For short, " I. M. G. D. "
Established : 1997/12/07

Light up your room, and browse away from the monitor, please! :-)

2023/09/18

とにかく列車に乗れ、話はそれからだ 〜 映画「アリスとテレスのまぼろし工場」レビュー(ネタバレあり)

岡田麿里監督・脚本のアニメ映画「アリスとテレスのまぼろし工場」を見ました。以上。

…で終わらせたいくらい、この作品には個人的なとっかかりが薄い。その一方で、本当は直視したくないワタシ自身の過去を思い出させるところも相変わらずあって、映画館から出てきて時間が経った今でも 🤔 ←こんな顔をしている。

というわけで「アリスとテレスのまぼろし工場」は、正直に言って見る人を選ぶし賛否両論だろうし、そもそもつまらないと切って捨てられるかもしれない、ということを前置きしたうえで、話を進めたいと思う。





まずタイトル。「まぼろし工場」は内容そのままなんだが、「アリス」と「テレス」は誰なのか、判然としない。そして元ネタのアリストテレス(と哲学的なモチーフ)はどこに描かれていたのか、全く思い出せない(ギリシャ哲学でいいんだっけ?詳しい方がもしこの映画を見たら、そのあたりを考察してくれると助かる)

そもそも、この「まぼろし工場」という作品は、筋立てがひどく分かりづらい。神様が宿る鉱山で鉄鉱石を掘り続けてたら神様が怒って製鉄工場とその城下町と住民を丸ごと一種のタイムカプセルの中へ閉じ込めて、住民たちは少しでも変化したら、身体に亀裂が走った挙句に神様の使い=神機狼(しんきろう、と読む。中二病まる出しのネーミングだが作品内では大真面目に語られる)に食われてしまう。その状況下で生き残るため、住民たちは曇天の冬の毎日を、昨日と変わっていないことを自己申告する「自分確認票」を書きながら過ごしている。

ここまで書いて、やはりどう考えても設定に無理があると感じてしまう。神様に閉じ込められた住民たちに「生きるために変わってはいけない」と説くのは、神様を祀っていた家の末裔の狂人(断言)で、彼の常軌を逸した言動がこの強引極まりない設定を説明するのだが、見ている最中でも 🤔 ←こんな顔になった。

という、お話として成立してるのか分からず不安に駆られるうち、表面上の主人公である1人の男の子…正宗と、2人の女の子…睦美と五美の存在が浮き彫りになってくる。

正宗は絵が上手く将来はイラストレーターになりたいと思っているが、それを大々的に公言したら身体に亀裂が入って神機狼に食われてしまうので、「自分確認票」の提出を拒み続けるというささやかな抵抗をして過ごしている。

睦美は正宗の同級生だが性格がかなり悪く正宗とは仲が悪い。が、その裏側に、性格を悪くさせられた秘密を持っている。

五美はまだ幼く、純真無垢である。彼女は、神様によって作られた異様な世界の外側からやってきて、狂人主導のもと、養育を放棄されながら存在を隠されていた。



岡田麿里監督あるいは脚本の作品で、この「〜される」という受動体が現れたときは、警戒を怠ってはならない。



結局のところ、この奇妙な筋立てや設定は、この3人、いや、正宗は狂言回しみたいなものなので忘れて良く、2人の女の子を描くために用意されたものである、そういう映画だと思う。



いわゆる秩父三部作と言われる通り、岡田麿里監督が秩父で過ごした経験が作家活動のベースになっていることは論を待たない。「まぼろし工場」の舞台は製鉄工場があり海にも近そうなので厳密には秩父ではないが、巨大な工場の向こう側に見える山並みの風景は、やはり秩父を強く思い起こさせる。

そのような舞台で描かれる2人の女の子は、岡田麿里監督の分裂した自分自身なのだろう、という結論は、おそらくこの映画の感想をつづった他の記事を当たれば山ほど出てくるだろう。ワタシもそこには異論が無い。良く言えば集大成、悪く言えば芸風に幅が無い。この人はいつまで過去に囚われているんだろうか。



…「囚われている」という「受動体」、それこそが、「まぼろし工場」の真のテーマかもしれない。



睦美は最後に様々なしがらみを引き受けると決断し、囚われ続けることを選ぶ。五美は物理的に囚われ続けた街とその日々から、外の世界を走る貨物列車に乗るという強引なやり方で抜け出す。そのどちらも、岡田麿里という個人が体験してきたものごとの照射なのだろう。

なので、「まぼろし工場」のクライマックスシーンである貨物列車上で睦美が五美に言い放つ言葉、エピローグでの五美のモノローグ、ここに到達してはじめて、まぼろしに包まれたこの映画は真の姿を現すのである。



最後に。この崩壊寸前の物語に強い説得力を与えたスタッフの皆さん…個人的には特に作画と背景と撮影、それから、睦美役が上田麗奈さんでなければ、また、五美役が久野美咲さんでなければ、この物語は成立しなかったと断言するほどの賛辞を送りたいと思う。



これから見る方はぜひ、クライマックスシーンとエピローグの、2人の女の子のリアルな声を堪能してください。

 
(主題歌の中島みゆきエフェクトは意外なことに弱かったです)

 𝕏へポスト  Pocket このエントリーをはてなブックマークに追加