2016/09/03

「響け!ユーフォニアム」深読み:舞台装置としての宇治(3)

(2)からのつづき

前回の終わりに書いた、

『「ユーフォ」の主人公である久美子の日常空間は、宇治川左右の川岸と、それを結ぶ宇治橋によって構成されている』

という話を、物語の中で出てきた土地や建物を含めて簡単な図に起こしてみた(念のため劇中には登場しない平等院も入れてある)。



宇治川と宇治橋で規定される空間にこれだけのロケーションが詰まっていること自体が驚きだが、ここでちょっと基本的な話をする。

宇治はもともと歴史の古い街で、源氏物語の「宇治十帖」の舞台としても有名である(…と偉そうに書いたが、ワタシはこういうのにとても弱いので識者から教えていただいた)。ここで興味深いのが、『フィクションであるはずの宇治十帖のそれぞれのエピソードについて、「聖地」が実在する』という事実である。

(宇治市 源氏物語ミュージアムのwebより引用)

江戸時代の好事家によって言わば「二次創作」された「宇治十帖の聖地」が、冒頭の図と微妙に位置を重ね合わせながら、宇治の人々の生活空間に現存していることの意味を、よく考えてほしい。同時に、道を歩けば史跡に当たり、土地を掘れば必ず何か古いものが出てくるような街を舞台にして、新しい物語をつくることの困難さも。

なお、「宇治十帖の聖地」のひとつである「総角(あげまき)」にちなんだ石碑が、「ユーフォ」第8話に登場している。こういうところひとつを取ってみても、「ユーフォ」制作陣の「ロケ地の扱いの思い切りの良さ」を再認識できるだろう。



さて、今回の話もいったん整理する。ちょっとだけ次回へのネタ振りも。「ユーフォ」の主人公である久美子の日常空間は、繰り返し述べている通り宇治川と宇治橋によって規定されるが、このような「街に物語を当てはめる」行為は、歴史があり物語に富む街に住む宇治の人々にとっては、昔から慣れ親しんだものではないか。従って、宇治に本社を構える京都アニメーションが制作した「ユーフォ」はとても慎重に設計されており、「ロケ地の扱いの思い切りの良さ」は、その現れなのではないか。次回はそのあたりのロジックを探る予定。

(4)へつづく