2016/09/04

「響け!ユーフォニアム」深読み番外編:「聖地」を超えて

「響け!ユーフォニアム」深読み:舞台装置としての宇治』シリーズの余談めいたもの。本編は上記のリンクを辿ってお読みください。

今年の夏も、あの「鼻血が出るほどの」暑さを体感したくて、宇治の街へ行ってきた。「久美子の日常空間」である宇治川周辺を軽く周った後にちょっとしたご縁に恵まれて京都市へ向かうことになり、話の流れで「たまこまーけっと」「たまこラブストーリー」の「聖地」である、出町桝形商店街周辺と、京阪電鉄藤森駅〜聖母女学院周辺を探索することになった。なおワタシは上記2つの作品を後追いで軽く見ただけなので、細かなディテールをあまり意識していなかったことをあらかじめお断りしておく。

【出町桝形商店街周辺】





商店街のアーケードをくぐった瞬間、「たまこま」のオープニング曲「ドラマチックマーケットライド」の歌詞の最後を思わず呟いてしまった。
まるでどんなパーティーもかすむような
きらめく場所ね、ここは
確かめてみて!
仰る通り、確かめてみるまで分からなかった。「たまこま」のメルヘンチックな世界観は、脚色でも何でもなかった。出町桝形商店街は、京都市中心部の他の大型アーケード街とは全く異なる、下町情緒にあふれ、カラフルでポップで人情味のある場所であった。ここで渋谷系っぽいアニソン中心のクラブイベントを開いたら楽しいかもなあなどと妄想しつつ、その一方で、作品の発表から数年が経ち、劇中に登場した店のモデルがいくつか閉店している現実を直視させられもした。

また、商店街から歩いて数分のところにある、京都でも随一の観光名所にして「たまこラ」の象徴的な場所でもある鴨川デルタの飛び石は、言ってしまえば市民の憩いの場そのもので、真夏に涼を求める京都の人たちで賑わっていた。

次に、出町桝形商店街の最寄り駅である京阪電鉄出町柳駅から、同じく京阪電鉄の藤森駅に移動した。

【藤森駅〜聖母女学院周辺】




iPhoneの容量が不足して満足に写真が撮れなかったのが悔やまれる。雷に撃たれたようなショックを受けたのは、藤森駅を降りてすぐに目に入る琵琶湖疏水にかかる橋を見たとき。「たまこま」でなにげなく出てくるこの場所が、こんなにアクロバティックな構造をしてたなんて想像もしていなかった。

京都は千年以上の歴史を持つ。条坊制と呼ばれる碁盤の目状の都市構造を守り続けているこの街が、その長い都市化と近代化の過程で様々なインフラを整備するにあたって、碁盤の目に沿うように手を入れるのは自然な発想である。だが、千年前から続く街並みを縦に貫く鉄道と琵琶湖疏水、それらの上をさらに直交する形で作られた名神高速道路が、時代を超えて濃縮されて普通に共存している風景は、歴史もインフラもない北海道の片田舎で育ったワタシからすれば驚異以外のなにものでもなかった。


さてここからは、妄想という名のちょっとした思考実験である。

前述の通り、京都は非常に長い歴史を持つが、同時に現在進行形の大都市でもあるため、古いものと新しいものが凝縮されており、それゆえ、「いかにもフォトジェニックで意味深な」ロケーションには事欠かない街である。京都アニメーションは、この豊富なロケーションの存在と立地的に有利という理由によって、京都とその周辺地域を舞台としたアニメを作り続けてきたと言える。これらを軽く俯瞰してみよう。事実誤認があるかもしれないのであらかじめ謝っておく。
  • 京阪電鉄は、「たまこまーけっと」「たまこラブストーリー」の舞台である京都中心部、「中二病でも恋がしたい!」「中二病でも恋がしたい!戀」の舞台である滋賀県の大津市周辺(琵琶湖の南端)、「響け!ユーフォニアム」の舞台である宇治市を繋げている。
  • JR京都駅は「けいおん!!」の修学旅行編で登場するが、「たまこラブストーリー」の極めて印象的な場面でも用いられた。
  • 「けいおん!」「けいおん!!」の校舎のモデルである旧豊郷小学校は、滋賀県犬上郡豊郷町…平たく言えば琵琶湖の東側にある。
  • 京都聖母女学院は「たまこまーけっと」「たまこラブストーリー」でたまこたちが通う学校のモデルであるが、「響け!ユーフォニアム」の川島緑輝の出身校である「聖女中等学園」の関連性も考えられる(名前だけ借用した可能性もあるが)。
「氷菓」や「境界の彼方」なども含めて探せば、他にも何か出てくるかもしれない。これらの符合を偶然の産物として片付けてしまってよいものだろうか?

そして、京都アニメーションが今後もこの調子で京都とその周辺の街をロケ地に据えてアニメを作り続けていくとしたら、一体どうなるだろうか?

