For short, " I. M. G. D. "
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Light up your room, and browse away from the monitor, please! :-)

2016/08/28

社会的再起動宣言とキリギリス的アラフォー・アラフィフ世代の転職事情

event_note
以前、こういう話を書いた手前、今回も自分の頭の中を整理するために軽くまとめておくことにします。
この前後の流れをざっくりまとめると以下の通り:
  • 2012年末:当時在籍していた会社の人事から、ワタシだけが隔離された部屋での超短期集中型研修+休日を返上した複数の資格取得を命令される(=事実上のクビ宣告)
  • 2013年春:必死に食らいついたものの体調に変調をきたして強制休養入り
  • 2013年末:体調が上向いてきたので元の会社の人事面談を受けた際に、産業医から(とても医者とは思えない)所見を言われて逆に体調が悪化して再休養
  • それ以降、約1年間にわたり、ほとんど外出できず、アニメを見たり音楽を聴くどころかネットさえまともに触れられないような状態が続き、寝っ転がりながら天井をぼんやり見上げる日々を過ごす。体重が20kg減って10kg増えたりしたのはこの頃かな?
  • 2015年5月:主治医から「現在の職場に在籍している限り体調の治癒は不可能と思われる」旨の診断がくだり、元の会社を退職
  • 以降、主にアニメ視聴でリハビリしながら現在に至る
…とまあ、他にもいろいろあったんですが、「ずっとこのまま夏を続ける」わけにもいかないので1年以上にわたる求職活動のすえ、ワタシを拾ってくれる会社がやっと見つかって、9月からの社会的再起動が決まりました。実際にはフライングで8月末から働き始めるのですけどね。上記の間、特に、まともな社会生活を送れなくなっていた時期にいろいろ気にかけてくれた皆様には感謝することしきりです。この場を借りてあらためてお礼を申し上げます。
(いまの心境を久美子の表情で表現してみましたw)

さて元の会社は福利厚生が充実していると評判で、実際、女性が働きやすい、産休と育児休暇が取得しやすい職場ということでよく知られていたのだけど、その一方でかなりえげつない人員整理を進めていたことは社員の間では有名で、自分が組織にフィットしていない自覚はあったし周りともうまくいってないと思うことが多々あったので警戒はしてました。なので、途中で干されて事実上のリストラ宣告を受けた時点で転職活動を開始すべきだったと今でも思うのだけど…あとはICレコーダーを持ってなかったことも大失敗で…まあ過去の話は止めよう。

今回、久しぶりに完全無職になって細々と食い繫ぎながらハローワークで職を探す日々が続いたんだけど、これがまあ大変でした。具体的にはこんな感じ:
  1. 自分にこれといったスキルとキャリアが無いため、門前払いを食らうことがほとんど
  2. ハローワークに載ってる求人情報が正確で信用できるとは限らない
  3. IT・SE企業特有の多重請負体質により面接が突発的に何度もセッティングされるので自分の予定が立てられない
1.は説明不要。自業自得とは言え、ワタシくらいの歳になると、履歴書と職務経歴書にそれなりの資格や年齢に見合った職歴や業績が書かれていなければ、各会社の採用担当はまともに読んでくれないようです。最初は正攻法で履歴書を手書きして送ってたんですが、さすがに途中で馬鹿馬鹿しくなって「数を撃って当てる」方針に変更して、印刷した履歴書を送るかpdfをメールする募集に切り替えました。それでも面接まで辿り着いたのは応募した数の1/4以下じゃないかな…?ともかく、手書きの履歴書強要なんて慣習は滅びるべきですね。

2.はハローワークの求人票を見て応募して実感したこと。いちばん酷かったのは、最初に簡単な面接だけして、後は求人内容とかけ離れた業務と伝えた希望から明らかに低額の給与体系を、一方的に、書面ではなく口頭で提示されて、今すぐイエスと言えと迫られたケース。要するにそこの実態は人材ブローカーだったんだけど、似たような感じの釣りっぽい求人が割と普通に載ってます。こういう変なところに関わると無駄な手間が増えるだけなので、求人票はしっかり読み込んで、最初の面接でも遠慮なく突っ込んだ話をすべきだと思いました。ちなみにハローワークは求人紹介のための組織なので、実際の業務契約の段階で発生した先の例のようなトラブルには具体的に介入できないそうです(電話をして確認しました)。

3.は他の業界の状況を知らないから何とも言えないけど、ITあるいはSE業界では、例えばワタシがA社の求人に応募したら、実はそれがA社からB社を経由したC社が業務を担当しているD社の仕事で、最終的にはD社の面接を受ける必要があって、そこに辿り着くまで面接が3〜4回発生する、といったことが常態化しているわけです。各段階の面接はそれぞれの会社の都合で日時と場所が突然セッティングされるので、特に今年に入ってからはイベントに参加したり旅行する等の「時間を多く消費する・自宅を不在にする行動」を控えざるを得ませんでした。雇用される側からすれば最初からワタシがD社と直接話をすればいいだけなんだけど、この業界って上記のような多重請負(表面上は協力会社とかビジネスパートナー=BPと呼ぶことが多い)の構造的な問題を本気で解決する気が無いっぽいんですよね。いろいろ理由はあるんだろうけど、こっちは時間と交通費が削られる一方なので、なるべくシンプルにしてほしいところです。

