006年式スズキKeiワークス(HN22S型)の2WD・MT版を買ったのが1ヶ月とちょっと前、あれこれと手を加えては都度Twitterに報告していたが、購入当初に予定していたモデファイがだいたい落ち着いたので中間報告と、いじっているうちに気になったことを書く。
  • 灰皿をスズキMRワゴンの純正オプション品であるドリンクホルダーに交換。取り付けには少々加工が必要らしいが、ワタシの個体ではあっさり取り付けられた。ただし構造的にグニャグニャしていて不安定なのは避けられず、また、スマートフォン置き場にすると下から抜け落ちてしまうので、100円ショップでクッションつきコードフックを買ってきて少々加工して貼り付けた。これだと飲みもの類を置くのに邪魔にならず、コードフック部がスマートフォンをうまく受け止めてくれて、引っ掛かりなく収納できる。


  • ボロボロだった純正ステアリングを、スズキ初代ラパンSS初期型の純正かオプション装備だったらしいMOMOステアリングに交換。社外品でも良かったけど、そこだけ気合いを入れても他をいじる予定ないしなあということで程度の良さげなのを某オークションで購入、取り付けにかかったところでいくつかの問題が発生し、解決に数週間かかった。例えば、取り付けが終わってエアバッグ暴発防止のために取り外したバッテリーのアース端子を繋いだ瞬間にクラクションが鳴りっぱなしになるとか(理由は後述)。素直にKei純正の程度のいいものを気長に探すか、社外品へ替えるべきだったかもしれない。

  • フォグランプのバルブをヘッドライトと同じメーカーの同じケルビン数のものに交換。これは単純に色温度が違ってるのが個人的にイヤなだけだったので、別にやらなくてもよかった。というかKeiの場合、フォグランプバルブの交換は車両を高くジャッキアップするかフロントバンパー(とは名ばかりのプラスチックの一枚板)を丸ごと外す必要があり、バンパーの取り外しにはプラスチック製クリップとネジを何ヶ所か外して外装をバキバキとめくるため、古い個体には何かとストレスがかかる(後述)。なおバルブはH3a規格だが現状ではほぼ絶滅しているため、H3バルブの切り欠き部分をヤスリで削って少々広げて取り付けた。


  • ウインカー点滅用のリレーを電子式のものに交換。電球をLEDに交換すると抵抗値の減少によりウインカーが激しく点滅する通称ハイフラッシャー化を防ぐ常套手段のひとつで、ワタシが入手したものはつまみで点滅間隔を調整できる。取り外した純正リレー(青い矢印の先の黒い箱)は念のため元の位置へ戻して、電子式リレーはコンソール下までケーブルを伸ばして、先ほどのつまみへ手が届くようにした。

  • ポジションランプやブレーキランプもLED化したらABS警告灯が点灯しっぱなしになったので、抵抗を並列接続して対処。古いクルマの灯火類をLED化するとこういった警告灯が点くのはよくある話だが、それをキャンセルするために抵抗をかますのは電流を無駄に消費させることに他ならず全く不本意ではある。しかし警告灯ひとつを消すために大工事する気にはならんので、これで良しとする。
  • ヒューズボックスから増設シガーソケット用電源を取り出し。現代のクルマはドライブレコーダーなど電装品が増える一方なので、ソケットを増やすのは当初から考えていた。アクセサリー(ACC)電源とアースさえ取れればどこでも良かったんだが、今回はヒューズボックスのシガーライターのヒューズを抜いて分岐させる方法を取った。なおアースは前席右足元のカーペットをめくるとしっかりしたポイントがある。オーディオなどに凝る場合はアースを取る位置でノイズが変化することがあったので、状況を見ながら場所を決めるとよい、

  • 運転席と助手席のシートレールをスズキ初代ラパンSSの純正シートのものに交換。Keiワークスは元の車体がSUV的なので座面もそれに合わせて高めなんだが、どうにも落ち着かないので、定番の手法らしい上記のシートレール交換となった。座面の高さ調整機能は無くなったけど着座位置は3〜4cmほど下がり、シフト操作がやりやすくなったのが最大の収穫。それと前席が低くなったぶん、後席の圧迫感が少し和らいだかもしれない。


  • シートレール交換に合わせて、シートを分解して丸洗い後に乾燥させて、また、シートを取り外した後の床面カーペットを重曹の溶液で洗浄した。購入当初から悩まされていた最大の問題である車内の臭いがかなり軽減されたので、いずれ後席も取り外して丸洗いし、他の床面カーペットや天井なども今回導入したリンサークリーナーと蓄圧スプレーで重曹溶液洗浄しようと思う。



  • リアの死角確認用ミラーを増設。2020年代の新車ならほぼ確実に装着されているバックカメラと警告センサー類など当然なく、また、車高に対してリアガラスが小さいので、用心のために室内設置タイプを貼りつけた。下記の写真でミラーにリアワイパーが歪んで映っていて、後部の死角が何とか目視できることが分かる。ただやはり限界があるので、バックカメラが必須装備になった理由がよく分かる。

  • シートの座面位置が下がったのに合わせて、ステアリング位置を調整。具体的には、固定されているステアリングコラムを全体的にいったん緩めてスペーサーを挟んで角度をつけて再固定するという手順なんだが、場所が場所だけに手と工具が思うように突っ込めず時間がかかった。比較写真など撮るひまが無かったが、実感として2cmほど下がったようなので、一般的な運転姿勢に近づいたような気がする。

残りはリアスピーカーの増設くらいだが、その前にどうしても書いておきたいことがある。

以前乗っていたMR2は、購入当初から屋根つき駐車場を借りられる頃まで、自動車用カバーをかぶせていた。目的は太陽光線による内装の劣化と塗装面の痛みの防止だったんだが、今回のKeiワークスで、以前の方針、つまりクルマやバイクはできるだけ直射日光に当てないようにするというのが正しかったと実感している。

先に書いた、ステアリングを交換したらクラクションが鳴りっぱなしになった原因は、ステアリング内部のスイッチを絶縁している樹脂製のワッシャー類が劣化してボロボロになり欠け落ちた結果、常に通電状態になっていたことだった。分解して適当な絶縁ワッシャーをかませて解決させたが、外装部品ならともかく&いくら軽自動車とは言え内装部品がここまで簡単に劣化して役に立たなくなるものかと、あらためて思った。

外装類の劣化は当然ながらもっと深刻で、買った時点で終わっていた天井の塗装、黄ばみは免れていたものの曇りが出ている樹脂製ヘッドランプ、赤色が抜け落ちたエンブレム等、もし気になったら全塗装したうえで状態のよい部品に交換するべきところだが、生産終了から既に10年以上経過している軽自動車の純正部品は、思っていたより在庫が少ないためかオークション等で見かけることが少ない。そして外装などを固定するプラスチック製クリップなどは、外したそばから折れて用をなさなくなってしまうので再利用せず新品に交換したほうがいいと思うが、土台が朽ちている可能性もあるので、触らず放っておくのが最適かもしれんと思いながら作業していた。

世の中の流れ的には内燃機関で動くクルマは淘汰されて電気自動車へ置き換わろうとしている。電気自動車化推進のお題目は電気で走るので二酸化炭素を出さず境にやさしいということだが、エンジンをモーターに、燃料をバッテリーに替えただけで、その他の部品がこのように太陽光線や熱で簡単に劣化するままなら、全体としての環境負荷は内燃機関と大差ないんじゃないだろうか。そもそもiPhoneが警告を発し使えなくなるこの炎天下で、電気自動車のバッテリーとモーターとそれらの制御系がいつエラーを吐いて動かなくなるか分からないし、早ければ数年でバッテリーから劣化するのは、iPhoneを日々触っている我々がいちばん理解しているはずである。

なのでこれからは、樹脂類の部品とバッテリーの劣化サイクルを考慮して、スマートフォンと同じくらいの頻度でクルマやバイクを買い替えたほうがよいように思う。所有して上記の各項目のように好き勝手にいじることも各種電子デバイス充実の副作用で難しくなってきたので、リースやサブスクリプションで次々に新モデルを乗り継ぐのも、こういう視点なら合理的かもしれない。

2023/06/26

Restart my 660cc engine

event_note
約7年前の冬にトヨタMR2を売却してからずっとカーシェアを使ってきた。ただ生活するぶんにはそれほど不便を感じなかったが、思うところあって6月初旬に16年落ち・走行距離14万km超の中古の軽自動車、2006年式スズキKeiワークス(HN22S型)の2WD・MT版を買って、しばらく乗ることにした。



これだけ書くと、いくら格安物件とは言えアホな買いものである。まず見た目からして明らかに年齢不相応、年式と走行距離を考えると2年乗って手放しても元々が鉄クズ同然なので下取り額などはゼロどころかマイナスに決まっているし、そもそも2年を無事に走り切れる保証がまるで無い。ワタシも正直言ってどうしてこうなったかよく分かってないので、購入に至る経緯を軽くおさらいしておく。

2023/05/19

M1 MacBook AirでStable Diffusion(アプリ版・web UI版)を使い始める初心者向け私的メモ


2022年に登場して昨今のAIブームを巻き起こしたきっかけのひとつになった画像生成AIプログラム(とここでは便宜上そう呼ぶ)、Stable Diffusion。今さら説明する必要は無いと思うけど念のためざっくり言うと、簡単な言葉の組合せ(プロンプト)や、ある特定の画像に基づいて、希望に沿った別の画像を自動的にうまいこと描画して出力してくれる。他のAi系の技術、チャットや音声、音楽などと同様、その実装手法と劇的と断言していい出力結果の精度と表現力によって、様々な議論が交わされているのは承知しているが、今回それは傍へ置く。以下、ワタシがこの1週間程度である程度は思い通りに画像を生成できるようになった環境構築や設定等の過程を備忘録的にメモしておく。

ちなみに2022/10/19時点ではこんな感じの出力を得て納得して放置して


2023/05/14に少しいじったらこれが出てきてひどく驚いて


2023/05/19にはこんな絵面が"撮影"できるところまで来た。すきま時間にちまちまとトライアンドエラーを繰り返したので、集中して取り組めば数日あれば誰でもすぐこのレベルに到達できる。



■準備するもの
  • できるだけ新しく高性能で使えるリソースが豊富なPC
  • Macだと"ターミナル"と呼ばれるアプリ上でのCUI操作(特にweb UI版を使う場合は簡単なレベルだけど必須)
  • 英語(プロンプトは基本的に英語を使用するし、エラー等は英語で検索したほうが早く解決する)
  • ネット検索力(何かあったらすぐ検索とにかく検索)
  •  
■環境構築

ワタシの現在のメインマシンはM1 MacBook Airなので、そちらをメモ書き。

取っ掛かりとしてはStable Diffusionをアプリ化したDiffusionBeeを使うのがいいだろう。こちらの記事などに書かれている通り、ダウンロードして然るべきフォルダへコピーしてダブルクリックで起動すれば準備が整うので、始める気になれば誰でもすぐ試すことができる。

ここから先へ進むために、DiffusionBeeの「Model」メニューの「Add New Model」と「Options」メニュー内の「Negative Prompt」の2つがあることを確認する。



「Model」=モデルは重要な概念で、Stable Diffusionにおける学習済みデータの集合体と呼ぶべきだろうか。既に大量のモデルがあるので、好みのものを検索して見つけ、ダウンロードして読み込ませる。モデルによって規約が異なるので、今後のことも考えて面倒だが必ず読むクセをつけておく。

