2013/03/26

三軸三態仮説(連続ツイートの改訂版)

ご無沙汰しておりました。

2013/03/26にTwitterで連続してつぶやいた、ワタシが「三軸三態仮説」と呼んでいる妄想、具体的に記すと「ニコニコ動画と初音ミクによって生じた三軸空間と、時間の推移によって変化する三態についての仮説」に関するツイートを読み返してみると、書き足りないことや訂正箇所などがありましたので、あらためて箇条書きでまとめておきます。加筆変更は随時行うと思うので、あらかじめご了承ください。

  • ご無沙汰と言っても、2013/03/26のボカクリ大納会2013/03/23のthe VOCAJAZZ LIVE SESSIONS in OSAKA2013/03/24のVOCALOIDPARADISE関西には行っていた。それと、Twitter以外のネット活動はこそこそとやっていた。Twitterはもうしばらく黙っておくつもりだったが、少しだけ浮上する。
  • ワタシがしょっちゅうほのめかしていた「三軸三態仮説」を書くべきかずっと悩んでいたのだが、Twitterに浮上してこれに言及したのは、先日の聴き専ラジオ(第179回)を聞き、ボカロクリティーク Vol.08(最終刊)を読んだからである。上記を含めた各メディアで語られる「初音ミク現象」的な言説がほとんどループしていて退屈でつまらないので、その出口のひとつになるとは思ったのだけど、いかにも馬鹿げた話なので誰にも相手にされないかもしれない。
  • 実は仮説の大枠をこのブログで書き始めていたのだが、そういうわけでもう手の内をバラす。なお、着想の重要なヒントとして、ねずもず姐さんがボカロクリティーク内で語った「地図」「離散」というキーワードを強調しておく。感謝。

  • さて本題へ移る。まず、ニコニコ動画というアングラでカオティックなネットワークサービス、初音ミクという妖しい唄声を発するDTM向け音源かつ捉えどころのないキャラクターの両面性を備えたソフトウェア、この両者の登場を、原点と定義する。それ以前と以後は分けて考えなくてはいけない。また、この仮説に対する理系の容赦ないツッコミを恐れず簡単に言うと、両者はプラスとマイナス、N極とS極、陽子と電子、物質と反物質etc.のような分ちがたい関係にある。なお、原点が発生する以前の歴史はここでは触れず、それぞれについての文献等を参照してほしい。
  • ただし、ひとつ指摘しておきたいのは、ワタシが知る「初音ミク現象」的な言説がニコ動の存在を軽く扱い過ぎていることである。このあたりのバックボーンは、例えば先日の聴き専ラジオで小林オニキスさんとねずもず姐さんが言及していたりする大きなテーマなのだが、長くなるので省略する。

  • 次に、この原点を中心とした三次元的な空間を構成する3本の軸を規定する。それらを承認欲求軸、消費欲求軸、評価欲求軸と呼ぶ。
  • 承認欲求軸の近辺には、主に原点を利用して作品を制作し発表する人がプロットされる。軸の両端は「誰得」「先生何やってんすか」である。
  • 消費欲求軸の近辺には、主に原点の魅力を楽しむ人がプロットされる。軸の両端は「ミク廃」「薄い本」である。
  • 評価欲求軸の近辺には、主に原点へそれ以外の角度から関わろうとする人がプロットされる。軸の両端は「批評」「啓蒙」である。

  • 我々は上記の三軸からなる空間にいて、ある方向を見ていて、常に動いている。「初音ミク現象」的な言説ではしばしば「捉え方は人それぞれ」や「愛」などという曖昧な表現で結論を出さず逃げているが、この空間のなかでどの位置でどこを見てどこへ動くかという自己と互いのベクトルを想定し認識し合うことで、我々が置かれている状況が整理されうる。
  • また、我々はあらかじめ重量・位置・運動など何らかのエネルギーを持つため、この空間の内部に存在する限り各エネルギーによる自発的あるいは相互的な作用が働く。その結果として生み出されたものが、楽曲や動画やイラスト・感情を共有するためのリアルなグッズや場・論文や広告といった、多岐にわたる成果物である。もちろんこれらも我々と同様にベクトルとエネルギーを持ち空間内に作用を及ぼす。
  • なお、この内部作用は「共感」や「n次創作」などと一般的には呼ばれるのかもしれないが、これを点を繋げた線で描かれる樹形図に似た面としてイメージするのは大きな間違いで、正確には、原点の発生から絶え間なく続く我々の運動や衝突によってもたらされる立体的な軌跡である。