で、ここまでは普通にある話だと思うので、もう少し。今回、きっかけはともかく原因のはっきりしない体調不良を発症したのと前後して、自分の親兄弟全員にそれぞれ大きな危機が同時多発的に発生したのは、年齢的なものがあるとはいえ、いくらなんでもいっぺんに来すぎと正直思いました。紆余曲折あって現在はひとまず落ち着いたところですが、自分の身体を治すのや仕事を決めるより先に、部屋を引き払って北海道に戻るか否かを、戻ったところで全く何の役にも立たないことが理屈では分かっていながら、何度も何度も考えました。それくらいの危機だったということです。まあ今でも全く油断はできないわけですが。

でもそれは、別にワタシだけが特別ではなくて、他の同年代の求職者も似たようなものなんですよね。その人たちはワタシと違ってだいたい自分の家庭を持っているから、輪をかけて必死です。とある中小企業の中途採用説明会に、名前を出せば誰でも知ってる某超一流外資系IT企業と某国内超大手電機メーカー出身の部長クラスの人たちが現れて、ワタシの事情と似たような話をし始めたときは、軽く絶望しました。こんなエリートたちとの競合は避けて、地元のタクシードライバーになろうかと半ば本気で考えた時期もあります。この1年余りの求職活動を通じて得た感触として、現在の日本の労働市場において、それぞれ事情を抱えているものの本人自体は有能なアラフォー・アラフィフ世代の人材はかなり余ってると思ったのですが、企業側との(おそらく待遇や給与面での)アンマッチで職にありつけない状態なんじゃないかなあ。とてももったいない話だけど、個人的には、頼むから自分の席を先に取らないでという気にもなったりしました。

とりとめがなくなったので強引にまとめ。以上の実体験から得た結論として、自分のように大してスキルとキャリアを持たずキリギリス的に仕事をしてきたアラフォー・アラフィフ世代の転職(再就職)は、想像するよりずっとシビアであると言わざるを得ません。特に以下の点が充分でなければ、それなりの苦労を覚悟した方がよいと思います:
  • 長期戦に備えて貯蓄が充分以上にある
  • いつでも職務に復帰できるよう体調が万全である
  • 履歴書に「即戦力的に使える」資格を、また、職務経歴書に際立った職歴・業績を、できるだけ多く書き込める
  • 家族や親兄弟が大きな身体的・社会的問題に直面していない
  • 通勤時間が想定以上に長くなっても気にしない、あるいは引越などでカバーできる柔軟性がある
  • それまでのキャリアとは違う仕事へストレスなく望める気構えがある
  • 面接等で自分のストロングポイントを充分にアピールできる会話力がある
他にもいろいろありますがこのへんで。まあともかく、9月からは数ヶ月〜年スパンで社会復帰にほぼ全力をそそぐことになるので、各種イベント参加やネット上その他のプライベートな活動は引き続き縮小状態のままだと思います。今回は思うように休みが取れなさそうな仕事だし。調子が掴めたら徐々にいろいろ復帰する方向で考えてはいますけどね。例によって気まぐれであちこちに顔を出すことがあるかもしれないので、そのときはよろしくお願いします。

…最後にもうひとつ。職場にいるときいつでも使えるよう、コンパクトなICレコーダーを常に携行することを強くオススメします。これはワタシの世代だけではなく、若い皆さんにも言っておきたいことです。自分の身を守るために。

2016/08/24

21世紀のニューシネマパラダイス

いつものように妄想をスケッチしておく。

自分の映画視聴経歴なんて全く威張れたもんじゃないんだが、1984〜85年前後の映画だけは度々映画館へ見に行っていた。理由は、ちょうどその時期の学友のツテで無料チケットが簡単にもらえたから(そいつは映画に飽きてしまってチケットを持て余していた)。当時の田舎の映画館は総入替制ではなく、気力と体力さえあれば3本立てを朝から晩まで見続けることができたので、結果としてかなりの本数の映画を見ることができた。この体験はラッキーだったのだなあと、最近になって思い返すことが増えた。理由を先に言ってしまうと、現在(2015年くらいから16年の今まで)の映画は、あのときと同じように洋画邦画実写特撮アニメ関係なく大豊作に見えるからだ。

実例を、1984年(ちなみにロサンゼルスオリンピック開催年)、1985年に日本で公開された映画のなかから、(ワタシが実際に見たものを中心に)ざっとピックアップしてみた。