それから「Negative Prompt」=ネガティブプロンプトも重要で、普通のプロンプトとは逆の「こういうのは止めろ」という命令になる。こちらも有効にして(Enableボタンをクリックして)、通常のプロンプトとネガティブプロンプトが併記できるようにする。


検索して見つけた好みのモデルの紹介ページには必ず、画像出力の作例と、その際に用いたプロンプトが書いてあるはずなので、まずはそれをコピー&ペーストして実行する。マシンパワーにもよるが、特に設定を変えていなければ数分程度で結果が出力される。変だったり気になるところがあれば、こちらの記事などを参考にネガティブプロンプトを入力して、出力を繰り返してみよう。たったこれだけで第一段階は完了する。



DiffusionBeeは手軽に始められる割には機能が豊富でこのままでも良いんだが、現時点ではどうやらEasyNegativeが使えないようなので、(開発されている方の名前を取って通称AUTOMATIC1111版と呼ばれているらしい)Stable Diffusion web UIをセットアップする。こちらの記事を全面的に参考にして、ターミナルを用いてインストールを実行する。うまくいかない場合はエラー内容を検索すればたいてい解決するが、ワタシの場合、xzが不足している旨のエラーが出たのでHomebrew関係をいったん全てアップデートしたのちpython 3系列をアンインストールして、xzを入れたのちpython 3を再インストールしたらうまくいった記憶がある。このあたり個人の環境に左右されるので、頑張ってください。



さて先の記事にあるようにインストールが完了してwebブラウザで http://127.0.0.1:7860 に無事アクセスできれば、web UI版は使えてしまう。ただこの先を考えると、ワタシは「UIの日本語化」というか「英語と日本語の併記」と、先に挙げた「EasyNegativeの導入」は先にやっておくべきだと思う。こちらは各自で記事を検索し参照してください。それとワタシが画像生成している途中で気になった紫色のスポットが描画される現象は、使用するモデルに対応したVAEファイル(?)を用いることで解消できたので、こちらの記事などを参考にして設定を変更後にUIをリロードしてVAEを適用できるようにしておこう。なおStable Diffusionの大きな弱点である「顔や手足の描画が怪しい」問題は、adetailerという拡張機能を導入すればかなり軽減できる。最新版では設定により顔と手を自動認識してそれぞれ修正を加えてくれるが(もちろん限界はある)、一部とはいえ再描画処理が走るのでそのぶん時間が伸びる。このあたりはプロンプトで回避できることも多いので、ケースバイケースだろう。

あとはDiffusionBeeの場合と同様に、何か思いついたらプロンプトを考えて入力して出力して、場合によっては機能拡張を追加してさらに入出力の繰り返し。他の技術も大量に使えるので、適宜それらを試してみるのもいいだろう。ただ全ての基本となるプロンプトは手当たり次第ではさすがに効率が悪いので、先人の知恵を借りる。特にこちらの方の一連の記事にはずいぶんと助けられている。また今ならChatGPT等にプロンプトを考えさせたりすることもできるので、各自工夫してみてください。



さて、2023/05/14から1週間も経たないが、 Stable Diffusionをほぼ毎日触ってて感じるのは、「これは絵を描くというより写真を撮ってる感触に近い」ということである。プロンプトという呪文を唱えてイラスト次元に入り込んで、そこにいる誰かに細かく指示しながら異世界カメラを向けて、望む絵面が写るのを数分間念じると言えばいいだろうか。異世界カメラで念写するので必ずしも思い通りの結果は得られないし、ときどき、というかしょっちゅう得体の知れないものが映り込む。ただ、それも込みで「大量に撮りまくったカットからこれだという1枚をピックアップする」あの手応えは、カメラ趣味をたしなむ方ならば分かってもらえるかと思う。



というわけで、しばらくは自分のMacBook Airに住み始めたstable-diffusion-webui美ちゃんやイケおじのstable-diffusion-webui夫さんたちにモデルをお願いして、いそいそと"撮影"に勤しむことにします。


追伸:"撮影"をがんばるとMacBook Airが発熱して処理がどんどん重くなるので、冷却ファンつきノートPC台などで風を送って冷やしてあげるといいです。このあたりも密閉され強い光源で暑くなりがちな写真撮影スタジオを思い起こさせます

2023/04/08

絵と音の"joint" 〜山田尚子監督の仕事を映像作品の歴史から俯瞰する試み〜 再録版文字起こし:その6

その5からの続き)

では最後、締めとして長くなりましたけども、終わりにお話をしたいと思います。

もうすでに山田尚子監督の次の作品、いくつかのあ小品を発表済みですけども、

これからも山田尚子監督ならではの「絵と音のjoint」、融合した形、それぞれが並び立って我々の感情を揺さぶるような作品を、ぜひたくさん体験させていただければと思います。

是非宜しくお願い致します。というわけで非常に長くなりましたけども、ご清聴ありがとうございました。(パ)とを申します。よろしくお願いいたします。



…ふう。すげえ長くなりましたけど、動画で不足した内容や動画リンクなどは、時間を見て追加していくつもりです。最後になりますが、このような貴重な機会を設けていただいた mirrorboy さん、平ハウス物語で共演した皆さん、MOGRAでご一緒した方々(特にふらっと遊びに来ていただいたK氏とP氏)、今回の発表内容について重要なアドバイスをいただいた東海地方在住のT氏と九州在住のB氏、それから忌憚ないツッコミをいただけるめんどくさいアニメおじさん会のメンバーの方々に、あらためてお礼を申し上げます。ワタシはこんな調子でこれからも変な角度でいろいろ考えてくと思いますので、今後ともご愛顧のほどよろしくお願いいたします。


絵と音の"joint" 〜山田尚子監督の仕事を映像作品の歴史から俯瞰する試み〜 再録版文字起こし:その5

その4からの続き)


じゃあ、山田尚子監督のその作品を全体俯瞰した中で、どうしても我々としては外せない話をしたいと思います。

「リズと青い鳥」における山田尚子監督と牛尾憲輔さん。映画監督あるいは「絵」のほうをコントロールしている山田直子という方と、それから劇中の音楽を作った牛尾憲輔さんの関係(の話)をしたいと思います。

まずはこちらは公開されているメイキング映像のほうをご覧になっていただければと思います。(「リズと青い鳥」メイキング映像を見ながら)実際に歩いてるところを二人して再現しながら打ち合わせしてるんですよね、むちゃくちゃ楽しそうなんですね、これずっと見てたい感じなんですけどね。

—— 山田監督が面白いんだなあ。

そうなんですよ。また、このメイキングから抽出しますといくつも大きな話が出てきています。「絵と音を並行して作る」、まさにその現場をメイキングで我々は見ることができたんですけども、冒頭にお話しましたアニメーションの作られ方、プレスコ、あるいはアフレコでもない、「絵を作りながら音を作る、音を作りながら絵を作る」。これを京アニは何かのインタビューで”新しい挑戦”という風に表現してましたけども、プレスコでもアフレコでもないアプローチ、このインタビュー(=メイキング)の中では”新たな挑戦”というふうに書いてありましたけども、技法としては別のインタビューでこういう技法が実際もうすでに存在するということで、(注:技法についてですが、現在では読めなくなった京都アニメーション公式サイトの日記ページで述べられていたかもしれません)それを用いて作ったのがこの「リズと青い鳥」という映画になります。

それから実際に見ていただければ分かると思うんですけども、絵と音の相互作用というのをかなり意識して作られていますね、場面が変わったら楽しげな音がする、何か不穏な雰囲気になったら音が不穏な感じになる、というような形で、絵と音の相互作用を意識的に最初から作っている。これはギターのフィードバック奏法的というふうに言えるかもしれないんですけども、その一方で絵と音のクオリティっていうのをどんどんどんどん上げていくことができる、これはまあ時間との戦いではあるとは思うんですけども、「リズと青い鳥」に関してはかなりそこをたっぷり時間をとって「いい絵がが来たら負けない音を作る、あるいはいい音が来たら負けない絵を作る」ということを相互にやっている、という話があの各種インタビューで語られていました。

近作では同じような事を「地球外少年少女」の磯光雄監督とそれから赤﨑千夏さん、我々京アニファンからすると赤﨑千夏さんは「中二病」のモリサマーちゃんですけども、彼女の演じるキャラクターの声に非常に驚いて磯光雄監督が絵を描き直したという話がインタビューになってました。

それからのちょっとここ余談なんで切って頂いて構わないんですけども、「リコリス・リコイル」、先ほど説明したように、「リコリス・リコイル」って現場のアドリブで OK だったらいくらでも絵を直しちゃうよって言うぐらい”現場のライブ感”を大事にした作品ですよね。そういうふうな感じで、絵と音との相互作用を意識して作った場合に、何かしら力強さや説得力が増すということを意識的にやっている作品だと思います。

それからもう一つ、先ほどのメイキングでも触れられたかと思うんですけども、音楽だけではなくて音全体を総動員して演出として用いている、これはインタビュー等でも述べられているとおり、実際にその舞台のモデルとなった学校に、音のサンプリングをするために取材に行ったと。いわば音ののロケハンを敢行している。それからサウンドトラックなどを聴いた方はもうご存知だと思うんですけども、環境音楽的あるいは実験学的と呼べる、アンビエントに近いノリが強く漂ってくるような、アニメーションの音楽としたかなり珍しい劇伴を作り上げたと。それは先ほどのメイキングの中では「物音の目線」というふうに表現されています。ですので、かなり特徴的な劇伴が映画の中で使われているということが言えるかなと思います。

ここでふと思いました私。「絵と音をを並行して作るのを我々はすでに経験してるのではないか?」ということです。これを実際に拝見していただきたいのが「リズと青い鳥」第三楽章です。こちら有無を言わせず皆さんレンタルでもブルーレイでも何でもいいですので、この第三楽章の演奏シーン、一番キーになるクライマックスの演奏シーンですね。あそこをご覧になっていただければと思います。

—— (吹奏楽)部室のシーンですね。(注:正しくは音楽室)

はい。演奏シーン、ソロ、第三楽章を通しでと、みぞれが演奏を通しでやっちゃうところですね。(「リズと青い鳥」第三楽章演奏シーンを見ながら)ちょっとここお話しながら見てますけど、演奏そのものもはまだまだ未完成なのでバラバラなんですよね。全然完成度が高くない演奏をしてるんですけども、それがまず音で、そういうオファーで録音したんじゃないかなと思います、その中でだんだんフォーカスがあたっていくのがオーボエの音なんですね、だんだんボリュームが、オーボエのほうのボリュームが上がっていくはずなんですよ。もうここからオーボエを強調してます、ここらあたりはオーボエしか聞こえなくなってますね。ここは「聲の形」でも使われた高域と中域きをがーっと絞って低域しか聴こえなくなってる状態になってます。ここでエコー(注:リバーブが正しい)がかかり始めますね。

日本のアニメーション史上、ひいては日本の映像作品史上でも特筆すべき名シーンだと私は思いますけども、この「リズと青い鳥」第三楽章のクライマックスの演奏シーンを見て私は一言、

「これはクラブの現場を知ってる人にしか伝わらん」

と正直思いました。なんでかって言いますと、吹奏楽の演奏という場面を描きつつ、途中でどんどんどんどん音に手を加えて、オーボエを強調したりフェーダーなりなんなりを使って中高域を絞って低域しか聴こえないような、水の中に入ってるような音に変えたりですとか、途中でエコー(注:リバーブが正しい)を加えてオーボエの印象を強めたりとか、絵に合わせて音もどんどんどんどん、吹奏楽の演奏は本来こういうふうには聴こえないはずなのに、実際に音をいじってしまってるんですね。これはクラブで DJ の方が曲を流してる時に行う色々な操作ですね、私は実際に DJ ではないので詳しくは分からないですけども、実際にDJ である方であれば、ここでどんな操作をしてるかっていうのがすぐ想像できるぐらい、音に対して自覚的に手を加えて、それを作品として盛り込んでしまったということが言えるんじゃないかなと思います。

—— イコライザーとかエフェクターを使って映像作品の世界観をより伝わるカタチにミックスし直してるってことですね?

