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2023/04/08

絵と音の"joint" 〜山田尚子監督の仕事を映像作品の歴史から俯瞰する試み〜 再録版文字起こし:その5

その4からの続き)


じゃあ、山田尚子監督のその作品を全体俯瞰した中で、どうしても我々としては外せない話をしたいと思います。

「リズと青い鳥」における山田尚子監督と牛尾憲輔さん。映画監督あるいは「絵」のほうをコントロールしている山田直子という方と、それから劇中の音楽を作った牛尾憲輔さんの関係(の話)をしたいと思います。

まずはこちらは公開されているメイキング映像のほうをご覧になっていただければと思います。(「リズと青い鳥」メイキング映像を見ながら)実際に歩いてるところを二人して再現しながら打ち合わせしてるんですよね、むちゃくちゃ楽しそうなんですね、これずっと見てたい感じなんですけどね。

—— 山田監督が面白いんだなあ。

そうなんですよ。また、このメイキングから抽出しますといくつも大きな話が出てきています。「絵と音を並行して作る」、まさにその現場をメイキングで我々は見ることができたんですけども、冒頭にお話しましたアニメーションの作られ方、プレスコ、あるいはアフレコでもない、「絵を作りながら音を作る、音を作りながら絵を作る」。これを京アニは何かのインタビューで”新しい挑戦”という風に表現してましたけども、プレスコでもアフレコでもないアプローチ、このインタビュー(=メイキング)の中では”新たな挑戦”というふうに書いてありましたけども、技法としては別のインタビューでこういう技法が実際もうすでに存在するということで、(注:技法についてですが、現在では読めなくなった京都アニメーション公式サイトの日記ページで述べられていたかもしれません)それを用いて作ったのがこの「リズと青い鳥」という映画になります。

それから実際に見ていただければ分かると思うんですけども、絵と音の相互作用というのをかなり意識して作られていますね、場面が変わったら楽しげな音がする、何か不穏な雰囲気になったら音が不穏な感じになる、というような形で、絵と音の相互作用を意識的に最初から作っている。これはギターのフィードバック奏法的というふうに言えるかもしれないんですけども、その一方で絵と音のクオリティっていうのをどんどんどんどん上げていくことができる、これはまあ時間との戦いではあるとは思うんですけども、「リズと青い鳥」に関してはかなりそこをたっぷり時間をとって「いい絵がが来たら負けない音を作る、あるいはいい音が来たら負けない絵を作る」ということを相互にやっている、という話があの各種インタビューで語られていました。

近作では同じような事を「地球外少年少女」の磯光雄監督とそれから赤﨑千夏さん、我々京アニファンからすると赤﨑千夏さんは「中二病」のモリサマーちゃんですけども、彼女の演じるキャラクターの声に非常に驚いて磯光雄監督が絵を描き直したという話がインタビューになってました。

それからのちょっとここ余談なんで切って頂いて構わないんですけども、「リコリス・リコイル」、先ほど説明したように、「リコリス・リコイル」って現場のアドリブで OK だったらいくらでも絵を直しちゃうよって言うぐらい”現場のライブ感”を大事にした作品ですよね。そういうふうな感じで、絵と音との相互作用を意識して作った場合に、何かしら力強さや説得力が増すということを意識的にやっている作品だと思います。

それからもう一つ、先ほどのメイキングでも触れられたかと思うんですけども、音楽だけではなくて音全体を総動員して演出として用いている、これはインタビュー等でも述べられているとおり、実際にその舞台のモデルとなった学校に、音のサンプリングをするために取材に行ったと。いわば音ののロケハンを敢行している。それからサウンドトラックなどを聴いた方はもうご存知だと思うんですけども、環境音楽的あるいは実験学的と呼べる、アンビエントに近いノリが強く漂ってくるような、アニメーションの音楽としたかなり珍しい劇伴を作り上げたと。それは先ほどのメイキングの中では「物音の目線」というふうに表現されています。ですので、かなり特徴的な劇伴が映画の中で使われているということが言えるかなと思います。