1984年:
  • ザ・デイ・アフター(第三次世界大戦での核戦争後の世界を描いた近未来SF)
  • うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー(押井守による伝説のカルト映画)
  • プロジェクトA(時計台のスタントシーンが超有名)
  • 風の谷のナウシカ(説明不要)
  • さよならジュピター(日本SF界の総力を結集したはずがいろいろあって…)
  • ブレインストーム(サイケからサイバーパンクを経て現在のVR・ARに繋がりそうなSF)
  • インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説(シリーズ2作目)
  • メイン・テーマ/愛情物語(角川映画全盛期の代表作)
  • 超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか(SFロボットアニメの傑作+現代風アイドルアニメの嚆矢)
  • フットルース(MTV時代の青春映画、主題歌が大ヒット)
  • ライトスタッフ(宇宙開発全盛期に音速の壁を人類ではじめて突破した人物を描いた名作)
  • 麻雀放浪記(阿佐田哲也原作小説の映画化、終戦直後の博打打ちの泥臭さをたっぷり味わえる)
  • ゴーストバスターズ(いまやってるリメイク版のオリジナル)
  • グレムリン(動物をお風呂に入れるのって苦労するよねという映画)
  • 天国にいちばん近い島/Wの悲劇(角川映画全盛期の代表作)
  • ゴジラ(いわゆる'84ゴジラ)
1985年:
  • 死霊のはらわた(スプラッタームービーブームの火付け役)
  • アマデウス(天才モーツァルトへの嫉妬に狂ったサリエリを描いた超名作)
  • ベスト・キッド(ワックスがけこそカラテの奥義。イヤーッ!)
  • ネバーエンディング・ストーリー(超有名ファンタジー小説の映画化)
  • ターミネーター(親指を上に向けて溶鉱炉へ沈んでいくのは先の話)
  • 乱(黒澤明最後の時代劇映画)
  • ペンギンズ・メモリー 幸福物語(CMで人気が出た可愛らしいペンギンキャラで釣られると痛い目に合うカルト映画)
  • マッドマックス/サンダードーム(シリーズ3作目)
  • 台風クラブ(日本型青春映画の佳作)
  • キリング・フィールド(カンボジアのポル・ポト政権下での大虐殺を描いた問題作)
  • タンポポ(伊丹十三監督によるラーメンアクション?映画)
  • バック・トゥ・ザ・フューチャー(偉大なるシリーズ第1作)
なお1983年には「スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還」が、1986年には「エイリアン2」が公開されていることを付記しておく。

さて、2015〜16年をざっくりと見渡してみよう。下記は完全に主観でピックアップしたもの(なので日本のアニメが多くなっているけどご容赦):
  • ラブライブ! The School Idol Movie
  • 海街diary
  • マッドマックス 怒りのデス・ロード
  • ガールズ&パンツァー 劇場版
  • スター・ウォーズ/フォースの覚醒
  • KING OF PRISM by PrettyRhythm
  • ちはやふる -上の句-/-下の句-
  • アイアムアヒーロー
  • 劇場版 響け!ユーフォニアム〜北宇治高校吹奏楽部へようこそ〜
  • ズートピア
  • 帰ってきたヒトラー
  • シン・ゴジラ
  • ゴーストバスターズ
これより前の「パシフィック・リム」と「アナと雪の女王」あたりを付け加えれば、話題に釣られて見に行った作品が少なくとも2つ3つくらいあると思う。この、様々なジャンルとモチーフにわたって良作駄作が入り乱れるなか、傑作と人気作と半ばカルト化した作品が揃っていて、それを皆が好きずきに話をしている風景が、何となく1984〜85年のそれと似ているように思えてしょうがないのだ。例えば、自分の人生を完全に狂わせた「ビューティフル・ドリーマー」も、大して興味が湧かず友人に無理矢理連れて行かれた「風の谷のナウシカ」も、ノリノリで見に行った「愛・おぼえていますか」も、当時は決して肯定的な評価だけではなく、あれこれ言い合っていた。それらを(田舎の映画館でプアな設備とは言え)映画館の巨大なスクリーンで見られたのは、今となっては貴重な体験だったと言うしかない。

その過去と現在を比較すると、2つの違いがある。

ひとつは話題の消費速度。SNSでバズった作品はあっという間に人気となり、上映期間が延長され、ついには短期間でのリバイバルあるいはロングラン上映に至るものが増えた。雑誌が年末にベスト映画を選ぶ前に、作品の良さは視聴者によって決められてしまうのだ。もうひとつは映画館の設備の向上。大昔の映画ブーム以来の古い劇場はかなり淘汰され、快適でスクリーンも音響も整ったシネマコンプレックスが一般化した更にその上に、さらに高品質をうたうULTIRA上映や、体験型の4DX、「極上爆音上映」という一点突破型スタイルを確立した立川のシネマシティ、その後を追う塚口サンサン劇場と川崎チネチッタなど、その劇場ならではの個性を全面的に打ち出すようなところさえ現れ始めた。こうして視聴者は可能であれば映画館を選び、好みのスタイルで(場合によっては光る棒などを振って)作品を楽しむことができるようになったのだ。

映画は部屋で見るより映画館で見る方がより楽しい。こんなシンプルなことを数十年ぶりに再認識している。数千円を出して数時間イスに拘束されるだけの簡単なお仕事で、驚くほど非日常的な体験が得られるかもしれないのだ。ひとりで見ても、誰かを誘っても、その映画は必ず楽しい。そして誰かと話すネタが増える。面白い映画なら賛美の言葉が並び、クソ映画なら罵倒の文句があふれるだろう。だが、それすら楽しい。本当に楽しい。だから、今はあれこれ理屈を並べる前に、それを存分に味わっておいたほうがいいように思うのだ。こんな幸せな季節はしばらく巡ってこないかもしれないのだから。

2016/08/01

シン・ゴジラは東の宝である(ネタバレありレビュー)

パシフィック・リム」の最後にギレルモ・デル・トロ監督が

"この映画をモンスターマスター、レイ・ハリーハウゼンと本多猪四郎に捧ぐ"

と記したのを見届けた、「シン・ゴジラ」総監督・監督の庵野秀明と樋口真嗣の姿 ↓


そういうわけで、映画「シン・ゴジラ」を見てきた。以下、本作について思うところを述べる。ネタバレ多数につき、未見の方は
  • ゴジラ(1954年)
  • 日本のいちばん長い日(1967年)
  • 帰ってきたウルトラマン(DAICON FILM版)
の3つの映画の名前だけ覚えてくれればOKなので、そのまま引き返してください。