そういうことです。それをそのまま吹奏楽の生音を流すんじゃなくて、ミックスし直すことでより作品の印象を強める、キャラクターの印象を強める、物語の印象を強めるっていうことに成功してるんですよね。

—— そう、だからDJプレイは演出だっていうことですよね?逆に言うと。

逆に言うとそうです。「ここでこの音がいいんだ、この曲のここがいいんだ、ここ をこうしたらもっとかっこよくなるんだ」、皆さん DJ の方って必ずやるじゃないですか。

—— 山田監督と牛尾さんはこのシーンでブチこんでると。

ブチこんでます。「リズと青い鳥」を見た時に、知り合いのDJの方に今すぐ見に行けって言ったんですよね、アニメファンじゃなくて DJ の方じゃないと、やってる意味が分からないだろうと思ったんですよ。とにかく見に行って感想聞かせてくれっていうふうに片っ端から声かけて、良い、とにかく見に行けって言ってたんですけども。アニメではなくて、クラブミュージックの文脈で見ないと、やってる事の意味が本当にわからないんじゃないかなと思うところが少々あります。

—— (笑)。確かに。吹奏楽部でも分かんないですもんね。DTMとかやってないと。

分かんないです、はい。しかもDTMで作品を作ったとしても、それを実際にプレイして、 DJ のクラブミュージックとしてプレーされてる現場を知らないと、DJがー

—— 分かんないですよねえ。

その感情を盛り上げるために色々な手を音楽に対してどんどんどんどんリアルタイムで付け加えてるっていうことを実際にやってるっての知らないと、これを見て何でこんなに感情をかき乱されるんだろうかっていうのの理由が、完全には理解できないと思うんですよね。見ていただいた通り、絵の演出があり、それから実際の演奏があり、それに対して音の演出も加わって、はじめてここまで感情を揺さぶる映像(作品)がモノになるということをやってしまったというのが、「リズと青い鳥」の第三楽章の演奏シーンの肝だと私は思います。

で、結論として、私は山田尚子監督をこう評したいと思います。

山田尚子監督は、今見ていただいた通り、アニメを含む長編の映像作品において極めて稀だと思うんですけども 、VJ それから DJ、 その両方の感性を兼ね備え、映像と音楽・音響の両方を鋭く操る作家である

というふうに言いたいと思います。

とりあえずこれを結論としたいと思いますけども、続きがあります。ようやく、これからの話。既に(アニメ)「平家物語」という作品を作った新しい山田尚子監督と言っていいかもしれませんけども、これからのことをちょっと軽く述べたいと思います。

新しい挑戦、(アニメ)「平家物語」で山田尚子監督はいくつかの新しい挑戦をしたと思います。まず一つ、ホームグラウンドが大きく変わったというところですね。キャリアの大半を占めた京都アニメーションからサイエンスSARUが製作を行ったということ、京都アニメーションはご存知の通り非常にコンパクトなスタジオで京都の宇治でスタジオを構えて少数のスタッフでアニメーションをずっと作り続けているわけなんですけども、(アニメ)「平家物語」のクレジットを見ていただければわかるんですけども、非常に多くの皆さんが関わって作る、日本では一般的なアニメ製作のフローに変わっています。その中で(アニメ)「平家物語」という山田尚子監督の新しいアニメーションに作られたということはかなり、方法論ですとか意思伝達の面も含めて、チャレンジがかなり大きかったんじゃないかなと想像します。

それから二つ目が、映画「聲の形」とそれから「リズと青い鳥」という、この二つの映画で非常に大きな評価を得た、実際に賞もいくつも取ってますけども、映画を撮った後にテレビシリーズに戻ってきた、これはなかなか、アニメ監督はたくさんいらっしゃいますけども、映画とテレビシリーズをフラットに行き来できる監督というのはなかなかいらっしゃらない、アニメから映画にシフトして(成功して)、映画のまま帰ってこない監督もいらっしゃるわけですね。その一方で富野由悠季監督みたいに映画だろうがテレビシリーズだろうが何でもアニメなら任せろみたいな感じでものすごい勢いでいまだだに作品を作り続けている偉大な方もいらっしゃるわけなんですけども、それから押井守監督も映画監督として実写までやって、もうテレビシリーズやらないだろうと思っていたら近年はテレビアニメに戻ってきたりもしてますし、そのあたり、何かアニメーションの作り方、アニメーション捉え方の中で山田尚子監督がこういう動きをしたというのは、注目すべき動きじゃないかなと思います。

それからもう一つ、(アニメ)「平家物語」のなかでは、 非常に多くのジャンル、非常に多くの曲、テイストも何もかもが違う曲がかなりたくさん使われています。これは実際にインタビューで語られてますけども、こういう劇版を用いたのはアニメ映画とは違って、たまたま偶然目にすることが多いテレビアニメというメディアの特性を考えて(インタビューでは)”口当たりの良さ”と言ってますけども、間口の広さと言い換えてもいいかもしれません。とにかく、誰かがたまたま見た時に「おっ」っと思われる、きっかけづくりをたくさんしたいという思いがあったようで、それのための劇伴をたくさん用意したというようなニュアンスで語られていました。

“新しい挑戦”を見た感じで、私が先ほどの山田尚子監督の評価を踏まえて(アニメ)「平家物語」を表現すると、

山田尚子監督にとってアニメ映画というのは DJ の皆さんが言うところのロングセット、それに対してテレビシリーズというのはショートミックス

というようなアプローチで作られてるのかもしれません。

で、その一例を(アニメ)「平家物語」のエピソードからご覧になっていただきたいと思います、第7話。 Amazon プライムに「平家物語」はありますので各種ストリーミングサービスで見ていただければと思います。

(アニメ「平家物語」第7話エピローグ〜エンディングを見ながら)音楽が一緒に聴いていただければ、一番、一発でわかるんですけどね。(早見沙織さん演じる時子の)ボーカルにエコー(注:リバーブが正しい)が入って、ボーカルが消え劇伴だけになったところで、(千葉繁さんが演じる後白河法皇 )の語りが始まります。この、劇伴からエンディングのこの曲に繋がるところが隙がないんですね。

—— エンディングにちょっとかぶっちゃてる。

ちょっと被っちゃってるんですよ。これを見た瞬間に鳥肌がブワーッと立つぐらい、あまりにも繋ぎが見事っていう、よくクラブに行ってる時に、「これこう繋ぐか」って DJ の人がめちゃくちゃいいプレーした時に「うおお」ってなる瞬間あるじゃないですか。

—— はい、ありますね。

あれなんですよ、これ見た時に。この曲、「この劇伴からこのエンディングにこう繋ぐか」って、見事としか言いようがない。これも多分コマ単位で詰めてますね、おそらく。編集の段階でギリギリまで気持ちよくなるタイミングでつなぐっていうのを決めて、この曲のこの終わりから、コンマ何秒かでエンディングに入りますっていうの決めてる。本当にここ見事です、惚れ惚れとしますね。多分”ショットが何杯か飛び交ってる感じ”ですね(笑)。

——(笑)。

でもこんな感じで(アニメ)「平家物語」の全体を、音楽と映像で見ていくと非常に緻密に映像と音が組み合わされているというのが分かると思います。

——(アニメ)「平家物語」のDJ演出の話で、最終話の最後の最後にびわが「諸行無常の〜」って歌ってるんですよね。で、そこから、フェードアウトしていくんですよね、声が。(それに続いて)重盛の声がフェードインしてくるんですよね。その演出に僕はビビりましたね。

はい。

—— それは何でかって言うと、びわは重盛の目を持って最後まで見届けたという意味にもなりますし、びわの声と重盛の声が若干ズレてるんですよ。完璧にユニゾンしてない。その「ズレる」っていうのが、「平家物語」が口伝、口で伝わってきたっていうところの、ちょっと伝わるたびに(話の内容が)ズレるのを表現している。という意味で、「これDJじゃないと思いつかないな」って思ったんです。

はい、ですね。

—— これもぜひ見てもらいたい。(パ)さんが言う、山田監督と牛尾さんはDJ的な演出をアニメに入れてるということの一例なんじゃないかなと思いました。

しかも今のズレというのが、重盛がオリジナルとすれば、びわっていうのはカバーしてるわけですよね。オリジナルとは違いますよっていうことを、そのズレによって表現してる、そのズレを意識的に見せることによって、びわが言い聞かせてることが重盛の本心なのかどうかは結局わからないっていうことにも繋がって、だからオリジナルとそれからその DJ が実際にプレイしている現場の音っていうのは、それぞれ並び立つというか、独立した存在であって、両方をあたると面白いよっていうことを表現してるっていう事も言えるかもしれないですね。

—— たぶん重盛の声が最後フェードアウトしていったと思います。で、フェードアウトっていうのはDJミックスとかでもよくあるんですけど、20曲とか入ってる曲の最後がフェードアウトされていったりしてるんですよ。それは何でかって、DJ TASAKAが昔インタビューで言ってた覚えがあるんですけど、「クラブのイベントはまだ続いてるからフェードアウトしていく」と。音は切らない。

ああ、なるほど。

—— 重盛の声もフェードアウトしてくんだけど、たぶん他の琵琶法師が「平家物語」を繋いでいってるっていうのは、裏でたぶん流れていってるんだと思います。

はい。だからフェードアウトで終わる。それはすごくいい話ですね。

—— 山田監督はどこかで語ってたんですけど、映像をフェードアウトする意味っていうのを、事情が続いてるという表現として捉えてるみたいな話があった気がします。

そうですね、音楽のフェードアウトもそうですし映像もそうですけど、フェードアウトっていうのは続いてるっていう余韻を……(注:トークが白熱し始めて止まらなくなったのでフェードアウトします)

ぜひこの(アニメ)「平家物語」は、各種ストリーミングサービスで今ご覧になれると思いましたので、映像と音のつなぎ方に注目しながらご覧になっていただければと思います。



その6に続く)

絵と音の"joint" 〜山田尚子監督の仕事を映像作品の歴史から俯瞰する試み〜 再録版文字起こし:その4

その3から続き)

ということで、ようやく京都アニメーションの話が出てきましたので、山田尚子監督のお話をしたいと思います。

—— 山田監督の名前が出てきた(笑)。

ようやく出てきました、長いフリでした(笑)。

—— ようやく出てきましたね(笑)。

はい(笑)。ということで山田尚子監督、京都アニメーションでアニメのお仕事、キャリアをスタートさせまして、名実ともに看板を背負う立場のポジションにまでなった方です。京都アニメーションから離れたのかどうかまだはっきりはしてないんじゃないかなと思うんですけども、(アニメ「平家物語」は)別のスタジオですね、サイエンスSARUさんと手を組んで作品を作っているというのがアニメ「平家物語」ですけども、監督のキャリアをざっくりまとめてみました。

