「かがみの孤城」は2022年にたくさん公開されたアニメ映画のなかでも屈指の、見る方の人生によってはベストと言えるくらい、上質な作品である。特に学生時代、人づきあいが上手くいかなかったことを多少なりとも引きずりながら社会生活を送っている皆さんには、ぜひ見てほしいと個人的には思う。その理由など交えながら、この映画について書いていく。
(以下ネタバレの可能性大なので改行を多めに)
「かがみの孤城」の原作は辻村深月さんによる小説、本屋大賞を受賞したということだから既に読まれている方もいらっしゃるだろう。それを(あの)原恵一監督が(あの)A-1 Picturesとアニメ映画にしたのが本作品だが、数ヶ月前に見た予告編の時点で明らかに動きの質が良かったので、公開されたらできるだけ早く見ようと実は決めていた。そのあらすじをざっくりと:
中学1年生の女の子、こころは色々あって学校へ行けなくなり、家族や近所の友人ともうまく折り合いがつかず、部屋に引きこもっていた。そんな春の日、こころの部屋の鏡が不思議な光を放ち始める。つい手を伸ばしたこころは鏡の中へ引き込まれるが、その鏡の向こうには、絶海の孤島に建つお城とその主である少女の姿をした「おおかみさま」、そして同じように鏡の中へ引き込まれた6人の中学生がいた。「おおかみさま」から城の中に隠された鍵を見つけた者の願いをひとつだけかなえてやると一方的に提示され、そのために妙に具体的な条件のもと、こころを含めた7人は何とも不思議な「お城通い」を始めることになるーーー
映画が始まってすぐに目を引いたのは、豊かな色彩、端正な背景美術、そして細やかに動くキャラクターである。原恵一監督やA-1 Picturesが手がけた他の作品を知っていればそれらは揃っていて当然ではあるのだが、この映画においてはそれらが物語の構造や演出に対して必然的なものだということが、見ているうちに自ずと理解できるようになる。例えば主人公のこころは特にそうなんだが、かなりビビッドな色彩をまとっていることに注意してほしい。トラッドで地味なセーラー服を着ていても、彼女が落ち込んでいるときでさえ、瞳や髪の色、彼女を取り巻く世界は鮮やかに輝いて見える。他の6人も同じ。そしてお城と「おおかみさま」は、やや大仰だがちょっとだけ色あせて時代がかって見える。このあたり、映画を見終わって振り返ったとき、職人さんの仕事ぶり以上の「何か」を感じたのが正直なところである。
その「何か」について語るにはネタバレを避けることができないので、素のままご覧になりたい方は、このページを閉じてすぐに映画館へ向かってください。心からのお願いです。
さてあらためて。その「何か」の手がかりは、映画のわりと序盤に明かされる。お城へ7人の中学生を引っ張り込んだ「おおかみさま」が彼ら彼女たちに提示した条件が妙に具体的というのは既に書いたが、そういうのを体験したことのある方ならすぐにピンと来るものである。
- 鍵を探す期限は来年の3月30日まで
- 城には自由に出入りして構わない、来たい時に来ればいいし来たくなければ来なくていい
- ただし城に居られるのは日本時間で午前9時から午後5時まで、これを過ぎると残っていた者たちは連帯責任でお城に潜んでいる「おおかみ」に食べられる
そして(これは意識的に「言い忘れていた」のだろうけど)「おおかみさま」から追加条件が提示される。
- 誰かが鍵を発見し願いを叶えた後、または鍵の発見いかんに関わらず来年の3月30日を過ぎると、お城で過ごした記憶、他の6人のことは全て忘れてしまう
自分たちで決めて自分たちでそれを守りながら生活する。
ああ、彼ら彼女たちにはまずそれが必要だったんだ、それができるようになったんだ、えらいなあ。このあたりで、ワタシは既に彼ら彼女たちを応援する気持ちになっていたことを告白しておく。
複雑な悩みを抱えて動けなくなっている人に決して無理強いせず応援する、支えるというのは、実際のところとても難しい。それを粘り強くやっている方々が現実世界にもいらっしゃるが、この映画にもそういう役割、こころが通うフリースクールの喜多嶋先生が出てくる。映画の中盤(劇中では夏休み明け)以降、こころ以外のそれぞれが描かれ始めると、ある一致点と、本来は一致すべきところが違っている点が現れる。ここから終盤まで、7人の中学生と喜多嶋先生の関係、そして「おおかみさま」の正体が描かれるところなどは、単なるファンタジーを超えて一種の謎解きミステリーとも思えるくらい、あまりにも巧みな構成で唸りつつ…正直に言うとワタシ自身さえ何か肯定された気がして、思わず落涙してしまった。
原恵一監督は「クレヨンしんちゃん」シリーズで高い評価を得て以降、近年は様々なモチーフと作風にチャレンジしているけれども、「かがみの孤城」を見た後に振り返ってみると、子供たちへ暖かな目線を向け続けているというのが一貫していると思う。彼ら彼女たちを決して否定せず見守る、だから作品のなかに登場する子供たちは常に輝いて見える。このように、監督ご自身がセラピスト的な資質を備えているからこそ、見ている子供たちひいては我々、元々は子供だったオトナにも深く響く作品が出来上がるのではないか。
物語のラストシーンは(上記のような感情と思考と涙でぐちゃぐちゃになってしまったので)はっきりとは覚えていない。ただ、こころは現実世界の大切な友人とともに、あらたな一歩を踏み出していった。他の6人もきっと同じように、それぞれの"いま"を受け入れて進み始めたと確信できる。そう言えるのは、劇場特典でいただけたカードの中身を見たからである。そのパッケージの表にはこう書かれている。
- その1. 必ず〈鑑賞後〉に開封すること
- その2. 中身をSNSに投稿しないこと
(余談ですがエンドロールは見たほうがいいですしパンフレットも購入したほうがよいでしょう)