さて本題。

2016/07/11

Re:animation9 雑感

既にTwitterでも話したことだけど、あらためて整理しておきたくなったので書く。

7/10(日)に新宿歌舞伎町のど真ん中で行われたRe:animation9(以降リアニと表記)の野外フロアへ入場して爆音で流れるアニソンにゆらゆらと身を委ねてしばらくして、BOOM BOOM SATELLITES の「LAY YOUR HANDS ON ME」がプレイされたとき、喜びとも哀しみとも分からない感情に包まれて、ひどく動揺した。



ワタシは彼らの熱狂的なファンではないけれど少々の音楽好きではあるから、アニメその他を通じて彼らの作品を知っている。そしてこれがどういう意味合いの曲なのかも。そういう音楽がアジアの雑踏の極みのような都市空間に大音量で解放された事実が、自分を打ちのめした。



音楽消費がフェス化して久しいと聞く。それはフジロックに代表される野外フェスや、アリーナやスタジアムといった大規模な閉鎖空間で行われるライブイベントが盛況であるという話に裏打ちされる。ではそういった日常生活から切り離された大空間はもう他にないのか、というところを思いっきり逆手に取って、大繁華街のど真ん中でアニメソングを中心にした屋外クラブイベント(アニクラ)を敢行したのが、リアニの始まりのようである。

そのリアニに、ワタシは1度参加したことがある。Wikipediaで調べるとそれは2013年の9月の第5.5回、小雨が降って少々肌寒い印象が強かったその日は、フロア後方でグダってる泥酔客とサークルモッシュ的オタ芸に熱心でプレイされる音楽なんか知ったこっちゃない勢と知っているアニソンがプレイされると後方からダッシュして体当たり上等な女性客が気になって、とてもじゃないが音楽を楽しむ気分になれず途中で帰ったことをよく覚えている。それがアニクラの流儀のひとつだというのを知ったのはその後しばらくしてからで、ちょっともったいなかったとは今でも思うが。

今回のリアニは、その印象を覆すものだった。アニソンはプレイされるものの基本はEDMフェス、もっと言うとテクノやトランスの野外レイブの再現をコンセプトに据えたのだと思う。もちろんアニソンやゲームミュージック、ボカロ曲(!)などの文脈の範疇からは外れないんだが、DJが変わる度にアニクラ、EDM、ベースミュージック、トランス、テクノ等に場の色彩がきれいに染まっていき、そういう音楽をまともに聴いたことがない風情のアニオタにさえステップを踏ませるようなパワーが発散されていた。そして音楽が中心であることは、スタッフの皆さんが先に挙げたような問題を起こしそうな人たちに対してよく注意を払っていた様子からも伺えた。



ボカロ系クラブイベント(ボカクラ)で度々お見かけするDJ Megsysさんが回し始めたとき、ワタシは入場規制列にいた。最初に聴こえてきたのは「ルカルカ★ナイトフィーバー」。ボカロクラスタにしか分からない想いをこんな形でぶっ込んでくる心意気みたいなものがビリビリ伝わってきて、その後ボカロ曲からアニソンRemixへきれいに繋いで熱く盛り上がり、クラウドファンディングで権利を買ったらしい人からの放水を浴びせられながら多幸感に包まれたあのとき。

ゴリゴリのトランスで押しまくるDJさんが当然のようにHiroyuki Odaではなく鼻そうめんPのボカロ曲を2つもプレイしたあのとき。

ラストのロングセットでコアなテクノが鳴り響いてもほとんど誰も帰ろうとせずひたすら踊っていたあのとき。

そしていまもう一度、「LAY YOUR HANDS ON ME」がプレイされたときの、四方をビルと派手な看板に囲まれた都市の風景と空の色が視界の中で境界を失って混じり合い、自分の身体も思考も何もかもがどこかへ溶けてしまったような、あの感覚を思い出す。おそらくそれは祈りのようなものだったのだろう。



次のリアニもがんばって行くようにします。できればスタートから。

HiroshiWatanabe aka Kaitoさん(@hiroshi_w_aka_kaito)が投稿した写真 -


追記:こちらもぜひご一読を

2016/07/02

nasneとAndroid版torne mobileでTVアニメ時短視聴のススメ

7月に入って2016春アニメが一段落したと思う間もなく夏アニメラッシュだけど皆さん息してる?それくらい昨今のTVアニメの本数は多過ぎて見る時間を作る段階で既にくじけてしまいがち。これまでは睡眠時間を削ったり見る作品を泣く泣く絞り込んだりスマートフォンに録画データを移して隙間時間に視聴したりという個人なりの努力をして解決を図っていたわけだけど、今回はソニー製TVチューナー内蔵NASのnasneとその視聴アプリのひとつであるAndroid版torne mobileで視聴時間そのものを圧縮してしまおうというお話。nasneもtorne mobileもコストパフォーマンスが高いので、Android端末を持っている方が新規にHDDレコーダーの購入を検討する場合にもちょっぴり役立つ内容になるかもしれない。

