親が買ったスピーカー付きレコードプレイヤー、ソニーのラジカセ、ヤマハをメインにテクニクスのリニアトラッキングレコードプレイヤーで組んだオーディオコンポーネントと、YMOと松田聖子で始まった捻くれた音楽聴取習慣、そして模型からスーパーカーブーム直撃を経てクルマ好きになってしまった、そういう自分の趣味が完全に一致した場所が得られるのを自覚したのは、友人が運転する日産ブルーバードや2代目トヨタ・ソアラ、初代トヨタMR2に同乗したとき。
ただ、それがまさか自分の人生を決定づけてしまうとは思わなかった。
ALPINE 7294JS。
このヘッドユニット(カーオーディオ業界ではパワーアンプつき各種プレイヤーを意味する言葉)を手に入れた瞬間に、自分の生活が一変してしまった。
自動車運転免許を取得したので自分のクルマが欲しいと言ったら親に反対され、その代わり実家にほとんど新車状態で転がっていた5代目トヨタ・カローラ(FFセダンだったので同世代のいわゆるハチロクではなかったのが今となっては残念極まりないが)をガソリン代を出すなら自由に運転して良いという許可を得て、ならば純正のショボいカーステ(業界的には蔑称的にこう呼ばれる)をアフターマーケットの良いやつに取り替えようと思って地元のオートバックスに出かけていって、見た瞬間に衝動買いした。
純正からの置き換えとしては必要十分な音質。
ドルビーC対応のカセットデッキ。
クリック感が心地よいアナログボリューム。
液晶ではない表示パネルと整った操作系。
そして何よりも緑色に光るエッジの切り立った3x2の透明ボタンと、それらのON・OFFを示すボタン左上に配置されたオレンジ色の光ファイバーポイント。
何もかもが自分の求めていたものだった。
そして、自分の生活は「クルマで音楽を聴く」ことが中心となった。
毎日のように発売される、主にアイドルポップスのアナログレコードやCDを慎重にカセットテープへダビングして、すぐにそれをクルマに持ち込んで聴取する。当時のアルバムは1枚あたり46〜60分程度なので、法定速度をだいたい守って46〜60kmを走れば1枚聴いて帰ってくることができる。
時速で考えると、1枚のアルバムを聴くのに46〜60km/hを「どんな路面でもメーターを見ないで」ずっと維持できれば、運転と音楽を楽しみながらだいたい想定した時間通りに帰ってくることができる。
これを数年間、クルマが自由に使えるほとんど毎日の夜中にひたすら繰り返したのだ。天候や明日の日程など構わず、ただ己の衝動のまま、誰にも迷惑がかからないであろう北海道の山道や海岸線へ出かけていって。こんなことに付き合ってくれる奴は他にほとんど居なかったから、ずっとひとりきりで。
問題は、聴きたい作品が増えていくにつれて、走行距離が当たり前のように伸びていったことだ。気づいたら夜中じゅう走ってたとか、真冬の札幌を20時に出て1時くらいに函館山のふもとで満月を見て明け方に実家へ帰宅とか、そういうことばかりやっていた。
自分が記憶しているのは、例えば880km/22時間、3,000km/月、24,000km/年、100,000km/3年半という数字だけど、一方でアルバイトで稼いだ給料がほとんどガソリン代とカーオーディオのアップグレード(最終的にフロントスピーカー交換&リアスピーカーを増設して2ch・4スピーカー構成になった)、レコード・CD購入やレンタル費に費やされてしまった。
このような過程を経て、ワタシの運転技術は急速に一般的なそれとはかけ離れていったらしい。
北海道の田舎道を季節問わず夜中に走るというのは、あらゆるリスクを想定して臨むという意味に等しい。路面や天候の急変化はもちろん、タイヤのパンク、ブレーキのフェード、路肩から不意に飛び出してくる動物、ガソリン切れ、etc.…。実際、そういうトラブルに何度も遭遇している。そのためワタシは「走行路線を忠実に守り、ハイビームのパッシングやクラクション、ウインカーやハザードランプを使って積極的に周囲へアピールし、グリップ走行&スローイン・ファーストアウトという基本に徹した」リスクを最小化しながら己の快感を最大化するドライビングスタイルになってしまった。加減速でのラフな操作のひとつで凍結路面でのタイヤのグリップは簡単に失われてしまうので、それを避けるため細心の注意を払って運転する技術と、仮にそういう状況になった場合どうすれば回復を図れる又は最小限のダメージで済むかも、経験的に叩き込まれた。「ジェットコースターは全く怖くなくてむしろ不安だらけだけど他人の運転はむっちゃ怖い」「ダッシュボードに缶コーヒーを置いてこぼさず走れる」「マニュアルシフトで減速ショックを発生させず完全停止できる」「切り立った雪の壁で先が見えない凍結路面を曲がるのにサイドブレーキを使ってリアから曲げると楽」などのホラめいた話は、自分にとってはこういう積み重ねの結果に過ぎないのだ。
その果てにワタシは一種の境地めいたものに達した。音楽とクルマを同時に愛せるカーオーディオとその空間こそが、ワタシの理想のひとつのかたちではないかと。あるときは淡々と平地を走り、あるときは激しく山道を攻めながら、ひたすらアイドルポップスばかりを聴く日々を過ごすうちに、ワタシはそのような考えに囚われて大きくスピンアウトすることになる。ただ、「音楽とクルマと風景がシンクロする瞬間」は確かに存在するのだ。数年前に理想のクルマを手放した現在でも、確信を込めてそう断言できる。
気まぐれに友人数名を乗せて夏の夜の藻岩山へ向かう最中、誰かがワタシの運転を「美しい」と褒めてくれたのを覚えている。ワタシにとっては山頂の展望台から見る札幌の夜景と、同乗した友人のひとりで当時一目惚れして何年も片想いしていた女性の佇まいが、何よりずっと美しかったという記憶のほうが鮮やかなのだが。彼女に本当の気持ちを早く伝えてさえいれば、リスクを最小化しながら己の快感=エゴを最大化するという思考が自分をどれほど歪めていたかに早く気づいてさえいれば、自分の道はまた大きく変わっていたかも知れないが、それはもう過ぎたことだ。
こういう体験を経て音楽とクルマを何よりも愛し続けてきたワタシにとって、こんな最高な映画が2017年に見られるとは思わなかった。その名はベイビー、「ベイビー・ドライバー」。
余談:
トランク等に取り付ける6連装CDチェンジャーのマガジンを透明にしたのと、
この車載インダッシュ型3連装CDチェンジャーのマガジンに赤いラインを入れたのはワタシ(記憶に間違いがなければ)。
半透明&カラーバリエーションで一世を風靡した初代iMacに先駆けること数年前の話である。