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2021/11/02

あなたの隣にいるポンコツAIの歌声を愛でよう 〜 映画『アイの歌声を聴かせて』レビュー(ネタバレあり?)

妙にクセのあるキャラクターがよく動き回る。何だか歌ってるけどいきなりボカンと爆発したりする。いわゆるアレ系統の映画にしては「感動の導線のそれっぽさ」が今ひとつ見えてこない。しかし、何だ、この、引っかかりは?

劇場でしばらく前から流れていた映画『アイの歌声を聴かせて』の予告編を何度も眺めて、その捉えどころの無さに、興味を逆に掻き立てられた。

宝塚シティハンターで大きな衝撃を受けることは分かり切ってたので意識的に冷却期間を置き、(ようやく以前みたく)仕事帰りにふらりと劇場へ寄って『アイの歌声を聴かせて』を見終わった後、これぞまさに映画だと心の中で快哉を叫ばずにはいられなかった。

青春もの。歌もの。ロボット・人工知能もの。

日本のアニメ映画におけるそれら手垢のつきまくったモチーフに対し、この映画はひとつの明確な回答を得ることに成功した。全てを分かりやすくまんべんなく破綻なく、そりゃ少々強引なところもあるけれど、シナリオとキャラクターと演出と絵面と動きと音楽音響、アニメ映画を構成する要素を総動員して、モチーフを渾然一体とした形で盛り込んだ作品を極上のエンターテイメント、しかもよりによってミュージカルとしてまとめ上げることが可能であると提示することができた。

見終わった直後にツイートした通り、年齢性別関係なく、ひとりでもカップルでも仲間でもご家族で一緒に見ても、こんなに大笑いしてワクワクハラハラして少し泣いて最後はニコニコ笑いながら劇場を後にできるこんな映画には、おそらくめったに出会えないだろう。



オタク早口気味に結論を先に話してしまったが、あらためてあらすじをざっくりと:

近未来。高度なAI研究者の母を持つ女子高生・サトミは「とある事件」が原因で孤立していた。家では明るく学校では話し相手のいない彼女のクラスへ、ある日、転校生のシオンがやってくる。彼女はサトミを見つけるとすぐに駆け寄り、いきなり歌い始める。そうして、実は高度なAIが組み込まれたロボットであるシオンは、「サトミを幸せにするという目的のため」周囲を強引に巻き込んで、いきなり歌いながらいくつもの騒動を起こしていくーーー



書きながら笑ってしまった。シオンはとにかく無邪気に、いきなり歌い始める。最初はあまりに唐突なので苦笑してしまうのだが、その背景に2020年代の我々の生活に溶け込んだ身近なAIテクノロジー、例えばGoogle HomeやAmazonのAlexa、AppleのSiriなどがあることに気づいたとき、語り口のうまさに舌を巻いてしまう。これらスマート何某にあの曲をかけてと声でリクエストして、期待とは全く違う返事と音楽が聴こえてきてイラついた体験は誰にでもあるだろう。物語の冒頭、サトミの日常生活にAIテクノロジーがスムーズに溶け込んでいる描写が近未来の理想のひとつとして描かれるからこそ、現在の「ときどき期待とは全く違う方向へ突っ走るポンコツAI」の延長線上にいるシオンのポンコツっぷりが、より身近に、かつ、際立って見える。

この映画は全編ほぼ全てがこんな調子である。一見すると気にも留めないような描写、セリフや背景、果てはエレクトリカルパレードみたいな心象風景的なCGにさえ、あらゆるところに仕掛けがこれでもかと施されている。そういった中でもはっきりと目立つ、サトミが子供の頃から好きだったディズニー的アニメ映画がなぜ繰り返し現れるのか、その歌がなぜ繰り返し歌われるのか、単なるオマージュの域を超えているのはこの映画を最後まで見れば誰にでも分かるようにできている。



サトミを取り巻く仲間たちも、彼女に負けないキャラクターとして周到に配置されている。

天才ハッカーなのに内気で気まずいままのサトミの幼馴染・トウマ。
ケンカしている自分に満足できないイケメン彼氏と強気な性格だが彼をずっと見続けていた彼女・ゴッちゃんとアヤ。
単純明快で努力家だが本番に弱く勝てない柔道部員・サンダー。

彼ら彼女たちとサトミの距離もシオンの強引な思い込み…そう、彼女はAIなので自分なりに考えて行動しているのだ…によって、次第に近づいていく。それが個々のエピソードではなく、あくまでも5人+1人として複雑に絡み合いながら徐々に打ち解けていく距離感の描き方に、やはり2020年代を感じる。

と、ここでまた指摘しておかねばならない。この映画にはそもそも「アイ」という名前のキャラが出てこない。タイトルにでかでかと書いてあるにも関わらず。とにかくこんな調子で、仕掛けだらけなんである。



さて、笑い話だった騒動や美しい見せ場がいつの間にか大きな事件となり、シオンは突然連れ去られ5人もピンチに陥ってしまう。

5人にとってもはや仲間であるシオンを救わないという選択は無い。彼女が捕らえられたビルへ乗り込んだ5人(とサトミのおかあさん)はシオンを助け出すが、バッテリー切れ寸前の彼女が見せたものは、



…あれ、さっきまで(心の中で)ゲラゲラ笑ってたよな?なんでこんなにハラハラドキドキしてしんみりして泣いてるの?あれ?



現在の「ときどき期待とは全く違う方向へ突っ走るポンコツAI」は、時には意表をついたことをする。スマートフォンやタブレットの片隅にふと現れる写真のリスト、それはAiが蓄積された写真の日付と傾向を分析してレコメンドしてきた結果なのだが、そのリストには「メモリー」と書かれていて、突然、すっかり忘れていたことを思い出させてくれたりして、このおせっかいがと思いながら、写真をめくる指が止められない。

AIが覚えているメモリー。それはワタシたちのなにげないデータや記録の蓄積であって、数が多ければ多いほど、時間が長ければ長いほど、目的に対し正確になるよう学習し続ける。シオンが自分なりに考えて行動しているのは、彼女が莫大な情報をもとに学習し続けた、人工的であれ自律的な思考能力と目的を持った何かだからである。



だから、この映画は、シオンが学習し続けたメモリーでできていると言っていい。

その壮大な仕掛けに気づいた頃には、呆然とエンドクレジットを眺めていることだろう。



あまりにも鮮やかで爽やかで隙が無さすぎるので、まだあまり冷静になれていない。むしろそういった隙の無さこそが、この映画の欠点なのかもしれない。

単純明快な青春ラブコメミュージカル映画として見てたっぷり楽しんだら、シオンの思考を辿るように、数々の仕掛けをひとつひとつ拾うようにしてじっくり鑑賞したい。ちょっぴり悔しいから無いと感じる隙の少しでも探してみたい。何度でも繰り返し味わえる、それが映画という形で記録された、彼女にとっては記憶であるはずの、エンターテインメントの最大の強さである。


2021/11/03追記:劇中アニメ「ムーンプリンセス」の挿入歌を歌っていらっしゃる咲妃みゆさんが2世代前の宝塚雪組トップ娘役という情報をお寄せいただき、偶然とかシンクロニシティとかいうのとも違う何か強い縁みたいなものを感じました。さすがにびっくりしています…

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