さて本題。nasneは前述の通り「地上波デジタル/BS/CSチューナー内蔵NAS」なので、前提として家庭内LANにぶら下げる必要がある。無線では繋がらないので有線で。それと当然TVアンテナも配線しなくてはいけない。このあたりの物理的なめんどくささは商品の性質上諦めるしかないが、逆にTVには直接接続しなくていいのが不思議ではある。さて一通りの作業を済ませて設置して電源を入れたら細かなセッティングはLAN内の端末…例えばPS3/PS4のtorneや、PCのwebブラウザ、スマートフォン等から行う。セッティングの内容は主にTV視聴と録画についてで、NASに関わる設定はほとんどないと言っていい。そういうわけでnasneをメディアサーバ的に使うのは可能ではあるけど、あまりオススメできない。それとあらかじめ言っておくけどnasneは壊れやすいので(ワタシのnasneは例の初期不良で交換した後エラーで吹っ飛んで現在は3代目)、重要な録画にはあまり向かず、また、録画データを外部メディアに取り出して保存する方法も充分に整備されているとは言いがたい。つまり見ては消し用途で割り切って使うのがベターである。余談だがnasneは1チューナーだが並列設置が可能なので、複数チャンネル録画も数にものを言わせれば可能である。また、USB接続の外付けHDDを増設することで録画容量を増やすことも可能だが、録画先HDDを指定できないなど機能的にはプアなので正直あまりオススメできない。

んでnasneの操作や視聴はLAN上のPS3/PS4やPC、スマートフォン・タブレット等で行う。PCについてはWindows・Macに対応ソフトがあり、スマートフォン関係にも幾つかアプリが揃っているが、今回はtorne mobileを組み合わせるのを提案したい。なおこのアプリはiOS版・Android版ともに存在するが、後述する「ある機能」がAndroid版に先行(?)実装されているので、今回はそちらを中心に話を進める。Android版の場合、TV視聴や録画ビデオ再生機能の解放に¥500の課金が必要だが、それが無いと話が始まらないのでさっさと払ってしまおう。なおワタシが現在使用している端末はXperia Z Ultraだが、ごくたまに再起動するくらいの手間でサクサク快適に動作していることを申し添えておく。それとこのアプリ、番組持ち出しには対応していないようで、そうしたいときは別のアプリが必要。このへんのチグハグさはいかにもTV関係という感じが強い。

さて、torne mobileの実際の画面を見ていくことにしよう。これは実際の初期画面と設定画面を並べたスクリーンショット。既にPS3/PS4でtorneを使っている方は特に戸惑うことはないだろう。ざっと見る限り、nasneとtorne mobileで必要な設定項目は揃っており、また、各種視聴に対応する機能も(明らかに余計なお世話的なもの・無駄に思えるものも含めて)一通り含まれている。ここでは説明しないが、nasneとtorne mobile(または別のアプリ等)で外出先から録画できるようにしておくととても便利なので、多少のランニングコスト増とセキュリティ低下に目をつぶってでも設定することをオススメする。まあここは個人のポリシー次第ではあるが。

次は番組表と番組検索画面を並べたスクリーンショット。番組表は標準的なもので特に不満はないが、これを実際に見ながら番組を探すというのは、よほどのTV好きくらいしかしないだろう。というわけで活躍するのが番組検索。ジャンルと登録チャンネル、放映時間帯、有料・無料などの条件で絞り込んだ上でフリーワード検索ができるのだが、親切にも[新](新という字を四角で囲った新番組を示すマーク)が検索ワードにあらかじめ登録されているので、これらを組み合わせて検索すれば、例えば「地上波で放映される深夜アニメの新番組」だけを抽出できる。あとはおもむろに録画したい番組をタッチして予約登録していけばよい。

そして録画視聴画面のスクリーンショット。ワタシがAndroid版torne mobileをプッシュする最大の理由はここ。再生時に画面上を指でタッチして左右にスライドすることで1.0倍〜2.0倍、10倍、30倍、120倍の早送りが可能で、1.0倍〜2.0倍再生しているときに画面をタッチして指を縦に動かすと0.1倍刻みの調整ができる(スクリーンショットには映っていないが、画面中央の▷マークの下に再生倍率が表示されるようになっている)。つまり時短視聴とは、PS3/PS4でもできたこの倍速再生機能を活用してTVアニメを手元のAndroid端末でサクサク見ちゃおうというものである。自分はアナログビデオ時代に2倍速視聴できる特定の機種を探し出してフル回転させていて、デジタルHDDレコーダーに移行してからは1.5倍速視聴で妥協していたんだが、このアプリのアップデートによって再び2倍速視聴ができるようになって小躍りして喜んだ(というのはオーバーだが)。なおiOS版torne mobileには現時点で倍速再生機能が実装されていないので、iPhone・iPadユーザーは指をくわえて待つかAndroid端末を買っちゃおう(笑)

ところで当然「2倍速で見ても話が分からんのでは?」という疑問が湧くと思うが、これは慣れと使い分けで何とかなると経験上から申し上げたい。アニメは意外とセリフの間が空くので、慣れてしまえば2倍に圧縮しても話を追うことができるようになる。もちろん倍率を下げるのもいい。1.3〜1.5倍速程度ならそんなに違和感は生じないんじゃなかろうか。それともちろん、作画や劇伴などをじっくり楽しみたい作品は等倍で視聴するなど、好みに応じて使い分けるとよい。余談だが、倍速視聴はスポーツと全く相性が悪いので素直に等倍で見よう。