ここでふと思いました私。「絵と音をを並行して作るのを我々はすでに経験してるのではないか?」ということです。これを実際に拝見していただきたいのが「リズと青い鳥」第三楽章です。こちら有無を言わせず皆さんレンタルでもブルーレイでも何でもいいですので、この第三楽章の演奏シーン、一番キーになるクライマックスの演奏シーンですね。あそこをご覧になっていただければと思います。

—— (吹奏楽)部室のシーンですね。(注:正しくは音楽室)

はい。演奏シーン、ソロ、第三楽章を通しでと、みぞれが演奏を通しでやっちゃうところですね。(「リズと青い鳥」第三楽章演奏シーンを見ながら)ちょっとここお話しながら見てますけど、演奏そのものもはまだまだ未完成なのでバラバラなんですよね。全然完成度が高くない演奏をしてるんですけども、それがまず音で、そういうオファーで録音したんじゃないかなと思います、その中でだんだんフォーカスがあたっていくのがオーボエの音なんですね、だんだんボリュームが、オーボエのほうのボリュームが上がっていくはずなんですよ。もうここからオーボエを強調してます、ここらあたりはオーボエしか聞こえなくなってますね。ここは「聲の形」でも使われた高域と中域きをがーっと絞って低域しか聴こえなくなってる状態になってます。ここでエコー(注:リバーブが正しい)がかかり始めますね。

日本のアニメーション史上、ひいては日本の映像作品史上でも特筆すべき名シーンだと私は思いますけども、この「リズと青い鳥」第三楽章のクライマックスの演奏シーンを見て私は一言、

「これはクラブの現場を知ってる人にしか伝わらん」

と正直思いました。なんでかって言いますと、吹奏楽の演奏という場面を描きつつ、途中でどんどんどんどん音に手を加えて、オーボエを強調したりフェーダーなりなんなりを使って中高域を絞って低域しか聴こえないような、水の中に入ってるような音に変えたりですとか、途中でエコー(注:リバーブが正しい)を加えてオーボエの印象を強めたりとか、絵に合わせて音もどんどんどんどん、吹奏楽の演奏は本来こういうふうには聴こえないはずなのに、実際に音をいじってしまってるんですね。これはクラブで DJ の方が曲を流してる時に行う色々な操作ですね、私は実際に DJ ではないので詳しくは分からないですけども、実際にDJ である方であれば、ここでどんな操作をしてるかっていうのがすぐ想像できるぐらい、音に対して自覚的に手を加えて、それを作品として盛り込んでしまったということが言えるんじゃないかなと思います。

—— イコライザーとかエフェクターを使って映像作品の世界観をより伝わるカタチにミックスし直してるってことですね?

そういうことです。それをそのまま吹奏楽の生音を流すんじゃなくて、ミックスし直すことでより作品の印象を強める、キャラクターの印象を強める、物語の印象を強めるっていうことに成功してるんですよね。

—— そう、だからDJプレイは演出だっていうことですよね?逆に言うと。

逆に言うとそうです。「ここでこの音がいいんだ、この曲のここがいいんだ、ここ をこうしたらもっとかっこよくなるんだ」、皆さん DJ の方って必ずやるじゃないですか。

—— 山田監督と牛尾さんはこのシーンでブチこんでると。

ブチこんでます。「リズと青い鳥」を見た時に、知り合いのDJの方に今すぐ見に行けって言ったんですよね、アニメファンじゃなくて DJ の方じゃないと、やってる意味が分からないだろうと思ったんですよ。とにかく見に行って感想聞かせてくれっていうふうに片っ端から声かけて、良い、とにかく見に行けって言ってたんですけども。アニメではなくて、クラブミュージックの文脈で見ないと、やってる事の意味が本当にわからないんじゃないかなと思うところが少々あります。

—— (笑)。確かに。吹奏楽部でも分かんないですもんね。DTMとかやってないと。

分かんないです、はい。しかもDTMで作品を作ったとしても、それを実際にプレイして、 DJ のクラブミュージックとしてプレーされてる現場を知らないと、DJがー

—— 分かんないですよねえ。

その感情を盛り上げるために色々な手を音楽に対してどんどんどんどんリアルタイムで付け加えてるっていうことを実際にやってるっての知らないと、これを見て何でこんなに感情をかき乱されるんだろうかっていうのの理由が、完全には理解できないと思うんですよね。見ていただいた通り、絵の演出があり、それから実際の演奏があり、それに対して音の演出も加わって、はじめてここまで感情を揺さぶる映像(作品)がモノになるということをやってしまったというのが、「リズと青い鳥」の第三楽章の演奏シーンの肝だと私は思います。

