1997年末に初代プレイステーション用に「グランツーリスモ」が、1999年末に「グランツーリスモ2が発売された。ナムコのネジコンを駆使して様々な車種を走り込んでは、まるで実写のようなリプレイを飽きずに眺めていたことを思い出す。ちなみにこの時期はようやく自分のお金を使って自分のクルマを買った時期と重なっている。まあスズキRF400RVを乗り回していた頃でもあるけど。
いきなり話が逸れた。もともと古のスーパーカーブーム以来のクルマ好きであることは自覚していたが、この「グランツーリスモ」というゲームは、そういう連中に大きな驚愕をもたらした。例えば「リッジレーサー」には見向きもしなかった旧友がハマったとかいう話は、それこそゴロゴロある。
その理由は端的に言えば「ひたすらリアルを追求する姿勢」という点で(おそらくは現在の最新作においても)一貫している。「その車種をそのように運転すればそのようになる」という、実際に行わなければ知ることができない挙動が、ゲーム上で再現されている。例えばコーナリング時に発生するFFのどアンダー、FRのパワードリフトとそのお釣り、ミッドシップの唐突なスピン状態、そういった駆動方式による差は当たり前で、収録されている車種ごと、車種でもグレードごとに表現される微妙な違いがコントローラー越しに体感できて、これはゲームではなくシミュレーターの名に相応しいと思った、というのは今ちょっと盛ったごめん。
プラットフォームが進化し表現が深まった「グランツーリスモ4」で、ワタシはリアルサーキットの洗礼を受けることになる。ナムコのアーケードゲーム「ポールポジション」以来、何度走ったか分からない富士スピードウェイや鈴鹿サーキットなら何とか対応できる。しかし、世界的に難コースとして知られるラグナ・セカ、ニュルブルクリンク、そしてル・マン・サルテサーキットで耐久レースに挑んだとき、ワタシの実車でのスポーツ走行で得た自信やセオリーみたいなものがまるで通じず、初めての道を走るときのように充分なマージンを取って走るため、結果として思ったようにタイムが伸びない。
このゲーム、いや、シミュレーターで上位を目指すなら、実車と同じように走り込みを重ねるしかない。
そんな悠長なことやってられるか、ワタシはレーサーじゃないんだから。
いつしかコントローラーを放り出し、リアルのクルマとも次第に疎遠になって、「グランツーリスモ」シリーズというゲームあるいはシミュレーターとはずいぶんと距離ができて、現在に至る。
そしてようやく本題、映画「グランツーリスモ」である。
映画の宣伝文句には「実話に基づく」と書いてある。グランツーリスモ、というかこの場合はソニーと開発元のポリフォニーデジタル、が仕掛けた「GTアカデミー」の噂は知っていたが、どうやらそれを映画化したものらしい。
せっかくだから、と池袋のグランドシネマサンシャインのドルビーシネマ上映回を選んで見た。
その映画には、ワタシがやってられんと放り投げたコントローラーを諦めずひたすら握り続けて、バーチャルからリアルのレーサーに成り上がった、ひとりの青年の物語があった。
彼に対するゲーマーいやクルマ好きとしてのシンパシー、シミュレーターでありながらリアルを追求する姿勢へのリスペクト、そもそも本作の主役メカである通称R35・日産GT-Rをはじめ、限りなく美しくダイナミックに映される実車の姿。
「グランツーリスモ」を映画にするならこれしかあり得ないと思うほど決定的だし、モータースポーツ映画としても、また、いわゆるサクセスストーリーものとして見ても秀逸だし、これは本当にいいものを見られたと思って、部屋に帰ってきて情報を調べ始めて、あらためて驚いた。
この映画を撮ったニール・ブロムカンプ監督は、何といっても某氏宅で見た「第9地区」の印象が大きい。あの作風からは想像がつかなくて最初は何かの間違いかと思ったほどだが、冷静になってみると、この3DCG全盛の時代にあって実写やエキストラを多用するスタイルは、SFなのにリアリティを強く感じさせるその人のものだ、と思った。
考えてみれば、「グランツーリスモ」は、シリーズ途中から「登場する車種全てのエンジン音を実際にエンジンルームへマイクを突っ込んで収録して使う」といったクレイジーなことをやっている。映画「グランツーリスモ」においても、世界各地のサーキットでの撮影を敢行したらしい。それも劇中に登場するライバルチームとその車両とそのクルー役の数百名を、実際の国際レースと同様に世界各地へ移動させながら。さらに、主役の俳優が運転シーンを演じる際のスタントは、物語のモデルになった実在のレーサーが実際にその車両を運転しながら収録したらしい。このあたりはさっきネット上のインタビューを読んだばかりで驚きを通り越して呆れているのだが…。
そして、シミュレーターとしての「グランツーリスモ」を超えた点がある。シミュレーターを実際に走ってみれば描かれていない点がいくつかあるのは誰でも分かることだが、映画は実話に基づいているので、その描かれていないもののひとつ…死の恐怖を扱っている。ちょっとした自動車事故でも心身ともに大きなダメージを負うのは誰でも想像がつく(もしくは実際に体験している)だろうが、レーシングスピードで起こるアクシデントは、どんな些細なものでも死に直結している。それに直面したときどう対応するかが、人生を二分する、そういう残酷な葛藤を逃げずに描いた点も、あくまで「映画として」リアルに徹しようとしたからだと思う。
この、本来はエンターテインメントでありながら馬鹿正直にリアルを追求するアプローチの精神、それが常に自動車という文化への愛に注がれている点こそが、「グランツーリスモ」というコンテンツの本質なのであろう。
繰り返しになるが、この「グランツーリスモ」という映画、クルマ好きやゲーマーはもちろん、スポーツものとしても、またはサクセスストーリーものとしても、見応えのある作品である。そして、現代のクルマが放つ、暴力的なまでの美しさとスピード感に映像と音の両面から思いっきりぶん殴られてほしい。安心してください、これは映画なので、リアルにあなたの生命を奪うことはないであろうから。少なくとも、座っている席が3ケタkm/hの速さでいきなりスピンしたり劇場外に吹っ飛んだりはしません、たぶん。
(…やっぱ枯葉で泣くよねえ枯葉で)