もしかしたら、富野由悠季監督とサンライズが中心となって作りあげてしまった、個々の作品は独立していながら世界観を共有する「宇宙世紀(UC)」の歴史物語みたいになるんじゃないか?

京都アニメーションの作品群は、京都とその周辺の街を「聖地」化しながら次々と繋げて「大きな物語」を紡いでゆく、壮大な社会実験と言うべき存在になるのかもしれない。それをワタシはこう名付けた。
…こんなものは妄想に決まってるので、深追いせず心の中にしまっておこうと思っていたところ、こんなツイートが目に入った。新作映画「聲の形」公開を記念した京都アニメーション作品の劇場上映会の舞台挨拶で、山田尚子監督が以下のようなことを仰ったらしい。
京都の暑さにやられて頭がクラクラしてたからワタシはこんな妄想をしたのだとばかり思っていたが、中の人もどうやらまんざらでもないらしい。

たとえキャラクターの交流が描かれなくても、世界観がどこかで繋がってさえいればよい。それを百年続けてくれれば、千年後には、京都とその周辺の街を舞台とした京都アニメーションの作品群は源氏物語と見分けがつかなくなる。全く楽しみな話だが、このタイムスパンだと、どうがんばってもその全貌を知ることができなさそうということだけが残念である。






(最高に楽しかった2016年夏の京都の思い出を最後に添えて)

「響け!ユーフォニアム」深読み:舞台装置としての宇治(6)

(5)からのつづき。これで最後、想定より長くなってしまったがもう少しだけご容赦いただきたい。

これまで述べてきた通り、「響け!ユーフォニアム」における宇治市の扱われ方は、他のアニメの「聖地」と決定的に異なるように思われる。その理由は、宇治市の中心を流れる宇治川と街のシンボルである宇治橋によって構成される、街の規模に比べて小さな空間が、まるで野外劇のための舞台装置を設計したかのように描かれているからに他ならない。漠然とロケハンして、見栄えのいい場所を継ぎ接ぎして作ったらこうはならないし、明確な意図を持っていなければ、その街にある世界遺産を描かずに済ますのは難しい。京都アニメーションが「ユーフォ」で自社のある宇治市を扱うにあたってどのような意図を企てたのかは、想像の域を出ない。しかし、歴史が古く豊富な観光資源と物語に恵まれながら同時にありふれた日常を送る生活空間という複雑極まる街の構造を、おそらく地元住民ならではの視点で注意深く大胆に整理した手際の鮮やかさは賞賛に値すると思う。この舞台設計があったからこそ、「ユーフォ」の物語、キャラクター、そして宇治の街という「新しい聖地のあり方」が、一層印象深く、一層輝いて見えるのである。この一連の記事を読んで「ユーフォ」と宇治市の魅力を再発見する方が仮にいらっしゃったなら、長々と妄想を吐き出した甲斐があったというものである。


アニメのロケハン主義と「聖地」化事例は、これからも増え続けるだろう。ではその街が物語にどれだけフィットしているか、その場所が持つ文脈をどれだけ掬い上げているか、「新しい聖地のあり方」を提示した2015年春の「ユーフォ」以降のご当地アニメは、そこが問われることになる。現時点では富山に本社を構える「クロムクロ」のP.A.WORKSが似たようなアプローチの作品群を生み出しているので、注目している。

さて、「ユーフォ」は劇場版を経て2016年10月から2期が始まる。この仮説、すなわち

『「ユーフォ」の主人公である久美子の日常空間は、
宇治川を中心としたひとつの舞台装置として構成されている』

は、そのまま適用可能だろうか。自分で言うのも何だが、個人的には否定的な見方をしている。理由は原作小説を読了済みなせいもあるのだが、既に発表されているキービジュアルやPV等から、ただならぬ緊張感を読み取ってしまっているためである。新しいキャラクターを加え関西大会という新しいステージに向けてどのような物語が紡がれるのか、期待と不安の両方の気持ちを抱えながら待ちたいと思う。



以下、余談:
  • 北宇治高校と京阪宇治線と京阪電車については考察の外に追い出してしまったが、それぞれ深読みしがいがあるテーマだと思う。特に京阪宇治線。
  • 非日常空間の延長と位置づけた山城総合運動公園・太陽が丘の陸上競技場(サンフェス会場)や宇治市文化センター(再オーディションの場所)、京都コンサートホール(府大会会場)なども同じく考慮外。こちらは単発エピソードっぽいところがあるので、深読みしてもあまり意味は無さそうである。
  • 実在しない久美子の住むマンションや北宇治高校など、意図的にフェイクが混ぜてあるのは別建てで考察したい。逆に、現時点で消えてしまったランドマークが宇治でさえ存在するのは、正直ショックではある。
  • この仮説に基づいて番外編(第14話)「かけだすモナカ」を見ると、とても新鮮な気分が得られるのでオススメ。
  • 逆に、劇場版ではエピソードや日常シーンがかなりカットされているので、この仮説をそのまま適用するのは難しいと思われる。