一言でいうと私の個人的な印象なんですけども山田尚子監督というのは”京都アニメーションのサラブレッド”ではなかったかと思います。京アニの場合は入社してまず必ず動画から仕事を始めるそうです。(動画の後に)原画に進んで、そのあと実際に何をやるかっていうの自分で決めるそうなんですけども(注:記憶で話していますので誤りかもしれません)、山田尚子監督の場合には、絵コンテ・演出を経て最終的には「けいおん!」というビッグタイトルの監督に大抜擢されて、それがもう社会現象化したというのは、皆さんご存知かと思います。特に「けいおん!」の時からもう皆さん見てお分かりだった通り、「日常感」と言うか、「よくある当たり前の高校生の生活の様子」ですとか、そういったものを上手く切り取っているなという印象が強かったものです。ただその一方で、山田監督が(「けいおん!」等で手がけた)オープニング・エンディングの絵コンテを描いて演出を手がけたものがあるんですけども、それを見る限りはどこか漠然としてる、劇中ではかなりビビッドな演出を入れてくる方なんですけども、(山田監督が手がける)オープニング・エンディングというのはちょっと漠然とした作り方をしてるなーっていう印象を持ってたりもします。あとはですね、インタビュー等を拝見すると、学生時代にどうもバンド、キーボードか何かをやられたということ。(また、)ご自身でも相当自覚してるそうですし周りから見ると明らかにそうなんですけども、かなりの音楽マニアであると。特にそのイギリスですね、英国音楽への造詣が深いというのは言葉の端々からにじみ出てきています。

その内容を踏まえて山田尚子監督の関わった作品に対して音楽がどういうふうに入ってくるか、それを見てみますと、ご自身が体験した音楽体験やご自身の趣味、そういったものをですね、作品に対してどんどんフィードバックして入れてくるということをやられているようです。これは例を挙げれば映画「けいおん!」のエンディングですね。ここで映画の「さらば青春の光」というのがあるんですけども、それをオマージュしている。「さらば青春の光」という映画については後で軽く説明しますけども、イギリスのモッズとロッカーズという、音楽や風俗と結びついた若者の文化なんですけども、それを描いた映画、これ を「けいおん!」でオマージュしていたということがあります。それからあの後で軽くお見せしますけども、「たまこまーけっと」それからそれに続く映画の「たまこラブストーリー」において、劇伴は非常に「渋谷系」と呼ばれるタッチのフレンチポップ的なもの、それから実際に劇中で流れるレコード、アナログレコードが全て架空の劇中曲になってるんですけども、それが20世紀中期ヨーロッパのポップス、それから映画音楽というものを非常にリスペクトしていたり、あとは劇中でも散々描かれますけども、アナログレコードだったりカセットテープだったりというそういうもの(=アナログな音楽メディア)を非常に大事にしている。それともう一つ、映画「聲の形」のオープニングでいきなりTHE WHOの「マイジェネレーション」をガーンと流してしまうというような、ダイナミックな音の使い方、音楽の使い方をやられています。

ここで一つ、Internet Archiveになってしまっている記事なんですけども、貴重な証言なので一つご覧になっていただければと思います。これはですね、「たまこまーけっと」の音楽を作ったマニュアルオブエラーズという集団がいらっしゃるんですけども「そのキーマンである方、山口(優)さんと山田尚子監督が一連の対談をしていたと。その対談の最終回のタイトルに、「私、音楽になってみたいのかもしれません」というふうに山田尚子監督がおっしゃったという対談記事ですので、これは是非お読みになっていただきたいと思います。

この記事の中では山田尚子監督の「たまこまーけっと」における音楽のアプローチなど書かれてるんですけども、その中に彼女、山田監督が好きな音楽ですとか、何を聴いてきたかというのが一通り語られてるわけなんですけども、そこに色々いいフレーズが並んでるわけですね。この”慈悲深いキックの音”というのは非常にこう……(笑)。

—— バズワードですよね。この界隈の。

バズワードですね、この界隈の。”四つ打ちでキックの音がしっかりある曲に佇むちょっと湿度の高い女の子というのがすごいグッと来てた”ということで「たまこまーけっと」のエンディングの「ねぐせ」が出来上がったと。まあパンク、ニューウェーブ、電気グルーヴなどがキーワードとしてボコボコ出てくるんですけど、後はレコードですね、それからこの”映像と劇伴のたすきがけ”ですとか、いいフレーズが流れてくるんですけども、(記事の一文をハイライトして)ここでちょっと強調しておきましたけども、「監督が音楽にすごく思い入れがあることが分かったので今後もまた音楽にこだわって作品を作っていく感じですか」っていう問いかけに対して、謙遜しつつも「憧れがある」と。”山田尚子監督のアイデンティティー”だということがご自身の言葉で書かれていると。作品に対しては「音楽にこだわってやっていきたい」(と述べていて)、「それは作り手としてと言うか音楽ファンに近い感じなんですか」と聞かれたところで、山田尚子監督曰く「私、音楽になってみたいのかもしれない」というのが、(一連の山田尚子監督)作品を読み解くキーワードになるじゃないかなというふうに思います。

—— おお。

「たまこまーけっと」は山田尚子監督の監督作2作目にあたるんですけども、京都アニメーションの作品としても(原作のない)オリジナルだった中で、山田尚子監督の作家性というのがかなり強く押し出された作品になってたかと思います。その中で、山田尚子監督は”アニメを通じて音楽になってみたい”というふうに考えながらアニメを作っている可能性があるということが、このインタビューを読んでいただけるとお分かりになるかと思います。このインタビュー、後でInternet Archiveで一通り掘り出してリンクなどを貼りますので是非読んで頂ければと思います。

その趣味の一端をお見せします。先ほどの(映画)「さらば青春の光」というのを簡単に解説しますと、イギリスのバンド The Who がプロデュースした、半分自伝的な映画です。当時の若者の風俗を、イギリスの若者の風俗を描いた、非常に最後は”青春の終わり”ということで悲しげに終わる映画なんですけども、それの予告編を少々を見ていただければと思います。

見るとですね青春映画なんですけど 、こっち(現代の日本)でいうところの”ヤンキー映画”なんですよね、だけれども、そういうふうに若者が過ごしていたのが、もうそれじゃあどうにもならなくなって、最後その自分の青春時代に別れを告げるっていうところで話が終わるんですよ、非常に切ない映画なんですけど、(映画「さらば青春の光」の予告編を見ながら)これ予告編見ると笑っちゃうんですけどね。

—— (映画)「聲の形」も飛び降りてますよね、橋の上から。

そうですそうです。これが(映画)「さらば青春の光」なんですけども、これに対してですね、映画「けいおん!」これちょっとあのスクリーンショットが無かったのでちょっと拝借して持ってきましたけども(注:申し訳ありません)、こちらのエンディングを見ていただくと分かるんですけども、澪ちゃんがいわゆる「モッズコート」を着ているわけですね。で、その「モッズコート」の「モッズ」っていうのは(映画)「さらば青春の光」で描かれている「モッズ」という若者文化で、「モッズ」という派閥の人たちが好んで着ていた米軍払い下げのコートなんですよ。”モッズの連中が着ていたコート”ということで現在では通称「モッズコート」と呼ばれていると。それを山田尚子監督は映画「けいおん!」の中で着せてるわけですね。

なおかつここの崖なんですけども、(映画「けいおん!」のエンドロール映像を見ながら)これは映画「けいおん!」のエンディングではこう描かれてるんですけども、映画の「さらば青春の光」のラストシーンに出てくる崖なんですよ。まんま、そのまんまなんですね、多分ロケハンへ行った時に山田尚子監督がわざわざここまで行って確かめたと思うんですけども、(映画)「さらば青春の光」の中では主人公がこの崖から乗っていたバイクを”青春時代の終わりだ”っていうことでここから捨ててしまうんですよ。それを映画「けいおん!」の中でその場所を使って、彼女たちも高校を卒業して、卒業旅行の話でしたから、”自分たちの青春時代一区切りをここで終える”というの(を表現するの)に引用してると。非常にこう、二つの映画を比較してみるとよく分かるという例です。

—— 澪ちゃん下手したらここでベース捨ててますよね。

捨てる可能性ありますね。

—— 可能性ありますね。

捨ててほしいくらいですね、はい。

—— 山田監督って、言わないけど毒ありますよね、そういう。

そういう毒ありますね。

—— 「たまこラブストーリー」とかも、すごいエンディングに毒を感じるんだよな。

で、実際これ今(これを録音したシステムの都合で)音が流れないと思うんですけども、エンディングちょっとお見せしますね。(再び映画「けいおん!」のエンドロール映像を見ながら)

—— これもやばい映画の「エコール」(からの引用)でしたっけ。

はい。これが「さらば青春の光」のラストシーンの場所なんですよ。

—— やっぱりちゃんとキャラクターたちが卒業するだけじゃなくて、見ている人にとってもちゃんと「終わりだよ」みたいなのを言ってくる感じしますよね。

そうですそうです。ちゃんと「けいおん!」っていうアニメーションの終わりっていうのをどういうふうに決着つけるかっていう時に、この場所で「放課後ティータイムが終わるよ」っていうの語ってるわけですよね。(THE WHOと放課後ティータイムの画像を並べて)こういうふうにちらっと(笑)。出てきたカットがこんな感じで引用されているというところを取り出してみました。

これを見て私、後追いで見たんですけども、実際にこの二つの映画を見て見比べた時に正直に思いました。

「山田監督、遊びすぎじゃない?」

—— ハハハ。

(笑)。そんなことないです。あの、こうやって比較してみた時にやっぱり必然性、イギリスに行くよ、音楽のルーツだからイギリスに行きますよってなった時に、最終的にそのバンドも終わるよって言った時に、幕引きとしてはこういう場所で、(ロケーションを)象徴として使うっていう演出って非常にいい感じじゃないかなーって個人的に思いました。

—— はい。めちゃくちゃいい引用ですよね。

ええ。私、これを教えてもらった時にじゃあ実際見てみるか、(映画)「さらば青春の光」を見てから(映画)「けいおん!」を見た時に、”山田尚子監督は「けいおん!」から卒業する時に卒業旅行に行った映画なんだなー”って思いました。本当に卒業するためにイギリスまで行って、この映画から、この作品から卒業するためには、やっぱりイギリスでひとつ決着をつけようって腹をくくったんじゃないかなと思います。

—— 余談してもいいですか?