で、結論として、私は山田尚子監督をこう評したいと思います。

山田尚子監督は、今見ていただいた通り、アニメを含む長編の映像作品において極めて稀だと思うんですけども 、VJ それから DJ、 その両方の感性を兼ね備え、映像と音楽・音響の両方を鋭く操る作家である

というふうに言いたいと思います。

とりあえずこれを結論としたいと思いますけども、続きがあります。ようやく、これからの話。既に(アニメ)「平家物語」という作品を作った新しい山田尚子監督と言っていいかもしれませんけども、これからのことをちょっと軽く述べたいと思います。

新しい挑戦、(アニメ)「平家物語」で山田尚子監督はいくつかの新しい挑戦をしたと思います。まず一つ、ホームグラウンドが大きく変わったというところですね。キャリアの大半を占めた京都アニメーションからサイエンスSARUが製作を行ったということ、京都アニメーションはご存知の通り非常にコンパクトなスタジオで京都の宇治でスタジオを構えて少数のスタッフでアニメーションをずっと作り続けているわけなんですけども、(アニメ)「平家物語」のクレジットを見ていただければわかるんですけども、非常に多くの皆さんが関わって作る、日本では一般的なアニメ製作のフローに変わっています。その中で(アニメ)「平家物語」という山田尚子監督の新しいアニメーションに作られたということはかなり、方法論ですとか意思伝達の面も含めて、チャレンジがかなり大きかったんじゃないかなと想像します。

それから二つ目が、映画「聲の形」とそれから「リズと青い鳥」という、この二つの映画で非常に大きな評価を得た、実際に賞もいくつも取ってますけども、映画を撮った後にテレビシリーズに戻ってきた、これはなかなか、アニメ監督はたくさんいらっしゃいますけども、映画とテレビシリーズをフラットに行き来できる監督というのはなかなかいらっしゃらない、アニメから映画にシフトして(成功して)、映画のまま帰ってこない監督もいらっしゃるわけですね。その一方で富野由悠季監督みたいに映画だろうがテレビシリーズだろうが何でもアニメなら任せろみたいな感じでものすごい勢いでいまだだに作品を作り続けている偉大な方もいらっしゃるわけなんですけども、それから押井守監督も映画監督として実写までやって、もうテレビシリーズやらないだろうと思っていたら近年はテレビアニメに戻ってきたりもしてますし、そのあたり、何かアニメーションの作り方、アニメーション捉え方の中で山田尚子監督がこういう動きをしたというのは、注目すべき動きじゃないかなと思います。

それからもう一つ、(アニメ)「平家物語」のなかでは、 非常に多くのジャンル、非常に多くの曲、テイストも何もかもが違う曲がかなりたくさん使われています。これは実際にインタビューで語られてますけども、こういう劇版を用いたのはアニメ映画とは違って、たまたま偶然目にすることが多いテレビアニメというメディアの特性を考えて(インタビューでは)”口当たりの良さ”と言ってますけども、間口の広さと言い換えてもいいかもしれません。とにかく、誰かがたまたま見た時に「おっ」っと思われる、きっかけづくりをたくさんしたいという思いがあったようで、それのための劇伴をたくさん用意したというようなニュアンスで語られていました。

“新しい挑戦”を見た感じで、私が先ほどの山田尚子監督の評価を踏まえて(アニメ)「平家物語」を表現すると、

山田尚子監督にとってアニメ映画というのは DJ の皆さんが言うところのロングセット、それに対してテレビシリーズというのはショートミックス

というようなアプローチで作られてるのかもしれません。

で、その一例を(アニメ)「平家物語」のエピソードからご覧になっていただきたいと思います、第7話。 Amazon プライムに「平家物語」はありますので各種ストリーミングサービスで見ていただければと思います。