…ここで終わるはずが番外編を書いてしまったので、こちらからどうぞ。

「響け!ユーフォニアム」深読み:舞台装置としての宇治(5)

(4)からのつづき

では、アニメのロジックで「ユーフォ」の主人公である久美子の日常空間を眺めてみよう。(3)で掲載した図を再掲する。



この、宇治川と宇治橋で規定された空間を、いよいよ「仮説」に基づいて抽象化してみる。その「仮説」とは、

『「ユーフォ」の主人公である久美子の日常空間は、
宇治川を中心としたひとつの舞台装置として構成されているのではないか』

というものである。具体的には以下のイメージ:
  • 宇治川:街の構造の起点、分断する流れ、強い力、観客(=我々)の視線の方向、
時間や若さのメタファー(=水のモチーフ)
  • 宇治橋:街のシンボル、左岸(下手)と右岸(上手)を繋ぐもの、舞台、演者の場所
  • 宇治川左岸:下手、俗なるもの、安易なもの、平凡に甘んじるもの、交友、地獄
  • 宇治川右岸:上手、聖なるもの、崇高なもの、高みを目指すもの、孤独、天国

では仮説の具体的な検証として、キャラクターの配置や動きを眺めてみよう。

滝先生の場合:右岸の住人



滝先生がこの空間に現れるのは第1話だけで、右岸にある宇治神社へ「わざわざクルマに乗ってやってきて」参拝する。彼は寺社仏閣巡りが趣味なので、宇治神社の格が高く学問の神を祀っているのを知っていたと思われ、おそらく学業成就=吹奏楽部指導の成功を祈願したに違いない。そして「地獄のオルフェ」≒天国と地獄について言及して去っていくのは、この空間の構造を暗示しているようでもある。

麗奈の場合:右岸の住人





麗奈は劇中で常に右岸に現れ、一度も宇治橋を渡らない。自宅も大吉山周辺と明言されている。トランペットを習っているので宇治橋を渡って市街のどこかへ行っている気がするのだが。なお引用した画像の1枚目と3枚目、ともに宇治神社が背景であることに注意。

葵ちゃんの場合:左岸の住人





葵ちゃんは第2話で宇治橋を右岸から左岸に渡って以降、左岸にしか登場しない。久美子の幼なじみなので家は久美子と近いはずで通学路もほとんど重なるはずだが…。なお3枚目の背景が宇治橋なのに注意。

久美子と秀一の場合:??






久美子はいかにも主役らしく、劇中でこの空間内のあちらこちらに現れて、宇治橋を行ったり来たり忙しい。自宅は左岸にあり、同じく左岸の通称久美子ベンチが定位置ではあるが、右岸を通学路にして右岸の川べりに座ることもある。そして秀一も久美子に付き合うように居場所が安定しない。なお第12話から引用した5枚目の画像は「うまくなりたい」と叫ぶ直前のものだが、遠くに見える2本の煙突は、第2話で葵ちゃんが宇治川を渡るシーンでも映し出されていることに注意。こういう「いかにもフォトジェニックで意味深な」風景がそこかしこに存在するのが、宇治の街の極めてユニークな点だと思う。



葉月の場合:……





葉月がこの空間に登場するのは第6、8話。初心者らしく素直に「うまくなりたい、チューバは」と呟くのは(思いっきり引きの場面で分かりづらくて恐縮だが)右岸で、秀一に振られるのは左岸、そして宇治橋の途中で泣き出してしまう。この分かりやすさが彼女の魅力ではあるのだけど。

そして第8話「おまつりトライアングル」の構造も簡単に整理しておこう。北宇治高校吹奏楽部員の多くは左岸で行われている(お祭りとしてはわりと俗っぽい位置づけらしい)あがた祭へ出かけたが、久美子は麗奈と右岸の大吉山へ登り、そこで麗奈の「特別になりたい」という感情の吐露を受け、久美子が呆然となってしまう。



麗奈は久美子が成り行きで誘い出したわけだが、麗奈はこれ幸いと久美子を自らのホームグラウンドである右岸に引っ張り込む。要するに「一緒に特別になってほしい」という左岸の住人である久美子への神聖な「愛の告白」なのだが、それを右岸の宇治神社の奥にある物理的にも高い大吉山の上で、左岸のあがた祭や葉月・秀一の恋愛模様と対比しながら描くというのは、ほぼ完全に「仮説」を実証する構図と言っていいと思う。

長くなってしまった。仮説を再度記す。

『「ユーフォ」の主人公である久美子の日常空間は、
宇治川を中心としたひとつの舞台装置として構成されている』

ぜひ、他のエピソードもこの仮説に基づいて見直していただきたい。必ず新しい発見があることを保証しよう。

最後に軽くまとめて終わりにする。

(6)につづく