さっそく本題。第五回「きせきのハーモニー」について。以前『舞台装置としての宇治』という一連の記事を書くにあたって第1期を見直した際、ユーフォの「アニメの文法に極めて忠実な」構成に驚いたことがある。その疑問を解決しようとしてネットを探ると、木上益治氏の存在に必ず行き着いた。あの沖浦啓之氏をして「京都ではアニメーターの何たるかは、木上益治さんの背中を見ていれば全てわかるはずだ」と言わしめる、全てを兼ね備えた天才とさえ称されるような、京都アニメーションの重鎮である。そういう人物が今回、絵コンテと演出を担当していることを踏まえた上で話を進めたい(石原監督も共同で絵コンテをやっているけど)。氏が第1期で手がけられた第五回と第十二回がどのようなものだったかを思い出してもらえると助かる。
関西大会前日の練習の終わりに、滝先生は「我々が明日するのは、練習でやってきたことをそのまま出す、それだけです」と言った。額面通りにこの言葉を受け取るとリラックスを促すもので実際その通りなのだが、懸命に練習を続けてきた北宇治高校吹奏楽部員の、さらには、この物語を絵と音で紡いできた京アニと、それを見守ってきた我々の、今までの日々の集大成を見せるという木上氏の宣言とも読み取れる。その試みは、これ以上ない形で結実したと言えるだろう。それを少し紐解いてみたい。
まず音について。今回、第1期のものだけを使うという劇伴のチョイスに驚かされた。サントラの曲名で言うと以下の通り:
- Tr.27 一途な瞳
- Tr.29 去来する想い
- Tr.2 朧げな現在
- Tr.8 色褪せぬ過去
- Tr.1 はじまりの旋律
一方、劇中の演奏曲は全て新録したものだろう。特に「三日月の舞」は、麗奈のソロ以降ではっきり分かるとおり、見違えたものになっている。劇中では府大会から関西大会まで約1ヶ月しか経っていないが、ここまで成長できるのかと思うと、とても感慨深いものがある。
そして絵について。あとでまとめて述べるけど、目の覚めるような新規カットの連続で、息をするのを忘れてしまいそうになる。
迫真や圧巻といった言葉すら足りない「三日月の舞」の完全演奏シーンは、そういう新規カットの数々と、第1期と劇場版のバンクによってできているように思える。しかし、背景を差し替え楽器に映り込む天井の照明を描き込み府大会とは一部のテンポが違っている演奏に合わせて動きを調整したものを、個人的にはバンクと安易に言えない。もちろん省力化が第一目的にあるとは思うけど、これもやはり意図的にやったものだろう。
過去の積み重ねを経てここまで来た。そして、新しい世界をひらく。今回の物語の構造は、このように絵と音でメタ的に表現されている。それも圧倒的な密度と完成度でもって。然るべき技術と経験を持つ人物と組織が手がけると、TVアニメシリーズの途中の回でさえここまでやれてしまうという事実に、驚きと感動と戦慄が入り交じった複雑な思いを抱いている。
さて…言葉が全く追いついていないのが書いてて分かったのでウザい語りは控えることにする。ほぼ全てのカットを引用したくてたまらないのだが、できるだけ厳選して紹介したい。
京阪電車内で吊り革につかまる葉月。この弾けるような身体性こそ彼女の個性。
同じ関西大会に出場する強豪校のニュースを見て、あらためてプレッシャーを感じる久美子。画面の2/3が真っ黒…なお、関西大会から全国に行けるのは3校。
その直後の画面を上下2分割したような構図、ここの姿は結果発表の場面が対になっている。勝者と敗者、天国と地獄…
夕日が沈む宇治の風景。煙突の位置から考えると、大吉山から見たものだろうか?