(アニメ「平家物語」第7話エピローグ〜エンディングを見ながら)音楽が一緒に聴いていただければ、一番、一発でわかるんですけどね。(早見沙織さん演じる時子の)ボーカルにエコー(注:リバーブが正しい)が入って、ボーカルが消え劇伴だけになったところで、(千葉繁さんが演じる後白河法皇 )の語りが始まります。この、劇伴からエンディングのこの曲に繋がるところが隙がないんですね。

—— エンディングにちょっとかぶっちゃてる。

ちょっと被っちゃってるんですよ。これを見た瞬間に鳥肌がブワーッと立つぐらい、あまりにも繋ぎが見事っていう、よくクラブに行ってる時に、「これこう繋ぐか」って DJ の人がめちゃくちゃいいプレーした時に「うおお」ってなる瞬間あるじゃないですか。

—— はい、ありますね。

あれなんですよ、これ見た時に。この曲、「この劇伴からこのエンディングにこう繋ぐか」って、見事としか言いようがない。これも多分コマ単位で詰めてますね、おそらく。編集の段階でギリギリまで気持ちよくなるタイミングでつなぐっていうのを決めて、この曲のこの終わりから、コンマ何秒かでエンディングに入りますっていうの決めてる。本当にここ見事です、惚れ惚れとしますね。多分”ショットが何杯か飛び交ってる感じ”ですね(笑)。

——(笑)。

でもこんな感じで(アニメ)「平家物語」の全体を、音楽と映像で見ていくと非常に緻密に映像と音が組み合わされているというのが分かると思います。

——(アニメ)「平家物語」のDJ演出の話で、最終話の最後の最後にびわが「諸行無常の〜」って歌ってるんですよね。で、そこから、フェードアウトしていくんですよね、声が。(それに続いて)重盛の声がフェードインしてくるんですよね。その演出に僕はビビりましたね。

はい。

—— それは何でかって言うと、びわは重盛の目を持って最後まで見届けたという意味にもなりますし、びわの声と重盛の声が若干ズレてるんですよ。完璧にユニゾンしてない。その「ズレる」っていうのが、「平家物語」が口伝、口で伝わってきたっていうところの、ちょっと伝わるたびに(話の内容が)ズレるのを表現している。という意味で、「これDJじゃないと思いつかないな」って思ったんです。

はい、ですね。

—— これもぜひ見てもらいたい。(パ)さんが言う、山田監督と牛尾さんはDJ的な演出をアニメに入れてるということの一例なんじゃないかなと思いました。

しかも今のズレというのが、重盛がオリジナルとすれば、びわっていうのはカバーしてるわけですよね。オリジナルとは違いますよっていうことを、そのズレによって表現してる、そのズレを意識的に見せることによって、びわが言い聞かせてることが重盛の本心なのかどうかは結局わからないっていうことにも繋がって、だからオリジナルとそれからその DJ が実際にプレイしている現場の音っていうのは、それぞれ並び立つというか、独立した存在であって、両方をあたると面白いよっていうことを表現してるっていう事も言えるかもしれないですね。

—— たぶん重盛の声が最後フェードアウトしていったと思います。で、フェードアウトっていうのはDJミックスとかでもよくあるんですけど、20曲とか入ってる曲の最後がフェードアウトされていったりしてるんですよ。それは何でかって、DJ TASAKAが昔インタビューで言ってた覚えがあるんですけど、「クラブのイベントはまだ続いてるからフェードアウトしていく」と。音は切らない。

ああ、なるほど。

—— 重盛の声もフェードアウトしてくんだけど、たぶん他の琵琶法師が「平家物語」を繋いでいってるっていうのは、裏でたぶん流れていってるんだと思います。

はい。だからフェードアウトで終わる。それはすごくいい話ですね。

—— 山田監督はどこかで語ってたんですけど、映像をフェードアウトする意味っていうのを、事情が続いてるという表現として捉えてるみたいな話があった気がします。

そうですね、音楽のフェードアウトもそうですし映像もそうですけど、フェードアウトっていうのは続いてるっていう余韻を……(注:トークが白熱し始めて止まらなくなったのでフェードアウトします)

ぜひこの(アニメ)「平家物語」は、各種ストリーミングサービスで今ご覧になれると思いましたので、映像と音のつなぎ方に注目しながらご覧になっていただければと思います。



その6に続く)
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