というわけで、nasneとAndroid端末の組み合わせはnasne mobile(の倍速再生機能)によってコストパフォーマンスにすぐれたアニメ(を片っ端から見ては消す)視聴環境になっている。時間が取れず視聴に苦労している、あるいはTVの前に座るのが面倒になっている方には割とオススメだと思うのだが、いかがだろうか。

2016/04/27

TVアニメ総集編を特別な映画にするために〜「劇場版 響け!ユーフォニアム」レビュー

ちょうど去年、正確には2015年の4〜6月に地上波放映されたTVシリーズアニメ「響け!ユーフォニアム」(以下TV版)に思いっきりハマって遂には舞台となった宇治への「聖地巡礼」まで敢行してしまったのは、このブログでご報告してきた通り。過去のあれこれを知りたい方は以下をどうぞ:

その「ユーフォ」がいわゆる総集編映画、「劇場版 響け!ユーフォニアム~北宇治高校吹奏楽部へようこそ~」(以下劇場版)として映画館で見られるというので、初日封切のチケットを押さえて見た。以下、その感想を述べる。なお、既にねりまさんやバーニングさん等による適切なレビューが存在するので、この作品を普通にご覧になりたい方はそちらをご一読することをオススメします。

さて本題。観劇後に映画館から出てきたワタシは、もちろん目は充血して真っ赤なのに、新作カットもたくさんあってうれしいはずなのに、まるで秀一からあがた祭に誘われたときの久美子のような顔つきをしていたと思う。それほど、ひどく混乱していた。

混乱の理由は、「記憶を強制的に上書き保存されていくような感覚を味わったから」とでも表現すればいいのだろうか。TV版で慣れ親しんだ話と絵はほとんど同じなのに、劇場版を全く別の体験として受け取った自分がいるのが理解できなかった。その訳を小一時間ほど必死に探し、TV版と劇場版の差として以下の4点を何とかひねり出した。
  1. ストーリーやエピソードを大幅に削って、久美子中心の部活ものから久美子の一人称視点の物語として再構成した
  2. 声優さんのアフレコを再度やり直した
  3. 劇中BGM(劇伴)をTV版の流用ではなく新規に書き下ろした
  4. TV版の見せ場のひとつだった「手ブレ」や「ダメレンズ描写」などの特殊な映像表現の大半を排除した

    ※特殊な映像表現についてはワタシのこの記事や以下を参照してください

1.は説明不要だろう。TV版全13話を約100分の尺の中に納めるには物語の2/3くらいを削らなくてはならず、そうすると必然的に主役中心の話とならざるを得ない。その副次的な影響として、2.も理解できる。特にTV版の序盤は劇中の時間の流れがとてもゆったりとしているので、同じ口調のままだと場面転換が速すぎてセリフをしゃべり終わる前にタイムオーバーしてしまうのだ。個人的にはTV版の、ややぎこちなさの残るところから始まって終盤に向けて大きく成長していく演技にとてもシンパシーを感じていたこともあって再録には残念な部分もあるのだが、劇場版ならではの新しい演技も期待できるので、まあ分かる範囲ではある。

問題は3.と4.なのだ。まず3.。TV版の劇伴は、吹奏楽では通常使われない楽器を巧みに配置して奏でられた、極めて印象深いものだった。各エピソードで繰り返し使われた旋律はTV版の特色である透明感や瑞々しさに少なからぬ影響を与えており、TV版の評価を形づくる代表的なポイントのひとつだったと言っていいと思う。一方、新しく用意された劇場版の劇伴は、TV版からフレーズやコード進行などをわずかに引用しながらも基本的には別なものになっていて、TV版と比較すると、やや抑制的で淡々とした印象を受ける。ワタシは劇場版を見ながら、TV版と同じ場面で「あれではなく」別の曲が流れる意味をずっと探っていたように思う。

そして4.の、「手ブレ」や「ダメレンズ描写」などの特殊な映像表現シーンの排除。TV版で執拗に繰り返され、これまた作品を強烈に印象づけるポイントだった、細かくブレて焦点距離が極端に浅く周辺の歪みや色ズレが激しいカットの数々は、劇場版ではまるで部分漂白されたように大半が取り除かれ、全体的には普通のアニメに近い印象の描画で話が進行してゆく。手ブレは目立たなくなり、焦点距離が浅いカットもモダンなレンズで撮ったようなソリッドな描写でわずかに挟まるだけ…。劇場版パンフレットによれば撮影はTV版を軽くなでた程度の手直ししかしていないそうだが、観劇中のワタシは一番の楽しみを見せてくれないもどかしさでいっぱいだったように思う。



と、ここまでは視聴1回目のお話。今日、上記の謎を抱えたまま2回目を見て、疑問は氷解した。

物語の終盤の吹奏楽コンクール地区大会本番(TV版では13話)。演奏会場控室に入ったところから「手ブレ」描写が「解禁」されて画面が大きく揺れ動くようになる。続く滝先生の話に部員たちが耳を傾ける場面、ここにTV版から「あの」フレーズを引用した劇伴があてられる。そしてステージの上で照明が強くなる瞬間に、「ダメレンズ描写」が戻ってくる。TV版とついに軌を一にした姿で演奏される「プロヴァンスの風」、そしてTV版劇伴で繰り返し引用されたフレーズを演奏するカットが追加された、この物語の象徴とも言うべき「三日月の舞」は、まさに最高の熱を放つ。全ては、この時のために計算されたことだったのだ。



