2015/07/27

過剰で執拗で容赦のないアニメ〜響け!ユーフォニアム(9:踊るアイドルアニメと舞う吹奏楽部員)

録画を飽きずに繰り返し見てるのでまだ書くよ。

最終回解読を試みたときに、「三日月の舞」について少々触れた。この曲は劇中では堀川奈美恵という作曲家の作とされているが実は架空の人物で、実際には音楽担当の松田彬人氏による書き下ろしである。今回はこの曲にまつわるあれこれを考えてみたい。

TVアニメの劇中やOP/EDで、登場人物が一斉に精度の高いダンスを踊ったり楽器をかき鳴らして歌ったりする演出は、「ハルヒ」や「らき☆すた」、「けいおん!」といった一連の京アニ作品ではおなじみのものである。そのうち踊ることと歌うことは非常に目を惹くこともあって他社の作品でもひんぱんに用いられるようになり、それ自体が作品の核になる現在のアイドルアニメ(アイマスとかラブライブ!とかWUG!とかアイカツとかそのへん、あまり見てないけど)の隆盛に繋がったと理解している。

「ユーフォ」は高校の吹奏楽部員のドラマである。つまり基本的に演奏はするが踊らないし歌わない(踊りはサンフェスの謎ステップがあるけど今回は脇へ置く)。OP/EDでメインの4キャラはコロコロと転げ回っているけど、特に揃いのダンスを踊ってるようでもない。第4話の練習シーンでソルフェージュしたときに歌声は聞けるけど、あのシーンだけでこのアニメには歌があると断言するのは乱暴に過ぎる。では京アニは今回、「踊る」ことと「歌う」ことを放棄して「演奏する」ことだけに特化し、アイドルアニメの対極を目指したのかという疑問が生ずるのだが、「三日月の舞」とその演奏シーン(特に最終回)に着目すれば、決してそうではないことが分かる。

「三日月の舞」は聴けば聴くほど不思議な曲に思えてくる。曲調は明るく素直で時に勇ましく、特に難しいコードも使われていないようなんだが、拍子とテンポが目まぐるしく変わるので、DTMでシーケンスされたサウンドに慣れた耳にはひどく新鮮である。また、タイトル通りに音の粒がひらひらと舞い散る感じもまた、昨今の音圧競争に晒されたポップミュージックの重力から解き放たれたような軽やかさを持つ。ともかくこの曲自体によって、「踊る、舞う」といったアイドルアニメ的ボディランゲージの一要素が音楽でメタ的に表現されていると言っていいだろう。その目的のために、原作小説での自由曲や他の定番曲を使わず松田氏へ書き下ろしを依頼したのではないかとすら思う。

また、この曲を演奏しているシーン、特に最終回Bパートで顕著なのだが、そのほぼ全てで演奏者の身体が揺れ動くことに注目してほしい。楽器演奏がほとんどできないワタシの目からすると、楽器演奏者は演奏中にいつも踊っているように見える。ギターでもフルートでもバイオリンでもドラムでも何でもそうなんだが、演奏に感情が乗り表現が艶やかになるにつれて、頭や手足、体幹がゆっくりと、ときには激しく動くさまが、いつも何かの舞を想起させる。これは演奏者や楽器によって差はあるが、そういったパフォーマンスと出てくる音をひっくるめて「演奏」と呼ぶべきものなのだろう。「ユーフォ」でもそれは余すところなく描写されており、滝先生と吹奏楽部員は、あのステージで間違いなく「躍っている」。

そして「歌」についてはどうか。これはもうそれぞれの楽器から出てくる音が人間の歌声の代わりになっているとしか言いようがない。合奏と合唱は一文字違い…は単なる言葉遊びだが、近い領域にあることは確かである。最初はバラバラだったのが最終回で見事に揃った音を「歌いあげる」、その過程を見てきた者の感情をひときわ揺さぶるのも、皆で創りあげた音の力があればこそである(なお余談だが最終回の演奏の録音品質はかなり高いので、良い再生環境で聴くと新たな発見があると思います)。

それにしてもである。合奏と同期した作画だけでは飽き足らずステージ全体を映す「引き」のカットにおいてさえ各演奏者のわずかな揺れ動きを描く「執拗な」その姿勢は、狂気の沙汰寸前の迫力に満ちている。他社のプロデューサーや監督、演出が見たら「こんなところに金と手間をかけてられるか」と呆れるんじゃないかと想像したりしている。