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2013/03/29

総当たり的ボカロ聴き専マニュアル:諦念と覚悟編

さて勇んで始めたものの、いきなりネガティブなところから書かなくてはなりません。

前回に述べた通り、ボーカロイド楽曲(以降ボカロ曲と表記し、特に断りのない限り、ニコ動で公開されるUTAUや人力ボーカロイド等による動画を含む広義な意味として用います)への総当たり的なアプローチには、以下の2点が必要です。

  • 作品から得られる音以外の各種情報も注目すべきであること
  • 一部だけではなく広い範囲を対象とすべきであること
これを別の言葉で表現すると、以下のようになります。
  • 網羅的かつ長期的に、得られる情報の全てを観測すること
一方、観測の対象となるボカロ曲は、おおむね約100曲/日に近いペースで公開され続けています。1曲あたり5分として計算すると1日あたり500分=8時間20分ですから、ほぼ日本の法定労働時間に匹敵します。ニコ動の読み込み時間や休憩を加味すれば、余裕で9時間を超えるでしょう。

この目安をもとに、自分の日常生活で自由になる時間がどれくらいあるか思い浮かべてください。学生さんなら、学校から帰って寝るまでとして、多くて8時間くらいでしょう。社会人なら、仕事の最中にニコ動へ自由にアクセスできる環境でない限り、仕事を終えて一服したのちの3〜4時間程度でしょう。この可処分時間は、試験や残業、旅行や飲み会etc.のイベントによって容易に小さくなります。

つまり、「新しく公開される全てのボカロ曲を最初から最後までチェックすることは時間的に不可能である」という、客観的な事実が浮かび上がってきます。そのため、総当たり的なアプローチと言いながら何かの要素を切り捨てなくてはいけないという大きな矛盾に直面します。これは、アーカイブされた過去のボカロ曲を対象に含めるとさらに顕著になります。ボカロ曲の制作者からすれば甚だしく失礼だと思われることですが、全ての星が星座としてプロットされていないようなものだと捉えて諦めてください。その後ろめたさは充分に承知しています。

この矛盾のために可処分時間を少しでも長くして対応しようと思うのは、当然の発想です。具体的には、いわゆる「ながら視聴」や「スキマ時間の有効活用」というやつです。我々現代人は基本的に忙しいですから、この問題に対する様々なノウハウが既に存在します。その例として、他に割く時間の削減と、ツールの利用について取り上げます。

可処分時間とは、1日24時間から処分できない時間を差し引いた余暇のことです。処分できないものの筆頭は睡眠ですが、通常は、食事、入浴やトイレ、家族や友人との会話、通勤通学、勉強や労働etc.にも一定の時間を割く必要があります。可処分時間を増加させるためには、これらから少しずつ時間を分けてもらうか同時進行しなくてはなりません。しかし、そんな努力をして得られる時間はどれくらいでしょうか?せいぜい30分から1時間が関の山でしょう。また、それぞれの行為をまんべんなく並行処理と断言できるでしょうか?個人的な経験で言えば不可能です。しかも、この苦労が積もり積もって日常生活を圧迫するのは明らかなので、どこかで破綻します。最も分かりやすい例はネトゲ廃でしょう。幸か不幸かワタシ自身はそういう体験がないのですが、友人などの話を聞くと、常軌を逸したのめり込みによる中毒症状を起こしてしまい、文字通り廃人状態になってしまうようです。

冒頭の言葉を思い出してください。網羅的かつ長期的な観測体制を維持するためには、中毒症状による廃人化を何としても防がなくてはなりません。また、不健康な体調は感覚を鈍らせるので、自らのコンディションを常に整えておかなくてはなりません。この意味においても諦めが肝心となります。日常生活を圧迫しない範囲で余裕をもって楽しむ、また、疲れたと感じたらボカロ曲のことなどきれいさっぱり忘れて休むよう心がけてください。

もうひとつ、可処分時間を増やすためのツールの利用について触れておきます。いま皆さんの目の前にあるPCやスマートフォンは電子計算機なので、プログラムによる自動処理・一括処理による効率化が得意です。例えば動画の読み込み等いままで手動でやっていたことが、やろうと思えば自動化・一括化可能なわけですから、これを用いれば必然的に可処分時間が増えることになります。この効率化プログラム、つまり自動・一括処理ツールを自分で書くのは相応の知識と経験が必要ですが、一般商品として販売されていたり、ネットを探せば親切な誰かが自作ツールを公開してくれていたりします。

しかし、冷静に考えなくてはならないことがあります。端的な例としては「違法ダウンロードの刑事罰化」など、犯罪やモラルに関わることです。はっきり言うと、上記のようなプログラムを利用してニコ動など各種ストリーミングサービスからの情報を自動取得するとグレーゾーンに踏み込むことになると、ワタシは考えています。ここでも一種の諦めが必要です。ツールが使えなくても、仮にツールを使って非難されても、そしてツールによって何か問題を引き起こしても、悪あがきをしたり泣き言をいったりせず、全て自分の責任として受け止めよということです。ワタシ個人としても推奨しませんし責任も負えないことを、ここで明言しておきます。

総当たり的アプローチの具体的な話は次回以降にしますが、常に後ろめたく罪の意識に苛まれることへの諦めと、それを受け止める覚悟が必要であると、再度強調しておきます。そんなの嫌だと思うかどうかで先に進むかを決めてください。次回は、要素の切り捨てについて述べる予定です。
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