TVで好評だったアニメを映画館に持ちこむ作品はこれまでにもたくさんあった。しかし当然、連続TVシリーズと映画は全く別のフォーマットであって、映画として成立させられるか否かは、ひとえに監督の手腕による。今回、京都アニメーションの石原立也監督は、この作品を「黄前久美子を中心とした北宇治高校吹奏楽部のTVアニメシリーズ」から「黄前久美子が主役の吹奏楽映画」に変換するため、吹奏楽の演奏シーンを大切に残しながら物語を無駄なくそぎ落とし、それに合わせてアフレコを新録し、TV版のストロングポイントであった劇伴と映像表現をコンサバと呼ばれることを恐れず一度捨てて、吹奏楽が主題であることを強調するためにあえて控えめな劇伴を新調し、最後の切り札として、捨てたはずの映像表現を呼び戻してここぞという場面の演出に使ったのだ。

こんな大胆な「映画づくり」ができるのかと思った。

久美子が悔し涙をこらえきれず駆けながら叫ぶ「うまくなりたい」という感情、麗奈が大吉山からの夜景を背に吐露する「特別になりたい」という感情は、全ての表現者が根源的に持つ。楽器演奏者はもちろん、映画やアニメの監督もそれは同じである。TVシリーズで様々な挑戦を重ねた末に成功をおさめて完結したはずの自身の作品を解体してひとつの映画として再構築するとき、どれほどの苦悩と葛藤があったことだろう。特別ではないワタシは、そういう特別な人、特別な人たちがこれからも直面し続けるであろうその重さへ、憧憬に近い想いを馳せるのみである。



北宇治高校吹奏楽部へようこそ。




2016/04/06

ガルパン劇場版&立川シネマシティ極上爆音上映は戦車映画の歴史に名を刻むか

ガールズ&パンツァー劇場版、なんだかんだで結局5回も見てしまったんだが、先日設備が増強された立川シネマシティの極上爆音上映(ガルパンの場合は「センシャラウンドファイナル」から「センシャラウンドファイナルLIVE」と改称された)が、あまりにも鮮烈な体験だったのでメモ書きしておく。

昨年の夏、プラチナチケットとして知られる陸上自衛隊の富士総合火力演習(総火演)の見学入場券を偶然と人の縁に恵まれて入手することができ、こんなチャンスはめったにないぞということで、いそいそと出かけていった。そこで見たのは、実物の兵器が実際に使用されるとこうなるという、戦後生まれの日本人にとっては完全な非日常と断言できる光景の連続であった。


総火演では様々な兵器がデモンストレーションされたが、とりわけ戦車が目の前で実弾をぶっ放したときのインパクトは文章で伝えるのが難しい。射撃姿勢を取るまではちょっとやかましい程度の重機のような物音で動いていて、射撃と同時に爆音と衝撃波と放射熱がいっぺんに襲いかかってくるあの感じは、戦車が砲身の中で火薬を炸裂させている結果だと頭では理解していても身体がついてこなかった。長く模型を趣味としていてわずかながらも戦車について分かっていたつもりだったが、やはり実物を見ないとダメだと演習が終わった後につくづく思った。

その実物である戦車を、執拗なまでにリアルに描き込んで成功したアニメがガルパンである。ほとんど大戦時の、博物館入りしてるような戦車しか出てこないんだからリアルも何もないだろうという意見もあるだろうが、例えばプラウダ高校の主力であるT-34が中東の紛争地域で現在でも目撃されているように、大戦からの歴史は地続きであって、その歴史の産物を扱う以上はリアリティに対して慎重であらねばならない。その結果、戦車が出てくる映画はたいてい戦争や紛争、人間の生や死といった大きく重いテーマと隣り合わせになるのが宿命だったのだが、ガルパンはそこを女子高生と戦車道という超アクロバティックなウソで回避した。これは「兵器アクションもの」として大胆かつ画期的な「発明」だと思う。

そのガルパンで描かれる戦車群はどれも入念なリサーチと専門家による監修を経ており、アニメやCGの域を超えて原寸大セットを組んだ特撮とも言えそうな映像に仕上がっている。姿形はもちろん、車体の挙動、砲弾装填や照準合わせの手順の細かな違いなど、見れば見るほど「タミヤのMMシリーズの部品をひとつひとつ組み上げていったときのような」ワクワク感が確かにある。これに足すとすれば総火演で体験したあの皮膚感覚だろうと確信し、各劇場へ足を運ぶこと5回目にして巡り会ったのが、冒頭で述べた立川シネマシティの極上爆音上映(極爆)である。

つい先日までの極爆は、端的に言えば重低音マシマシ上映であった。規格外のサブウーハーを劇場内に設置することによって実現されたそれは、同じ映画でこうも印象が違うものかと思わせるほどの迫力を出していた。そして3月末、この劇場は何をトチ狂ったのかスクリーン両脇にこれまた規格外のラインアレイスピーカーを増設するという暴挙に出た。Twitterでの評判を読んでいるうち居ても立ってもいられなくなり、時間を無理矢理作って新しくなった極爆=「ガルパン劇場版 センシャラウンドファイナルLIVE」を見に行った。

実物がそこにあった。

音が歪む。定位が怪しくなる。アンバランスで聞くことを考慮していない、むき出しの巨大な空気の振動が全身を震わせる。ところどころ何を言っているか分からなくなる。行儀が悪くて粗野な爆発の連続。もう何度も見たというのになぜか涙を流しっ放しの自分が理解できない。それほどひどく感情を揺さぶられ続けて約2時間の上映が終わった。

