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2023/08/22

ブリッジ:特別編 響け!ユーフォニアム 〜アンサンブルコンテスト〜 レビュー(ネタバレあり)

黄前久美子が"窓"を開けるのが上手いなら
京アニ(特に小川太一副監督)は"橋"をかけるのが上手い

公開初日の朝イチの回を見終わって、率直にそう思った。

ファン待望という言葉にするのも足りないほど待ち望んだ新作、『特別編 響け!ユーフォニアム~アンサンブルコンテスト~』(以下アンコン編と呼称)が8月初旬に公開されて、その週末の金土で4回見て、劇場で買えるBlu-rayディスクを部屋で何度も見直して、すっかり話やカットなどを暗記するくらいのところまで来た…はさすがにオーバーだった。まずはどんな形であれ「ユーフォの新作が見られる」というのは慶事以外のなにものでもない。




そのアンコン編は、前作の映画『誓いのフィナーレ』のラストで明かされる主人公・黄前久美子が北宇治高校吹奏楽部の部長に就任するところから、既にTVシリーズとして制作および2024年春の放送が決定している久美子3年生編の間を繋ぐ、やや短めの映画という形になった。



だが映画の尺と密度は必ずしも比例しないというのは何度も味わったが、アンコン編がこんなに賑やかで、かつ密度がここまでみっちりしているのは、さすがに驚いた。

久美子部長と関係の深いいつものメンバーはもちろん、特に『リズと青い鳥』や『誓いのフィナーレ』で登場しながら、それぞれの映画の語り口の違いで印象に濃淡がついてしまった同級生や後輩たちの活躍の場がふんだんに盛り込まれているのが、何より嬉しい(月永求くんだけセリフが無かったのが不思議ではあるが、彼が無口だからということで納得しておく)。特に『誓いのフィナーレ』で場を引っ掻き回しながら最後は悔し涙に暮れた久石奏の、久美子部長の周りにちょろちょろ顔を覗かせたり何かと口出ししてはおどける姿は、本作のマスコットが彼女であり、この映画のポジティブなテーマ…リラックスしながら再出発を図る…を象徴しているといえよう。

というか、アンコン編での久石奏はまるで"猫"である。


実はアンコン編には、一言で表せるキーワードが随所に散りばめられている。冒頭の「"窓"を開けるのが上手い」は鎧塚みぞれが久美子をそう評したものだし、この物語の主役と言っていい釜屋つばめが演奏のタイミングを掴むきっかけになったのは、久美子部長が指摘した"息"だったりする。他にもそういった、これまで北宇治高校吹奏楽部を成してきたキーワードが、この作品にはうまく重ねられているように思う。



さてここで、この記事のタイトルに書いた音楽用語の"ブリッジ"という言葉の意味を調べてみよう。ヤマハさんの音楽用語ダスによると、

ブリッジ[bridge]
楽曲の中間部分で冒頭のテーマとは異なるメロディーを持つ部分を指す。

とある。つまり(石原立也監督や小川太一副監督等が各インタビューで明言している通り)アンコン編は『誓いのフィナーレ』から久美子3年生編での間で、彼女が何を考え、どのように行動したかを、これまでとはちょっと違った角度で見せてくれているブリッジ、ということである。



映画の冒頭、久美子部長がユーフォを吹いて一言「いい感じ」と呟く、それと(この映画屈指の名シーンである)久石奏のシャドーボクシングは、『誓いのフィナーレ』冒頭でやった「これが私の生きる道」から続くPUFFYリスペクトだし(後者は某氏の指摘で気づいて腑に落ちた)、OPの写真の数々、久美子部長の「北宇治ファイト」の掛け声、EDの青枠+石原監督直筆の書き文字アニメなど、長いこと積み上げてきたユーフォならではの(劇中では2年も経っていないはずの)セルフオマージュを見せることで、シリーズ全体の橋渡しをしている。



そして、このように作品の間のブリッジとして作られたアンコン編の鍵になる楽器が、「"橋"の形をしているマリンバ」というのは、狙ってやったなら、原作の武田綾乃先生と脚本の花田十輝先生にしてやられたし、偶然マリンバが選ばれてああいう描かれ方がされたなら、石原監督と小川副監督は本当にアニメが上手いと脱帽せざるを得ない。



高い技術を持ちながらなぜかタイミングが合わず伸び悩んでいた釜屋つばめの演奏を観察した久美子部長(余談だが、こういうときの"瞳"のニュアンスに富んだ描写も相変わらず見事)が、同じ奏者の立場からアドバイスを送られたことで「合奏」の何たるかを掴み演奏が楽しくなり自信が増し(これはつまりTVシリーズ1期第六回「きらきらチューバ」の再話でもある)、ついには渡り廊下の「谷」を久美子部長と一緒にマリンバという「橋」を架けて乗り越えて進む、あの何気ない場面の純粋で爽やかな雰囲気は、TVシリーズ番外編「かけだすモナカ」に通じるものがある。

ED前、"チーム高坂"が奏でる「フロントライン」に宇治の風景が重なるが、釜屋つばめがチームもなかの仲間と渡った「宇治橋と宇治川」が映し出されたところで、ユーフォシリーズは「登場人物たちがあるひとつの街を皆で右や左に行ったり来たりしながら少しずつ進む物語」であると再認識する。さらにアンコン編は8割がたが校内の話で放課後その他の描写は2割程度の、実は『リズと青い鳥』に近い「ほとんど閉じた物語」であると気づいたところで、その密度の高さの理由の一端を理解して、深く納得するのである。



京都アニメーションは、TVシリーズ2期の『ツルネ』あたりから、またひとつ次のチャレンジをしていると感じている。それは「アニメで動きを描く」という段階から「アニメで心の機微を描く」と言えば良いだろうか。3DCG画コンテが普及し立体的で派手に動くアニメが半ば当たり前になった2020年代、京アニはその気になればいくらでもできるそういうアクション表現の先、止まっているように見えて実は豊かに動く、またはその逆を駆使しながら、わずかな揺らぎで全てを語るようなアニメづくりに取り組んでいるように見える。なんせアンコン編でさえ「楽器演奏カットの相変わらずの冴え」「いつもの調子で戯れあっている中川夏紀のロトスコープ的な口の動き」や、果ては「フルアニメーションで作画したらロトスコープどころかフル3DCGに見えてしまっているマリンバの演奏カット」など、手数さえ許せば精緻な動きで見せることは相変わらずの得意分野なのだから。全編でそれをやらないのは、アニメとしてのメリハリの問題と工数のリソース不足、両方あるだろうが。


とにもかくにもアンコン編、約1時間ながら十分に見応えのある、体感数十分の素晴らしいアニメ映画である。ユーフォ未見の方は『誓いのフィナーレ』から続けて見るとたぶん良いです。世間一般的には吹奏楽部は体育会系と言われるらしいが、北宇治高校吹奏楽部に集まった愛すべき濃いメンツの個性が弾けるさまを、をぜひ映画館でご堪能ください。









TV版ユーフォ1期第十二話「わたしのユーフォニアム」で、落ち込む黄前久美子に対して川島緑輝は「あなたは月に手を伸ばしたから偉い」と励ましたのを覚えているだろうか?当人たちはすっかり忘れてるかもしれないが、今回現れた「月」の名を含む音楽を「銀色の」ユーフォニアムで奏でる彼女に対し、黄前久美子「部長」は何を思いどう行動するだろう。

…実は彼女の担当声優をワタシはもう予想していて、それは黄前久美子役の黒沢ともよを隙あらば食ってしまうほどの…これ以上は言うまい。



そして、次の曲が始まるのです。正確には2024年春から。

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