アイキャッチは香織先輩と麗奈を差し置いて優子先輩が大抜擢。もう主役。
滝先生の「気持ちを楽にして…笑顔で」という言葉に皆がへらりと笑うなか、ひとり乙女な表情の麗奈がかわいい。そしてここの場面と、冒頭に引用した「練習でやってきたことをそのまま出す」という言葉が、後で述べるシーンの伏線になっていると思う。
一方、常に中立で建前か本音か分からない言葉を吐く、謎めいた存在だったあすか先輩が、こんな表情を見せるようになると誰が思っただろう。彼女は明らかに変わりつつある。
Put your hands up together !! サファイア川島の小動物感がむちゃくちゃいい味出してる。
暗幕を開ける希美先輩とステージ上で前を見据えるみぞれ先輩。光と影の見事な対比。特に希美先輩のこのカットは、容易に太極図を想起させる。
あまりにもカッコいい滝先生。演奏者は指揮者のこのような姿を見て気分が高揚するものなんだろうか…?なお、最後に引用したカットは手前の椅子が3DCGなのに注意。もはやどうでもいい指摘だけど。
麗奈と久美子の目に映る滝先生の姿。目や視線の演出はこの演奏シーンのハイライトと言える。
演奏シーンはどこを取っても素晴らしいのだが、個人的にはパーカッションがダイナミックで好き。
さりげなく挟まる舞台裏のカット。モニタを見つめる女の子の呆然とした表情と、黙々と数字を刻むタイマーが、この息を呑む状況をよく表している。
隙間から漏れる光と、影から祈るチームもなか+希美先輩。このカットを見て光の教会を思い出したのはワタシだけでいい。
久美子の目のアップからスローになるシーン。ここはとても重要だと思うので少し書く。これはトップアスリートが経験するゾーンと呼ばれるものではないか。周囲がゆっくり動いて見えるというような極限的な精神状態を皆にもたらすために滝先生が「練習でやってきたことをそのまま出す」「笑顔で」と指導していたとしたら、彼はきわめて高度なメンタルトレーニング理論を、京都の片隅の吹奏楽部で実践してきたことになる。
それと印象的な色とりどりのオーブ。OP/EDでも目立つこのモチーフをワタシは漠然と時間の流れの表現だと思っていたのだが、とある識者から「北宇治高校吹奏楽部員ではないか」という指摘をいただいた。このシーンで演奏に合わせてオーブが明滅するのを見て、その意見を採用したいと思った。皆の瞳に描かれたそれぞれのアクセントの色、それが画面いっぱいに輝きを放っているのである。
麗奈のソロ、久美子の目のアップから花火大会と大吉山の回想へ移るシーン、それ自体がふたりの「引力」を物語る見事なものなんだけど、オーブのモチーフやラストのみぞれ先輩のシーンとの呼応にもなっている。
こういう大会のレベルになると楽譜を暗記してしまうので、落書きしたりこのように写真を貼ったりして御守りのようにしてしまうらしいのだけど…北宇治高校吹奏楽部員が過ごしてきた半年足らずの時間がどれほど楽しく濃密なものであったのかが、わずかなカットで手に取るように分かる。"チーム滝"の松本・橋本・新山先生もさぞや感慨深いことだろう…って、ふたりのコーチの名前に「橋」と「山」が入ってるのにいま気づいた…
ステージで光につつまれながら情感たっぷりにソロを吹き上げるみぞれ先輩と、暗いステージ裏で背を向ける希美先輩。いろいろあってふたりの立場…光と影は入れ替わってしまったけれど、一連の事件がなければこの音色を得られなかったのも確か。せつないことだが、しかしふたりとも、視線は上を向いている。
演奏終盤に微笑みをみせる滝先生。彼と北宇治高校吹奏楽部員による作品が完成を見たことを確信したのだろう。
演奏終了後すぐにEDという意表を突いた展開からの結果発表。府大会ではボロ泣きしていたのに今回は余裕が感じられる麗奈と、あふれる涙を止められない久美子の対比が興味深い。麗奈もまた確信してたんだろうな…
「先輩、コンクールはまだ嫌いですか?」
この後、いつものセリフが無いまま終わってしまったので、今後この物語がどのようになるのか、原作シリーズを全て読み終えているワタシでも予想がつかなくなってしまった。少なくとも、OPで描かれている全国での演奏シーン(背景と肩の赤いリボンですぐ分かる)が夢ではないということ、そして、京アニはそれをおそらく全て新規で描き切るだろうことだけは確かだが。
…自分で言うのも何だけど、たった30分のTVアニメを語るのにこんな長さの文章を書くはめになるとは思わなかった。ちょっぴりくやしいので、最後に謎を投げて終わりにしとこう。このふたり、誰だろうね…?