はい。

—— ちょっと盛り上がってきちゃった(笑)。

(笑)。

—— 何となくイメージなんですけど、「けいおん!」って大学編とかマンガであるじゃないですか。

ありますね。

—— 「けいおん!」ファンって、大学編やってほしいとか3期やってほしいみたいな、結構あったと思うんですけど、山田監督はきっちりここで終わらせてると。

そうですね、もうそう言い切っていいと思います。 —— たぶんそうですよね。どうもなかなか卒業しないのを見て、「たまこラブストーリー」でみんな一歩前に進んで欲しいっていうコメントにつながったのかなっていう。

ああ、それはある、ありますね。「たまこまーけっと」って1クールだけで映画にはなりましたけども、放送当時ってすごく地味なアニメと捉えられて、そんなに話題になってなかったはずなんですよ。

—— 僕もその印象あります。一応見てましたけど。

私も当時アニメから離れたのでほとんど見てなかったんですけども、(特にアニメ技術や音楽面で)やってることはむちゃくちゃなんですけど、全体的にはすごいほんわかしたホームドラマみたいなアニメだったので、やっぱりあんまり話題にならなかったと思うんですね。その中で、でも音楽的には今までの山田尚子監督の引き出しの一つであるところのイギリスのロックですね、あの古い、それから別の音楽で作品をを作り始めた、なので「一歩先に進んで欲しい」っていう発言には何か意図と言うか思いが感じられますよね。

—— その節をちょっと更に深堀りすると、TVアニメは比較的”ゼロ”の物語が多いなと思ってて、例えば「たまこまーけっと」って12月の年末から年末まで繰り返しになっちゃうじゃない。

はい。

—— 例えば(アニメ)「平家物語」も、びわが”びわ”になるまでの物語。

ええ。

—— で、”びわ”になっちゃうとまた語りが始まって、「平家物語」が始まっちゃうと。”ゼロ ”の物語なんですよね。

そうですね。

—— でも、「けいおん!」の劇場版とか、「たまこラブストーリー」「聲の形」「リズと青い鳥」もそうかもしれないけど、次に進んじゃうんですよね。”イチ”の物語というか。

そうですそうです。

—— これ、自覚的に”ゼロ”→”イチ”の物語にしてるのかなと。見てるユーザーに成長を促してるか、新しいことやりなよみたいなのを、劇場版で結構言ってるのかなっていうのは見てて思いました。

そうですね、京都アニメーションというスタジオ全体で見ても新しいことをどんどんやっていう会社の風潮の中でも、やっぱり先陣を切ってやっていたっていう時期は確実にありますよね。あとはやっぱり本人が先ほどのインタビューでも言ってたんですけども、やっぱりティーンの女の子を観察したり描いたりするのが好きらしいんですよね、あの時期の、こう何て言うんですか、人間のあれこれを見たり描いたりするのがとても楽しいと。なので山田尚子監督の作品っていうのは、大人は(アニメ)「平家物語」(等)でかなり出てきてますけども、主体となるのは割とティーンエイジャーが多いんですよね。もちろん京アニも作品全体でティーンエイジャーが出てくることが非常に多いんですけど、(京都アニメーション)社内でもかなりあの、「こういう作品には彼女を呼んでこい」っていう声が上がってたぐらいで(笑)。

—— (笑)。

「けいおん!」の監督(としてデビューしたのが)まだ20代ですからね。

—— 25とかですよね、たぶん。めちゃくちゃ早いな。

めちゃくちゃ早い。

—— まだこの頃大学院を出たくらいで何もしてないっすよね。

めちゃくちゃ早いし、しかも最近だと監督になり手がいないから誰でもいいから立てて、その誰でもいいのが力量のあるアニメーターの方だったり、各方面に顔の利く制作進行の方だったり、いろんなフェーズであるんですけども、(山田尚子監督は)割と最初っから「私アニメ作りたい」って言って大学卒業して(京都アニメーションへ)入ってきて、卒業から3年ぐらいで監督ですからね。

—— そうですよね、大学を普通に出たら22とか。25で監督ってありえないですよね。

ありえないですよ(笑)。むちゃくちゃなスピードです。今でいうサッカーの三苫選手ぐらいの成長速度ですね。

—— (笑)。

四年前までは大学生だったのが三苫ですからね。

—— 京アニがある種ベンチャー企業みたいな感じだからそういうチャンスがあったっていうのはあるのかもしれないですよね。

あとはやっぱりついた師匠が良かったっていうことでしょうね。

—— ああ、三好さんと石原さんと。

池田さんと堀口さんと。

—— 確か堀口さんが先輩なんでしょうね。

堀口さんが、先ほどのインタビューにも載ってましたけども、ツーカーの仲というか、こういうことやりたいんだけどー、って思ってたら、堀口さんが先回りしてやっちゃうぐらいな感じだったらしいんですよね。

—— ああ、意思の疎通が。”リズ”と”青い鳥”みたいな。いや分かんない、”リズ”と”青い鳥”とは全然違うか(笑)。

(笑)。ええ、通じ合うところがあって、なので、そういう意味ではやっぱり「けいおん!」と「たまこまーけっと」っていうのは、 山田尚子監督を育てた作品でもあると思いますね。彼女が作ったという側面もありますし、山田尚子監督が監督として独り立ちしていく過程だったのかもしれないですよね、今考えると。

—— 京アニを”卒業”してくれたのもすごくいいし。僕としては。

いい話ですよね。

—— で、そこでやったのがさらに(アニメ)「平家物語」ってのがヤバすぎて。

またヤバすぎる話ですよね。

—— なんかその”引き”と言うかタイミングと言うか奇跡的な状況で(アニメ)「平家物語」やってるなと思いましたね。

なんて言うんですか、”引き寄せる”力が強い方でもあるのかなと思いますね。人が寄ってくるか、それともどうしても放っておいても誰かが声をかけてくるみたいな、あの雰囲気で話されて可愛らしい方だなぁと思いつつ、なんかあの調子で色々頼まれたら確かに断れんわなあってインタビューとか見て思うんすけどね(笑)。

—— そうです、アニメってある種”奇跡の瞬間”を繋いで見せてくれてるじゃないですか。神視点というか。で、何で山田監督にこんなはまってんだろうなと思ったんですけど、たぶん人間としてちょっと奇跡的な瞬間が多すぎるんですよね。

そうですね、いろんな意味で。例えばさっきの京都アニメーションが現代のアニメーションの特にダンス PV みたいなののフォーマットを作ったと言った場合に、ヤマカン(山本寛監督)が追い出されなければ山田尚子監督のアニメ監督としてのキャリアのスタートは何年か遅れてたはずなんですよ。ヤマカンの演出の色んな作品を見返してみるとキレッキレなんですね、やっぱり。どれを見ても無茶苦茶よくできてる。もしそのままヤマカンがが京アニの監督として育っていったら、それこそ10年単位で遅れてた可能性があるんですよね。

—— 確かに。

山田尚子監督が入社した頃にヤマカンが飛び出していって、そのあと数年で抜擢ですからね。

—— ですよね。「ハルヒ」「らき☆すた」「クラナドアフターストーリー」「けいおん!」くらいですもんね。

そうですそうです。実際に「ハルヒ」の原画とか描いてますからね、山田尚子監督。

—— ああ、そうですよね。(「涼宮ハルヒの憂鬱」)2期は”山田回”もありますもんね。

ありますあります。既に(「涼宮ハルヒの憂鬱」)2期の時点で”山田回”があるっていうこと自体がちょっと(笑)。

—— (笑)。



その5へ続く)

絵と音の"joint" 〜山田尚子監督の仕事を映像作品の歴史から俯瞰する試み〜 再録版文字起こし:その3

その2からの続き)

ということで、「日本のアニメーションにおける映像と音楽・音響の特異点」という話に移りたいと思います。

日本のアニメーションというのは(これまで述べた通り、または皆さんご存知の通り)ディズニーを見た方々が商業アニメーションを作り始めて、その中で映像と音楽・音響に対して意識的にアプローチを加えたアニメ監督の方だったり映像作家の方が何人かいらっしゃいますので、その方々の仕事をちょっと俯瞰していきたいと思います。

まず前提としてアニメーションを含む長編映像作品では、音楽・音響というのはだいたい外注する、専門の作曲家に委託するというのが、別に日本に限らず広く行われています。わかりやすいところで例えますと、スタジオジブリ作品における久石譲、「ジブリといえば久石譲の音楽」を思い出す方が非常にたくさんいるかと思いますけれども。それからあの押井守監督作品における川井憲次さん、パトレイバーの劇場版などが非常に印象に深く残ってますし、攻殻機動隊でもあのエスニックな音楽を作り上げたことで、作品が独特の位置を占めるようになったというのはあるかと思います。それから庵野秀明監督作品における鷺巣詩郎さんですね、エヴァンゲリオンの劇伴というのは皆さん散々耳にしたかと思うんですけども、庵野監督のオファーに対して大きな仕事を成し遂げたかと思います。この、アニメ作品を作るにあたって音楽・音響を外部の音楽監督・音響監督に任せるというのは、お互いがプロだからこそ自分の領域で仕事を全うする姿勢の表れではないかなというふうに私は考えています。これは先ほど「すばらしき映画音楽たち」の中でも出てきましたけども、あのスピルバーグ監督とジョンウィリアムズが 「E.T.」 のメインテーマを作曲する場面が冒頭に出てきましたけども、あんな感じですね、お互いにリスペクトしてるからこそ共同で音楽を作り上げていくということが行われてるんじゃないかなと思います。

ただ、そうは言いましてもアニメ監督の皆さんは別に外注しっぱなしというわけではなくて、音楽・音響に対しても非常に洞察力の鋭い方がたくさんいらっしゃいます。私が思いつく感じで何人かあげてみましたけども、富野由悠季監督は作詞家でもあります。「ガンダム」その他、主題歌でペンネーム「井荻麟」という名前で作詞をしていることが、ほぼ、ほとんどと言っていいかなと思います。それから水島努監督、「ガルパン」でもう、やっと最終章3話か4話ができたというような話が聞こえてきましたけども、音響監督を兼任したり、水島努監督(ご自身)の作品で劇中歌を自分で作曲したりしてるものがありますね、なので水島(努)監督は音に対して非常に鋭く切り込んでくる監督という印象を持ってます。もう一人、水島精二監督、特にMOGRAに出入りされてる方は一番馴染みの深いアニメーション監督だと思いますけども、DJでもあると。今「D4DJ」という(作品の)監督やられてますけども、実際にそのクラブミュージックの現場に、実際にステージに立って DJ をやられるぐらいに、音楽に対して造詣が深いと。他にもたくさんいらっしゃいますけども、今回はこの3名を挙げておきます。

で、私の個人的には、アニメーションの作家で(音楽・音響的にも)やばいと思う方3名紹介したいと思います。

一人目は南家こうじさん、私にとってはもうレジェンドといっていいぐらいの方なんですけども、今あのリメイクされたうる星やつら、リメイク前の括弧して「旧約」と書きましたけども、それのオープニングとエンディングのほぼ全て、それから、その後いくつかの商業作品は経て、最近では「みんなのうた」などで腕をふるっています。

—— やばいというのは、音響の観点でって事ですね?