  • さて、この空間の時間的な推移を考える。
  • 空間が現れた当初は非常に熱く狭小で、それに巻き込まれた者たちの距離が極めて接近している状態である。そのため、内部作用が強力に働き斬新な成果物が生まれて、空間が爆発的に拡大し始める。
  • そして、時間の経過に伴って、依然として熱く狭い空間に興味を抱くようになった周囲の者たちを取り込み始める。そのため、内部作用が複雑化し大量の成果物が得られて、空間がさらに拡大する。

  • ここで、初歩的な物理学を適用する。具体的には、断熱変化(断熱された空間を膨張させると内部の温度は低下する)や熱力学第二法則(断熱系が不可逆変化をするとエントロピーは増大する)、等々。ピンと来ない方は、熱による物質の気体・液体・固体という三態への変化を思い起こしてほしい。
  • いま想定している空間が上記の物理法則に従うと仮定すると、将来的に、この空間内のベクトルの総和がゼロになり、新しいエネルギーが発生しなくなることが予想される。具体的には、ニコ動と初音ミク、自己や互いの存在と成果物にすっかり飽きると同時に、それらが誰かの興味をいっさい惹かなくなったとき、極大化した空間の熱が奪い去られエントロピーが均衡に達し、気体が固体に変化して、内部作用が停止する。
  • よって、「初音ミクの死」とは、この空間の原点であるニコ動と初音ミク、空間内の自己や互いの存在と成果物を突き動かすベクトルとエネルギー、すなわち我々の好奇心が完全に失われた状態と等しい。
  • 逆に、上記の各要素に好奇心を抱く誰かがひとりでも存在する可能性がある限り、「初音ミクの死」は訪れない。

  • なお、包括的あるいは技術的な呼称としてのVOCALOIDと初音ミク以外のボーカロイドは、好奇心を励起した時期とその量が初音ミクの登場より遅く小さいと言えるので、原点の近傍で原点の輝きを補強はするが、原点そのものとしては機能しない。
  • 一方、MMDとUTAUは、その空間が似たような構造を持ち、内部の誰かや何かを他と比較して容易に交換可能であるので、言わばパラレルワールドであろう。

  • ここで、各軸の両端に極めて接近している集団を眺めてみる。
  • 「誰得」と「先生何やってんすか」近辺の制作者たちは、しばしばニコ動と初音ミクに対する自己の内的なベクトルのみに依って作品が創られると考えてしまうことで、原点から遠ざかるほど消費欲求軸と評価欲求軸から成る平面を理解できず、拒絶してしまう。
  • 「ミク廃」と「薄い本」近辺の者たちは、しばしばニコ動と初音ミクに対する自己の内的なベクトルのみに依って欲望が発生すると考えてしまうことで、原点から遠ざかるほど評価欲求軸と承認欲求軸から成る平面を見失い、先鋭化してしまう。
  • 「批評」と「啓蒙」近辺の識者たちは、しばしばニコ動と初音ミクに対する自己の内的なベクトルのみに依って意見を提示できると考えてしまうことで、原点から遠ざかるほど承認欲求軸と消費欲求軸から成る平面を軽く扱い、自己満足に陥ってしまう。
  • 上記の者たちは空間から積極的に熱を奪う存在になりうるのだが、その要因の例として、作品の再生数・コメント数・マイリスト数や派生作品の数、Twitterのリツイート・お気に入り(fav)の数といった、ソーシャルなデータが我々の座標を決定すると誤解してしまうこと、また、ニコ動と初音ミクの魅力のみに取り憑かれて他を認めない、言い換えれば原点がブラックホール化して吸い込まれてしまうことを挙げておく。

  • 余談に近くなるが、ある個人や特定の成果物のみに立脚した安直な商業的アプローチや歌ってみた等にも言及しておく。これらも同様に空間から積極的に熱を奪う存在になるかもしれない。なぜなら、別の空間へ向かっているベクトルの先端が消えていて見ることができない場合がある、すなわち原点であるニコ動と初音ミクの両者に対する興味が小さい、あるいは無い可能性を否定できないためである。

  • 以上が「三軸三態仮説」の概要である。全く裏付けの無い妄想に過ぎないので、あくまでも仮説であると念を押しておく。産総研のSongriumはここで言うところの成果物の一部をビジュアル化したものである、などと自惚れるのは大変に失礼なので自重しなければならない。また、この仮説に囚われたり他者を否定したりすることを厳しく自戒し、変化に対して常に準備しなければならない。

というわけで再び妄想という名の快楽と苦悩に沈み、希望と絶望の両方を味わうことにします。ちなみに、ワタシの目には液体からそろそろ個体に差し掛かっているように見えるのですが、好奇心だけは失わないようにしたいものです。


2013/03/29:一部を加筆変更