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2024/09/23

モノと精霊と修理技術 〜 中国アニメ「傘少女」レビュー(ネタバレあり)

かなり良い中国アニメが1週間限定で上映されるとSNS上で見かけ、それがたまたま通勤圏内の映画館だったし、なにより「羅小黒戦記」で食らった衝撃を忘れることはできないので、映画『傘少女 ー精霊たちの物語ー』を見てきた。

いかにも中国アニメと思わせるプロローグからタイトルが表示され、その後に続く最初の1カットめから、ワタシはものすごくびっくりして、そのまま物語に没入して約2時間の映画を見終わった。一言で表せば「言葉以外は何の抵抗もなくスルッと受け入れられるアニメ映画」。「羅小黒戦記」をワタシは特異点だと今でも考えているけれど、「傘少女」は日本語で吹替版を見せられたら日本製の上質なアニメと区別がつけられないアベレージを叩き出す、中国アニメ業界の底上げを象徴するような作品だと思う。以下、ネタバレ含めていつも通り思うところをつらつらと書く。





まず「傘少女」のあらすじから。

古代中国で、強力なパワーを秘めた石を2つに割って、王と王妃が持つ剣と傘が作られた。その宝物は代々の王族に受け継がれるが、剣が抜かれると世が大きく乱れるため、最後の王妃は傘に宿った精霊に、剣を見守って一緒に静かに過ごせと命令を下して宝物殿へ納める。傘の精霊は長い月日の中で高い教養を身につけていて、宝物殿の品々に宿る精霊と暮らしながら、生まれつき精霊が見える宝物殿の修復師見習いと心を通わせる。そんなある日、剣の精霊が動き出して宝物殿から姿を消してしまう。放っておくと誰かが剣を抜いてしまい世の中の平和が乱れるため、傘の精霊は修復師見習いとともに剣の精霊を探す旅に出る。

ざっとこんなところだろうか。古代中国が舞台なので、近いところでは「薬屋のひとりごと」を連想するかもしれないが、自分としては「外科医エリーゼ」(なぜかアニメ版のサイトに繋がらなかったのでマンガのほうへリンク)を思い出した。主人公の傘の精霊がいかにも日本の女性向けアニメのヒロインっぽい造形で、対で生み出された剣の精霊がこれまたイケメン女子で、極めつけは、間に入る形になる修復師見習いの男子がいかにも人畜無害っぽく描かれるところ。このアニメ映画の原作は中国で描かれたマンガだそうだが、日本の女性向けマンガが原作だろと嘘を言われたら、もうそういう風にしか見られなくなるほど、その"完成度"は高いのである。この感触を何とか上手く伝えられないかと考えてXのスペースを漠然と始めたら、たまたまお話に付き合っていただいた有識者から『これは「ふしぎ遊戯」に近いのでは』というご意見をいただき、仰る通りと膝を打った。

それとは別の角度で、「モノを長く愛でているとそのうち心が宿る」というのは、中国というか日本を含むアジアの国々では、わりと当たり前の信仰的な価値観として存在しているというのは、多くを語る必要がないと思うが、本作ではそれが精霊として描かれる。このあたり、先の有識者の言を再び借りれば、『「夏目友人帳」に近いだろう』ということで、ワタシも同意見である(が、実は夏目友人帳をしっかり見ておらず)。

そしてもうひとつのポイントは、「モノを適切に修理する技術とその前提となる知識を正面から語っている」というところ。若い頃に友人から「禅とオートバイ修理技術」という哲学書なのか奇書なのかよく分からない分厚い本を読めと勧められて以来(ちなみにいまだ完読できていない)、モノを修理・修復する技術には敬意を払ってきたつもりで、それは例えば「ギャラリー・フェイク」というマンガや自動車評論家の福野礼一郎氏が執筆した一連の自動車レストア関連本が愛読書になったりしているわけだけど、修復師が思索の末に試みる技術のそのほんの一端を、かなり正確に描き出している。この映画は全体としては駆け足気味で物語はやや消化不良というか物足りない印象は残るものの、その一方で、修復作業を描写するシーンの長さや正確さには、モノと修復師へのリスペクトがよく現れていると感じた。なおエンドクレジットまで中国語なので詳細は不明だが、どうやら劇中にはいくつか中国の国宝級の品々が登場しているようであり、かなり前に台湾の故宮博物館で見た宝物を思い出して、あらためて息を呑んだことを付記しておく。

さて、この映画は中盤以降、傘の精霊がもうひとりの自分であるところの剣の精霊を探して封印するため、人間の修復師見習いと旅を続けるという構成になるが、このあたりは定番のロードムービーというか、はっきり「すずめの戸締まり」からの影響があるんじゃないかと思う。特筆すべきは、冒頭に書いたように最初の1カットめからラストまで徹底的にクオリティコントロールされた絵と色彩で、背景や小物、光の使い方、もちろん人物描写の確かさなどは、ワタシの目には新海誠監督の諸作品をはじめとした日本製アニメと区別がつかないほどだった。というよりむしろ、日本のアニメが何か特別なものであると思われていた時代がいつの間にか過ぎて、日本を含めたアジア全体でこのような高いクオリティのアニメーションが次々に作られる時代になったのかという思いが芽生えつつある。それを、かつての

「ジャパニメーション」

という言葉をもじって

「アジアニメーション」

と呼ぶには、まだ少々照れが混じるけれども。



やや散漫になった。現状、見られるチャンスが極めて限られているので強くおすすめすることはできないが、そのクオリティとメロウなストーリーはとても心地よいので、皆さんが広く見られる機会が設けられることを望みます。そして、できることならやはり日本語吹替版を…魅力的な各キャラクターのキャストを考えるだけで旨いお酒が飲める、それだけのポテンシャルがあることはワタシが保証しますので。

スペシャルサンクス:ヒロくんさん ( X: @atarashieiga


(実際に見てもらった方が早いので、他の動画を貼っときます)


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