映像と音響の両方の観点で。

—— 両方の組み合わせの観点ですね。

それから二人目、新海誠監督、これ(2022年)5月の(「平ハウス物語」イベント開催)発表当時の内容で直してなかったんですけども、昨年秋公開の「すずめの戸締まり」などでも出てきましたけども、やはり音楽の使い方、特に「君の名は。」と「天気の子」で「自分の作品において音楽はこういうふうに使うんだ」というスタイルを確立したんじゃないかなという印象を持っています。それからも何度も出てきてますけど庵野秀明監督、非常に大きな仕事をやり遂げた方ですので、「シン・仮面ライダー」が春に公開されるという話が出てきましたけども、アニメーションをやり尽くしたのであれば、特撮でも実写映画でも、またアニメーションに戻ってきてもいいですから、何でもいいですので、とにかく好きにやってくださいというのが正直なところです。

この御三方の仕事をご覧になっていただきたいと思うんですけども、(今回お見せしたい)南家こうじさんのお仕事は「うる星やつら」のオープニング・エンディングですので、それぞれ配信サービス等で確認していただければと思います。新海誠監督については最新作の「すずめの戸締まり」のプロモーションビデオ的なものをご紹介しておきます。それから庵野秀明監督の作品については、挙げている作品の中でお見せできないものもありますので、それぞれ皆さん何とかご覧になっていただければと思います。

まずは南家こうじさんの仕事の一例、配信等でオープニング・エンディングは見られますので、そちらを挙げればいいかなと思ってます。

—— そうですね、はい。

はい。(「星空サイクリング」を見ながら)ワタシが(「うる星やつら」の)アニメーションのエンディングでショックを受けて、初めて買ったシングル曲なんですねこれ。アナログレコードのシングルを初めて買ったという。

—— 初めて買ったレコード。

(初めて買った)レコードがこのエンディングなんです。思い出深いです。実はこれ、歌ってるのがあがた森魚なんですよ、鈴木慶一、ムーンライダーズの盟友というか、もう芸能活動50何年なんですけど、「赤色エレジー」っていうフォークの名曲があるんですけども、それで一世を風靡した人だったんですね。それを後で知ってものすごい衝撃を受けたんですけど。で、南家こうじさん、1980年〜81年ぐらいからこういう仕事をずっと続けているんですけども、ポイントとしてはですね、まず「絵と音」の同期・シンクロというのを、ものすごく意識的にやってます。つい最近知ったんですけども、コマ単位で曲を聴きながらストップウォッチでタイミングを計ってオープニング・エンディングを作っていたというふうに聞きました。原画や動画を作る際にストップウォッチでタイミングを測るっていうのは普通に皆さんやられてるんですけども、音楽に合わせてキャラクターをシンクロさせて動かすっていうことに対してかなり自覚的にやられてたのは(あの当時では)南家こうじさんですね。

—— アニメって24fpsなんですかね?8fpsなんですか?

TVだと(当時は確か)8fpsでしたね。(※注:自信なし)

—— それだとかなり時間解像度が少ないじゃないですか。

はい。

—— 音楽に合わせるって結構難しいそうだなって素人は思っちゃいますね。すごい仕事。何とか合わせていく、8フレームで。

そこはですね、ノウハウがやはりあるみたいで、音より1〜2フレーム前に映像を出すと合っているように見えるとか、(絵が一瞬だけ)先に出る。

—— 先の方がいいですかね。

はい。というようなのがあります。(注:と伺っています)実は庵野秀明監督の作品とかを見ると、(絵が)ちょっとタイミング早いってのが分かるんですよ。

—— 分かります。庵野さんの作品って、僕は結構DJとかVJの界隈にいたので、音と映像が合ってるってのは結構当然のようにして感じるんですけど。

はい。

—— 庵野さんの作品は映像を逆にずらしてるみたいなのは感じますね。

そうです。

—— グルーヴ感みたいな感じるんです。

ちょっと先に映像が出るっていうのが庵野秀明監督の割と特徴ではありますね。こういうオープニングやエンディングの演出の。

—— それが単純にずれてるって感じるんじゃなくて、気持ちいいずれみたいな。感じますよね。

はい。シン・エヴァンゲリオンのときもそうですし。旧作の時に、庵野監督が尊敬して実際に対談まで行った岡本喜八監督という巨匠がいらっしゃるんですけども、編集の話になった時にコマの話になったんですね。実写でもアニメでも最終的にはコマ単位で切って、リズム感・グルーヴ感を生み出すと。なので編集はあの人任せにできないっていう話をお二人でしてたんですよ。(注:記憶違いがあるかも)で、庵野監督は岡本喜八監督の実写映画を BGV にしながら仕事してたっていう話もあるぐらい、そのリズム感って言うか映像の気持ち良さみたいなものを岡本監督の作品から学んだっていうようなことを確かおっしゃってましたね。やっぱりコマ単位なんですね、解像度の高い方というのは。

せっかくですからちょっと余談気味に南家こうじさんが(旧作の)「うる星やつら」の最後のオープニング(「殿方ごめん遊ばせ」)を作ったら最後こうなったっていうのをちょっと(見ましょう)。

古い時代(旧作)の「うる星やつら」の最後のオープニングです。これ、曲はモータウン(調)なんですよ。で、南家こうじさんの特徴は、先ほどの「映像と音声のシンクロ」に加えて、ポップでグラフィックデザイン的な絵と、それから色彩ですね、非常にカラフルでポップなんですよ、全体的に。で、(動画を見ながら)こういうところも背景をベターッと黄色で塗ったりして、グラフィックデザインだったりそういうところにも(見てる側の発想が)行く。もう一つは「キャラクターを大きく動かす」っていうのが特徴としてありますね。フレームイン・フレームアウトを多用するんですよ。このフレームイン・フレームアウトを多用することによって空間の広がりっていうのが画面以上に感じられるんですよ。広がりを非常に感じる、南家こうじさんの特徴を三つ挙げろと言われたら、映像と音のシンクロ、ポップでグラフィックデザイン的な色彩やデザイン、絵柄もそうです、それからフレームイン・フレームアウトを多用する空間の広がりを感じさせる構成、この三つがもう本当に素晴らしいですね。何度見てもすごいと思います。

南家こうじさんの次に新海誠監督の作品をご覧になっていただきたいと思います。もう映画館でたくさんご覧になった方いらっしゃるかと思うんですけども、最新作の「すずめの戸締まり」の予告編ではなくて、劇中のシーンを編集したプロモーションビデオ的なところ、それが公開されていますので、そちらをご覧になっていただければと思います。オープニングだけだとやっぱり良さが伝わらないですね、新海誠の場合は。

—— 作品の中で MV というかEDM のミュージックビデオみたいな感じになりますもんね。

ええ、なので本当であれば(「君の名は。」の)「前前前世」のシーンをベターッと見て欲しいくらいなんですよね。

—— まあ皆さんご覧になってます(笑)。

好きなのどうぞっていう感じですけど。

—— (笑)。

ちなみに(「すずめの戸締まり」を)ご覧になりました?

—— 見ました見ました。 余談ですけど、”三部作”の中で一番好きかもしれないです。

おお、そうですか。

—— なんかあの、コロナでずっと家にいたんで、色んな街がどんどん出てくる感じとか良かったのかな。

それはありますね。何だっけ、チャラいお兄ちゃんが車でいきなり懐メロかけるじゃないですか。

—— ああ。ありましたね。「魔女の宅急便」。

あそこは誰かストップをかけなかったのかっていう(笑)。

—— (笑)。あそこはいつもだったらEDMが始まりそうな。

EDMが、RADが(=RADWIMPSが)かかる、みんな期待してたとこにあれが来たんで「えっ」て思ったっていうのは多いんじゃないかなと思います。

—— そうですね、何かちょっと大人になってジブリに寄せていきたい、そういうノリを感じました。

新海誠監督はいわゆる”三部作”と呼ばれる作品で、特に「君の名は。」から「天気の子」にかけて(J-POP的な)ヴォーカル入りの曲を劇中歌として用いて、それを演出として使う、かなりの尺でかなりのシーンを、それで大々的にやったっていうことで、それがもうむちゃくちゃウケたわけですよね。私個人はこれを「新海誠メソッド」と呼んでますけど(笑)。

—— そこに特徴ありますよね。

特徴あります。ずっと私が「『君の名は。』エピゴーネン映画」というジャンルを個人的に追いかけてるんですけども。

—— 「新海誠っぽい」他の監督の作品ってやつですよね。

そうですそうです。それの重要な重要なキーとして、やはりその(J-POP的な)ボーカル曲を劇中歌として用いて何かを語らせて演出に使うということをやるかどうかでリスペクトしてるかどうかがある程度見れるっていう。

—— ある意味インド映画のパターンみたいな。

そうですね、それに近い所ありますけどね。ミュージカルというわけでもないんですよね、ミュージカルだと割とストーリーから歌にシームレスに繋がっていくじゃないですか。

—— 確かに。主人公たちが歌っちゃったり踊っちゃったりしますもんね。

そうですそうです。

—— 新海誠はちょっと違う。

違う。ミュージカルではないんだけれども、ここに合わせるには多分この(J-POP的なボーカル)曲がいいだろうっていう、それがボーカル入り曲を当てることでそれが流れてる間は劇中の人、声優さんが話したりすることはないわけですよね。でも物語は実際に進んでいくっていうのを見せるっていう手法を確立したというので、かなり大きなインパクトを業界に残したんじゃないかなと思ってます。

じゃあその次ですね、(「DAICON IVオープニングフィルム」を見ながら)庵野秀明監督が元々アニメーター出身で原画マンとして参加していて、このシーンが庵野秀明監督が書いたかどうか裏付けが取れてないんですけども、こういう「絵と音」の関係を語る時にどうしても取り上げざるを得ない作品ですので、皆さん機会があれば是非ご覧になっていただければと思います。ということで我々はちょっとその部分だけ見ましょうね。これちなみにご存知でした?

—— ああ、一応自分は何か岡田斗司夫の本とか読んだときに、そういう歴史があったのかなと思って見ましたね。

(「DAICON IVオープニングフィルム」含めDAICON FILM作品は当時)本当に伝説的なカルトフィルムで、大学の映研でむちゃくちゃダビングされたガビガビな画質のやつを人づてに上映会とかで見るしかなかった、もう本当にガチオタ中のガチオタしか見たことがなかった作品だったんですね。それを2000年代か何かで一旦販売したことがあるんですよ。(注:記憶違いだと思います)

—— あ、そうなんだ。

よく販売したなっていう(驚きがある)ぐらい販売したんですよ。(注:繰り返しますが勘違いだと思います)

—— マッシュアップみたいな。

キャラクターの無断使用など後でも触れますけども、(映像を見ながら)ダイデンジンかなこれは(笑)。「デンジマン」か何かのキャラクターですか。各方面から怒られが発生しませんか?(笑)。

—— ゴジラとかガンダムとか散々出てきますもんね。

散々出てきますからね。しかも ELOの「トワイライト」って曲を全く無断に引用して使ってるからMADですよね。実際(2022年5月に「平ハウス物語」で)紹介した時に「MADの始祖」って言われたんですけど、これはもうプロが参加してる作品になっちゃってるので(クオリティ的には)ほぼ商業作品と言っても過言ではないんですね自主制作にも関わらず。これは「DAICON IV」という(SFファンが集まる)イベント用のビデオなんですけども、(「DAICON IV」の前に開催された)「DAICON III」の時は完全アマチュアで、(縦横に飛び交う7本の剣を見ながら)この辺り庵野ですね多分、(「DAICON IV」には)確かマクロス(=TV版「超時空要塞マクロス」)のスタッフも参加してるというふうに聞きましたけど。

—— (笑)。そしたらオリジナルですねほとんど。

後ろに流れてるのがもう(オリジナルと言っていいくらいすごい)。

—— (女の子が剣に乗ってターンを決めるシーンを見ながら)これもなんか「エウレカセブン」っぽいっすよね。

そうなんですよ。

—— 逆に。すごいなあ。「エウレカセブン」っぽいというか「エウレカセブン」が元ネタにしてる可能性とかもある。

(爆発シーンを見ながら)ここはもう完全に庵野です。

—— あー。

これは原画を見ました。

—— ああそうなんだ、すごい。

はい。

—— むちゃくちゃやばいな、今のシーン。

ここの爆発のシーン。

—— これ核実験の映像とかですよね?

