前回の記事への反応は大きく分けて、こんな事例があったよと丁寧にアドバイスを下さった方々、エポックメイキングだらけだったのに目が腐ってるんじゃねえの的な批判を寄せて下さった方々、そしてこんなクソ記事なんか最初から読むに値しないと切って捨てた方々、である。どれも直接ワタシに届いたものについては目を通したが十分に返答できず申し訳なかった。何かとお騒がせしたことも含めこの場を借りてお詫び申し上げたい。本当にすみません。
数ヶ月後の視点であの記事を読んでみると、粗の目立つ酷い文章だと我ながら驚く。例えばOculus RiftとVOCALOID 4、葵上を直接列挙しながら考慮の外に置くと宣言している点。これはつまり「2014年にはエポックメイキングなことが無かった」という主張への反例として充分なポテンシャルを持つことを認めた上で、あらかじめ予防線を張っていることに他ならない。冒頭に書いた「釣り記事同然」というのは、突っ込もうと思えばいくらでもできるこういう小手先のごまかしや引っかけがあの文章に山ほど含まれているからである…通知が止まってしばらくしてから、現在服用している薬の処方箋に「怒りやイライラを鎮める作用があります」という一言が添えてあるのを見つけてハッとしたんだが、後悔先に立たずというやつである。
さてそれらの反省を踏まえて数ヶ月後の現在はどうかと言うと、体調は以前よりずっと良いものの、謎の「どんな音楽を聴いてもほとんど心に響かない病(?)」は相変わらずで、好きだったアーティストの作品さえ再生せずに過ごしており、ボカロ関係はせいぜい週に1作品に触れるか触れないか程度で終わっている。なので、昔のようにニコ動の新曲総当たりチェックによる定点観測はもちろん、各種ランキングを追ったりbotでオススメされる新作を聴いたりもしていない。
そしてニコ動を含めたボカロ界のニュースは数ヶ月間ニュース記事を追ったり雪まつりや第1回ボカコンで賑わったTwitterのTLを追ったりした程度だが、ディープなところは前回の記事でも白状したように全然追いつけてない実感がある。刃がこぼれてしまった刃物を適当に研いでも切れ味はそう簡単には戻らない。日々の手入れこそ全てなんだろう。
話が逸れた。じゃあ現在の自分はその少ない手がかりだけでボカロ界のことをどう捉えることができるんだろうか、どうまとめれば自分が納得する形に落ち着くんだろうか、そんなことをあれから数ヶ月ずっと考えてきた。以降はその結果。とにかく材料が少ない中で何とか組み立てた話(というか妄想)で個人のメモ書き・ホラ話を公表してるのに近く信頼に足るものではない。あらかじめご了承ください。
- ボカロ(≒初音ミク)現象と呼ばれたものを理解するために、ニコ動と初音ミクを中心とした仮想的な3軸空間を想定してその広がりや空間内で生じる事象の相互干渉を観測すればよいと考えていたが、そのモデルを撤回する。
- 代わりにボカロ空間という特に中心のない空間を想定し、ボカロに関わるもの全て…ニコ動や初音ミク、音楽やイラストといった個々の制作物とその制作者、ワタシのようなひとりの消費者さえその空間内の一要素として全てが含まれると考える。
- ボカロ空間内ではより強く大きな存在は周囲のあれやこれやを引きつけて集団化するが、現在のボカロ空間は例えば初音ミクの構成要素…声だったり色だったりコスチュームだったり…すらひとつの単位として集団化を促す力を持つほど細分化している。
- ボカロ空間内にはそういった「小宇宙」がたくさん生じていて制作者もリスナーもどこかの小宇宙に捕捉されており、ほとんどの場合それで満足を得られる(これ自体を疑問に思ったり否定したりするものではない)。
- 時おり、小宇宙の間を旅して歩いたりトンネルを繋げたりしようとする者が強いバイタリティとともに現れる。そういう場合、新しい小宇宙が発生するかもしれない。新技術(例:Oculus Rift)・新要素(例:ボークスのドール)が投入された場合も同様。
- 一方、小宇宙がブラックホールに飲み込まれて縮小したり消失した事例があるかもしれない。それは空間内の力学として止めようがない。
- そうやって個々の小宇宙が常に拡大縮小しながら瞬き続ける中で、自分が含まれる小宇宙の中心を見定めている人は強いし、(ワタシのように)あっちこっちにちょっかい出してるようなモノの見方をしている者は弱い。