庵野秀明が核実験の映像を見て、それをアニメーションに起こしたという話が伝わっています。

—— ハンパない。あの(核実験の)映像をアニメで再現しようというのがおかしいですね。

原画を実際に見たんですけど、一つ一つパーツに番号とかが振ってあって、これがどこに動くかって指示まで、原画段階で出してるんですよね。だから、「一瞬宙に浮いてから爆風に流される」みたいな動きが異常な精度になってるわけですよね。

—— たぶん中心の爆心地の気圧が下がって一回戻ってくるんですよね。

戻ってくんですよ。

—— ガイナックスの「(王立)宇宙軍」の発射シーンとか彷彿とさせますよね。

(ロケットを)実際に発射する記録映像を見て、やっぱりそれを原画に起こして描いた。(と聞いています)

—— やっぱそうなんだ。

あれ、「庵野秀明展」で実際に原画を見ましたけども、全てのパーツを原画に起こしてるんですよね、氷の破片を。むちゃくちゃですね。

—— あれめちゃくちゃですもんね。今だったらCGとかでやっちゃうけど。

だからもう二十歳とか二十代前半であまりにも突出した才能なので、大阪に住んでるんだけども(TV版超時空要塞)「マクロス」に参加したり、いきなり宮崎駿のところにスタジオに泊まり込んで「ナウシカ」の巨神兵のシーンをやったりとか、その縁があるので、宮崎駿のことを「宮さん」っていう呼んでるんですよね、「宮崎監督」とか「はやおさん」とかじゃなくて「宮さん、宮さん」と呼んでる。 まあ”直系の弟子”ですよね。

ということで庵野秀明監督の「映像と音楽に対してここまでのことをやり遂げてる」のが(「DAICON IVオープニングフィルム」公開時の)1983年ですから、実物をご覧になられる機会っていうのは無いかもしれないですけども、アーカイブとしては色々残ってる可能性がありますのでご覧になっていただければと思います。

背景を簡単に述べておきますと、「DAICON IVオープニングフィルム」というのは大阪で開催された第22回日本 SF 大会のオープニングを飾ったアニメーションになります。半自主制作と言われていますね。これの前段階で作られた「DAICON IIIオープニングフィルム」、 これはほぼ完全にアマチュアのみで製作されたと言われてますけども、1981年に作られた短編アニメーションなんですけども、もう「アマチュアの枠を超えてしまった」と言われたぐらい、当時のオタクと言うか SF ファンと言うか、その界隈の人達で大評判になって、それを受けて後作られた作品ということになります。あとはこの「DAICON IVオープニングフィルム」に関しては、「III」(のアマチュア製作)に対してプロに近い製作体制が引かれて、実際に(当時の)プロのアニメーターの方が何名か参加されたというのが判明しています。(注:記憶で話していますので誤りかもしれません)で、このプロに使い制作体制というのは「DAICON FILM」というふうに言われていますけども、後にに「GAINAX」というアニメーションスタジオの母体になっています。

ここでオタク的な一般教養としての余談から、ちょっと視点を変えたこのフィルムの重要性を簡単に触れておきますと、ブートレグ、リミックス、あるいはMADと言われる「インディーズ精神の発露であるというふうに思えるところがあります。それは見て頂いた方にはすぐお分かりになっていただけると思うんですけども。出てくるキャラクターやメカニックその他もろもろ、ほぼ全て許諾を取ってない、無断で使用しています。それから実際にこの映像に合わせて流れる音楽、 Electric Light Orchestra 、通称ELO の「トワイライト」という曲、これも当然無断で使用しています。ただ、無断で使用はするものの、出来たものに関しては非常に良いものである、あるいは新しい価値を生み出しているというのは、これは音楽業界では当たり前に行われているブート(≒ブートレグ)、それからリミックス、そういったものにつながる、「自分たちで好きなことをやる」っていう精神に繋がるものではないかなというふうに私は感じます。

—— DJカルチャーがまさに。

ですよね。サンプリングなんかもかなり。「そのサンプリングを用いて新しい曲を作ったり」とかって普通にしてるじゃないですか。

—— 最近はデジタルデータのプラットフォーム上でチェックされちゃって、ブートレグとか難しくなってきてるんですけど、いまだにレコードとかは相変わらずブートレグ多いな、みたいなのがあります。

ええ。ですので音楽業界では非常にポピュラーな考え方で広く受け入れられてるんですけど、80年代初旬(くらい)からしばらくアニメ業界でも割とフリーダムにキャラクターをどっかから持ってくるとか、好きなものを描くというようなことが、ある時期まではかなりフランクに行われていたという歴史の証明でもありますね。

最終的に庵野秀明監督は凄腕アニメーターからキャリアをスタートして最終的にもう今や押しも押されぬ名監督になってるわけなんですけども、彼の名声を一躍広げた有名なオープニングをご覧になっていただければと思います。(TV版「新世紀エヴァンゲリオン」のオープニングを見ながら)これも各種プラットフォーム等でご覧になれると思いますので探していただければと思います。

曲に対する絵の当て方、テンポがいっこ絵が早いんですよね。

—— 音に完全に合わせるわけじゃなくて見て気持ち良いタイミングに調整してるって言うんですかね。

まさにおっしゃる通りですね。もう一つ、本来見せたかった方、(「ふしぎの海の」)「ナディア」はご存知ですよね?

—— 「ナディア」見ました僕。

「ナディア」のオープニングがものすごい衝撃的に良くて、(オープニングの冒頭を見ながら)まずここの背景の引きです、背景をものすごく細かく、しかもものすごくでっかく動かすんですよ、これカメラ一発録りに見せてるんですけど背景は(おそらく)何枚も重ねて作ってますよね。あとこの辺だとテンポよく、「♪奏で出すの〜」のタン、タン、とキャラクターを見せるところ、ここのテンポが「絵の方が先に来る」って言うのはここを見ればわかります。非常に完成度の高い映像をものにしている監督ですね。

さてご覧になっていただいた庵野秀明監督の作品を踏まえた、これらの皆さんの作品を通じてざっくりとしたまとめをしておきますと、日本のアニメーションっていうのは「絵」と「音」がシンクロする快感、今見ていただいた諸作品どれにもパチンとはまった時の気持ちよさっていうのが共通してあると思うんですけども、その「シンクロする快感っていうのを繰り返し発見してきた歴史がある」というふうに考えます。それは例えばマクロスシリーズだったり、あるいは今回は取り上げませんでしたけども「カウボーイビバップ」、それから「エウレカセブン」ですとか、最近の作品ですともう挙げだすとキリがないぐらい「絵」と「音」をシンクロさせて、その時に得られる快感っていうのを繰り返し見つけてきたというふうな歴史があると、で、日本のアニメーションにおける映像と音楽・音響の特異点、今まで見てきていただいた方々の仕事の延長線上に、京都アニメーションの仕事が存在するんじゃないかなというふうに考えています。例をあげますと「涼宮ハルヒの憂鬱」のエンディング「ハレ晴レユカイ」ですね。いわゆる「ハルヒダンス」がオタクの基礎教養になったというぐらいのインパクトをもたらした。それに続けて「らき☆すた」のオープニング、あそこ(=サビ)でラインダンスを披露するところがありましたけども、キャラクターが非常に大きくアクションして動きながら音楽に合わせてダンスするというのを自覚的にやってるというのが、今に通ずる流れになってるかなというふうに思います。「涼宮ハルヒの憂鬱」のエンディングや「らき☆すた」のオープニングが無ければ今の日本のアニメーションはこのようになっていないと思ってるぐらいなので。

—— ニコニコ動画の”踊ってみた”とか、あのへんのカルチャーすらも変わってたかもしれないですよね。それが今飛び火してbilibili動画とか tiktok になったりとか。

自覚的に踊る、ダンスをするっていうことに対してそれを映像化するっていう。しかも「ハルヒ」のエンディングってあくまでも「SOS 団が自分たちで撮った」体でカメラを置いてますよね。だからあの何て言うんですか、カメラ割りは(アニメーションとして)当然入ってくるんですけども、基本的には定点、1個のカメラをただポンと置いてダンスしてる姿を とりあえず納めてみたっていう映像になってるわけですよね。あれがやっぱりいろいろ”踊ってみた”のフォーマットになってると。カメラをとりあえず一個置いて、曲を流してセルフでとりあえず正面から撮って、「出来た!」「踊れたのでみんな見てね」っていう流れになってるので。

—— 携帯が流行ってちょうど1台で撮れちゃうっているのも。

それを(ネットに)上げて、これがフォーマット化したっていう感じですよね。

—— 今で言うと「ハルヒ」のエンディングって、自然に”踊ってみた”やってるのかなって思うけど、当時無かったですもんね。

しかもアマチュアがやってる体で演らせてるわけですから、最後の5人が揃って踊ってる時に、キョンはすごくタイミングずれたり怠かったりつまらない(と思ってる感じで)踊り方をするんですよ。それがアマチュアらしさの演出と言うか、部活っぽさを表現している。

—— 高校生がやってると。

ええ。プロではなくて、あくまでもアマチュアです、素人です、部活です、っていうの見せてるっていう。それはやっぱり2006年の時点であそこまで突き詰めて見せられたら皆ショック受けますよね。

話は戻りますけども、ディズニーから(日本の商業アニメーションが)始まって、「絵」と「音」に関してはくっついたり離れたりしながら、時々ものすごいくっつき方をする作品が出てきた後に、京都アニメーションの作品において「絵」と「音」というのが自覚的に見られるようになる素地が出来上がったということが言えるんじゃないかなと思います。



その4へ続く)

絵と音の"joint" 〜山田尚子監督の仕事を映像作品の歴史から俯瞰する試み〜 再録版文字起こし:その2

その1からの続き)
今回の冒頭に申し上げました「絵と音のjoint」というお話の前段のところですね、これは常々私が言ってきたことなんですけども、「アニメはつまるところ動く絵と音でできている」という話から始めたいと思います。

これは何かと言いますと、アニメを含む映像作品、映画でもプロモーションビデオでも何でもいいんですけども、そこに構成要素としてストーリーやキャラクター、いろんなものが入ってきてるわけですね。そういったものに皆さんは感情移入して、その作品を好きになったりしていくわけなんですけども、そういった要素を一つ一つ分解していって、最後に何が残るかっていうのを考えた時に出てくる要素がこの二つ、「動く絵」それから「動く音」になるというふうに私は常々考えていたところです。

「動く絵」というのは実際のアニメの絵を作る工程に出てくる各要素ですね、まあ絵コンテからおそらく始まるんでしょうけども、それから原画・動画、それから背景、最近ですと3 DCGが多用されてますし、それから最終工程の撮影、ここはコンピューターによる色々な合成処理などが含まれますけども、そういったものもひとくくりにして「動く絵」と私は呼ぶことにしました。

それからもう一つの要素として「動く音」、これは耳に聞こえるものすべてというものなんですけども、声優さんの芝居、それからの物語を盛り上げるための通称劇伴と呼ばれる音楽ですね、それから色々な効果音やエフェクト、エコーやリバーブなども含まれますけども、そういったものが物語に沿ってどんどんどんどん移り変わっていく、これを「動く音」と定義していきました。

ここからなぜ話を始めるかと言いますと、映画とアニメのなりたちと歴史、これに遡って考えていくと非常にわかりやすくなっているというところをちょっとお見せしたいと思います。

いきなりざっくりとした映画やアニメの歴史を簡単にまとめてみました。

映画というのはですね、最初に映像が発明されました。写真撮影の技術を転用する形で、それ(被写体)を撮影したものを連続して流すと動いてる映像が得られるというのが出来上がった。それが通称・無声映画、サイレントと言われていたものですね。

音楽音響を同時に録音して流すというのは後から出来たものです。その間に映画、ただ動いてる絵を見せるだけでは物語が盛り上がらないということで、活弁士と呼ばれる職業の人ですね、それから劇場に専属の楽団がいた時代、それからここでサムネイルをちょっと貼りましたけども、シアターオルガンと呼ばれる、シンセサイザーのお化けのような、手と足をフル動員して劇伴と効果音を全て流すような巨大な(完全にアナログな)オルガンが各劇場にあった時代があったそうです。その後、セットでの同時録音、演技してる人に対してマイクを向けてセリフを同時に録音する技術が発明されまして、映像と音楽・音響を同時に再生するということが映画のフォーマットとして出来上がりました。その後、録音技術の発展、マルチトラック録音、それからシンセサイザーの導入、サンプラーですとかそういったものの活用ですね、さらにはデジタル化によって非常に自由度の高い編集が可能になったということで、現在は絵と音というのをそれぞれ非同期で編集して後でまとめるということが可能になってるというのが、本当にざっくりとしたまとめになります。

ここでぜひ参考にしていただきたい二つのドキュメンタリー映画を紹介したいと思います。

「素晴らしき映画音楽たち」それから「ようこそ映画音響の世界へ」という二つのタイトルです。読んで字のごとし、片方(素晴らしき映画音楽たち)は映画音楽に対してフォーカスを当てたドキュメンタリーになります。それに対して「ようこそ映画音響の世界へ」の方は、劇伴も含めた効果音やエフェクト音、そういったものを包括した歴史を俯瞰してるものになります。(この二つのドキュメンタリー映画は)独立した作品ではあるんですけども、非常に相互補完するような内容になっていまして、ご興味のある方は両方ともいっぺんにこの順番で観ることをお勧めします。

予告編を少々見てみたいと思います

—— リンクの方を概要欄に貼りますので、皆さんはそちらの方でご覧いただければと思います。

はい。そうそうたるハリウッド映画の巨匠・音楽家が映画音楽に対してどれだけ力を入れてるかというのがこのドキュメンタリーで見られます。機会があれば映画館で見て欲しいぐらいのところがあるんですけども最近公開されてませんのでもし機会があれば一通り見ていただければと思います。

ここで「素晴らしき映画音楽たち」の中には非常にキラーフレーズが入ってきてるんですけども、「映画の中で音楽が特別な力を持つ」それから「映像に音楽が加わると物語になる」「感情の潤滑剤」「映像と化学反応が起こる」、映画に対して映画音楽というのががどれだけ強く作用してるかというのを、作り手側、映画の製作者の方たちがそれだけ力を入れて望んでいるということがこのドキュメンタリー映画の中で分かるかと思います。

もう一つの作品、「ようこそ映画音響の世界へ」、こちらもご覧になっていただきたいと思います。こちらもまたリンクでご覧いただく形ですね?

—— はい。概要欄にリンクだったり貼っておきます。

はい。実は私個人としてはこちらを見た時のショックのほうがもっとでかかったんですね、さっきの作品「映画音楽の世界へ」もすごいいいドキュメンタリーだったんですけども、この「映画音響」のほうを見た時に、打ちひしがれるぐらい感動したんですよね。名作と呼ばれる映画がストーリーやキャラクターだけではなくて、音楽や音響、それとそれらを裏づけする技術ですね、そういうものに密接につながってるっていうのはこの映画で分かるんですよね。(一例として)途中ステレオから5.1ch のサラウンドになるっていうシーンが出てきて。

—— ありましたね。

あれを映画館で見たら、本当に今までずっとモノラルからステレオになってそれがサラウンドって言った瞬間に映画館でがばーっと音が広がるんですよ、技術とともにちゃんと実際に体験させてくれたんで、本当にこれ感動したんですね。映画の音の成り立ちっていうのにフォーカスした非常に良いドキュメンタリーです。

こちらにもキラーフレーズがたくさん出てきます。一番最初に私が言いました「アニメはつまるところ「動く絵と音」でできている」という話が、このドキュメンタリー映画を見た時にいきなり「映画は映像と音の二つでできている」というふうにこの方がおっしゃったんですね、それを見た瞬間に自分の妄想が単に自分の妄想じゃなくて、割と映画関係の方は意識して映像と音っていうものに対してアプローチしてるんだなっていうのが裏付けられたような気がして、もうこの時点で感動して正直泣いてしまいました。

(他にも)ジョージルーカスが「音は感情を伝える」、それからジュラシックパークの音響の担当の方なんですけども「音が最も強く感情を伝える」、それからスピルバーグが、これはオスカーの授賞式だったと思うんですけども、「音が瞬間を永遠にする」というふうに述べています。それぐらい、映画音響というのが映画にとって重要であるという事を皆さん述べているという映画です。

さてこの二つを踏まえまして、ここにちょっと書きましたけども、この二つの映画、 Amazon プライムその他の各種ストリーミングサービスでレンタル等で見られますので、機会があれば是非ご覧になっていただければと思います。

さてここで話を変えまして、本題であるところのアニメの場合、現状どうであるかというのをざっくりとまとめました。

アニメは(実写)映画と同じように「絵と音」でできてるわけなんですけども、その作られ方っていうのは大まかに言って大抵この四つのパターンで作られることが多いです。

上から順番に説明していきますと、プレスコ、プレスコアリングの略だそうなんですけども、音を先に取ってからそれに合わせて絵を後から描く手法です。アニメーションの製作初期の段階では割とプレスコが多用されていたというふうに聞いています。それからその次、ロトスコープという手法ですね、これは有名なところでは「チカっとチカ千花っ♡」、それから古見さんの2期のエンディング、それから映画「音楽」というタイトルのアニメーション映画があるんですけども、それもロトスコープを使っています。これはですね、実際に俳優さんに演技をしてもらって実写をまず撮ります、それを元にしてアニメーションの絵を作るという形になります。一緒のトレースに近い手法ではあるんですけども、単純にトレースしただけではアニメーションになりませんので、そこはアニメーターの力が必要になります。もう一つ、フィルムスコアリングという手法があります。これは実写映画では非常に多用されてるというふうに伺っています。それから最近(のアニメ)では劇場版のプリンセスプリンシパルなどがフィルムスコアリングを採用したという話を聞いています。これはどういうことかといいますと、先に映像を作っておいて、その映像を見ながら実際に指揮者が指揮をして(楽団が)演奏するという手法になります。ですので臨場感が高いやり方になるようですね。今でもアニメーションではかなり多用されてるという印象です。そうは言ってもですね、日本のアニメの場合はアフレコ、アフターレコーディングの略だと言われてますけども、あるいはアテレコとも呼びますけども、これが主流というふうに言われています。まず先に絵を描いて音を後から合わせていく、絵を見ながら声優さんがその絵に合わせて演技をして、絵に合わせて音を編集していく、そういう作り方をしていることが多いです。大まかに分けてこの四つというのをまず覚えておいてください。

さて、それぞれの手法について参考になる動画をいくつかご覧になっていただきたいと思います。まず一つ目がディズニーですね、今回は「ファンタジア」という作品をご覧になっていただきたいと思いますので、予告編が公開されてますのでご覧になっていただきたいと思います。予告編ですから合法です。しかも宣伝用ですからね、はい、全然合法です(笑)。予告編を見ただけですごさは分かりますし、「ファンタジア」をさっき調べたら Amazon プライムのレンタルか何かで見られるんですね、これは是非通しで見て欲しいですね。リマスター版が本当に素晴らしかったらしいので(最近の劇場公開に)行けなかったんですけど。これが1940年ですから、日本では戦前と言われる時代に作られていたと。

—— 戦前にこの動きがアニメでできてたのってすごいですよね。

(予告編をもう一度再生して)もう1回見ますと、これディズニーの当時のドキュメンタリー等で見ますと、もうほとんどアニメ技術の総動員してるらしいんですね、さっき言いました四つの技法のうちの、プレスコとロトスコープとフィルムスコアリングとアフレコみたいなことは全て全部やってる、ディズニーのこの時代のアニメ映画の製作のドキュメンタリーを見ると、プレスコをやってるんですよ、(音に合わせて実際の役者さんを)演技させて、それを見ながらアニメーターさんがそのキャラクターはこういうふうに動くんだっていうのやってます。ロトスコープやってるかどうかはちょっと怪しいんですけども、フィルムスコアリングもおそらく入ってると思いますねここには。アフレコもおそらく編集段階でやってるとは思うんですけども、ただいずれにしても戦前ですよね、日本ではまだアニメーション、商業アニメーションが立ち上がってない時代に、フルカラーでフルアニメーションでしかもこれだけの完成度、「絵と音」のシンクロをすでに極めていったと言っていいぐらいの完成度のものが既に出来上がってしまっていたわけですよね。しかもこれはアナログのセル画のフィルムですから、こういう絵のグラデーション、色のグラデーションまで全てアナログで一コマ一コマ色を置いてるわけなんですけど。

—— 光が差し込んでいる表現とかアナログでどうやってやってんだろうと思いましたね。

まだこの時代はオプチカル(光学)合成もなかったはずですから、全部手書きなんですよね。一枚一枚背景に合わせてセルで色を全てー

—— 変えてるってことですかね。

変えて描いてる状態ですね。すさまじい。「ファンタジア」に関しては日本での公開は戦後になります。これを見て例えば手塚治虫だったり宮崎駿(など日本の商業アニメーション草創期に活躍された皆さん)だったり、あるいは東映動画、東映の映画の関係者ですかね、ディズニーの戦前に作られたアニメーションを見てものすごく大きな衝撃を受けて、「俺達も作るぞー」という大きな動きができます、これによって日本の商業アニメーションが立ち上がるという契機になった作品(のひとつ)ですね。非常に見応えがある、今の目線で見ても何ら遜色のない凄まじい映画だと私は個人的に思いました。

このファンタジアが1940年に作られて日本で戦後に公開されたんですけども、日本の商業アニメは戦前に作られたディズニーのアニメを見た方々が「日本でもこういうの作るぞー」と一念発起して作り始めたわけなんですけども、紆余曲折ありましたけども「絵と音」を両方を意識しながら非常に印象に残る作品を作る監督さんがたくさんいらっしゃいます。



その3へ続く)

絵と音の"joint" 〜山田尚子監督の仕事を映像作品の歴史から俯瞰する試み〜 再録版文字起こし:その1

はじめに:2022/05/08に、秋葉原MOGRAで山田尚子監督作品 非公式ファンイベント「平ハウス物語」が行われ、表題の内容で日頃考えてることなどを交えてお話する機会をいただきました。

今回、せっかくなのでそれを公開したいけど諸事情でそのままでは外に出せんということで、あらためて収録しようというところまでは良かったんですが、時間無制限で話したらべらぼうに長くなったので編集してようやく公開にこぎつけられました。イベントの主催はもちろん、今回の収録と編集をお任せした mirrorboy さんにあらためて感謝です。

ただ編集したとは言えあまりにも長く、また、記憶を頼りに話したせいで誤りなど多々あることから、訂正できる場が必要であろうという判断のもと、動画の内容を文字起こししてサブテキスト的に公開することにしました。が、こちらも気づいたら3万字を超えてしまい、どんだけ話してるんだワタシ、と自分で呆れておりますが…。ともかく章をある程度区切って公開します。編集前の録音を元にしたため動画とは一部異なっている部分もありますが、それはそれでアウトテイクみたいなものとしてお楽しみいただければ幸いです。

前置きはこれくらいでいいかな。気づいたところや誤字脱字、その他いろいろ適宜直していくつもりでいますが、とりあえず始めます。ではどうぞ!