新しい極爆は、ラインアレイスピーカー導入直後ということを差し引いても決して理想の音響とは言えず、むしろダメな部類に入る。特に中低域が潰れていてBGMなどが聴き取りづらいのは今後の課題だろう。しかし、このピーキーで荒々しい現状の設備が、ガルパン劇場版で描かれる戦車にリアリティを付与する最後のピースになるとは、ガルパンのスタッフも立川シネマシティの中の人も予想しなかったように思う。今後、ガルパン劇場版が海外に出て一部の戦車好きに熱狂的な歓迎を受けカルト映画となるのは確実だが、そのとき世界中のファンに向かって立川の極爆=センシャラウンドファイナルLIVEこそが「本物」だと胸を張って言うことができる。なぜなら、こんなバカげた作品と劇場が揃うなんて、おそらく日本でしか起こらないことだからだ。



兵器ではなく武芸の道具として縦横無尽に駆ける数々の戦車を描いたバカなアニメ映画。

本来はスタジアムやアリーナで使われるはずのスピーカー群を持ち込んだバカな映画館。



バカとは狂気、すなわち非日常である。わずかな出費でそれに触れることができるアニメや映画のなんと幸せなことか。ガルパン劇場版と極爆は、そんな当たり前のことをあらためて思い出させてくれた。各地の劇場で異例のロングラン上映が決まっているようだが、アニメ好き・戦車好きじゃなくても「体感」しておいて損のない逸品である。





以下、ネタバレ含む余談:
  • 各劇場の個性がこれだけハッキリ出る映画も珍しいと思うので、余裕があれば上映方式の違いも含めて見比べると面白いです。特に4DXはアトラクションとしても楽しめるのでオススメ
  • 5月に発売されるBlu-rayは今後ホームシアターのセッティングチェックに不可欠になるでしょう
  • ストーリーが平坦でTVの焼き直しではとかキャラクターやエピソードが多すぎてよく分からんとか展開が速すぎといった欠点は多々あるけど、映画評論家じゃないので気にせず楽しんでます
  • 一方、ディテール描写を観察すると驚くほど細かいけど微妙にウソもついてて、そのへんはこだわりつつマンガ映画の文法に則ってるのかなあと
  • 脇役のエピソードもいろいろ語り尽くしたいが、ひとつ挙げるとすればケイさん率いるサンダースが大洗女子閉鎖危機時に戦車を引き受けてくれるシーン。これはトモダチ作戦へのリスペクトかもと思うとな…
  • 話の軸は西住姉妹という解釈。手をひいて走る回想シーンと、ラストであんこうチームのIV号を牽引するティーガーIの対比がとても印象深い
  • あんこうチームのIV号はとにかく傷つきよく壊れる。競技中は全くブレない西住殿とは対照的
  • クライマックスで西住殿が繰り出した奇手、あれは「高校戦車道最強の虎」を温存した二段構えの作戦だったのでは説。まほの乗るティーガーIはもしかすると劇中で1発も食らってないかも…

2016/03/19

ニコニコ動画をTumblrへvideo形式で投稿するブックマークレット

event_note
表題の件、検索するとそれっぽいのが出てくるのだけど、うまく動かなかったり希望通りじゃなかったりしたので、例によってでっち上げてみた。主に参考にしたのはこちら:

vixylr - ニコニコ動画をtumblrに引用ポストするブックマークレットを勝手に改良

ニコ動をvideo投稿するbookmarkletを作ってみた - FAKE

h2owlish_tumble, ニコニコ動画の投稿用ブックマークレット(修正版)(スマートフォンブラウザ用)

自作スクリプトはこちらのリンクをブックマークして使ってほしい。ソースコードは以下:

javascript:var d=document;
var url=location.href;
var movienum=url.substring(url.lastIndexOf('/')+1,url.length);
var element=document.getElementById('topVideoInfo');
var elements=element.childNodes;
var description=elements[2].innerHTML;
str='<script type%3d"text%2fjavascript" src%3d"http%3a%2f%2fext%2enicovideo%2ejp%2fthumb_watch%2f'+movienum+'%3fw%3d490%26h%3d307"><%2fscript><noscript><a href%3d"http%3a%2f%2fwww%2enicovideo%2ejp%2fwatch%2f'+movienum+'">'+d.title+'<%2fa><%2fnoscript>';
t='nicovideo';
w=window,e=w.getSelection,k=d.getSelection,x=d.selection,s=str,f='http://www.tumblr.com/share/video',l=d.location,e=encodeURIComponent,p='?caption='+e('<blockquote>'+description+'</blockquote><a href="')+e(l.href) +'">'+e(d.title) +'</a>&embed='+e(s)+'&tags='+e(t),u=f+p;
try{if(!/^(.*\.)?tumblr[^.]*$/.test(l.host))throw(0);
tstbklt();
}catch(z){a =function(){if(!w.open(u,'t','toolbar=0,resizable=0,status=1,width=450,height=430'))l.href=u;
};
if(/Firefox/.test(navigator.userAgent))setTimeout(a,0);
else a();
}void(0)

見ての通り単純に複数のスクリプトを悪魔合体させただけなので動作は未保証(MacのChromeとFirefoxとSafariでは軽く確認済みだが)。正しく動けば、動画の外部プレイヤー、投稿者コメント、動画へのリンクつきタイトル、 #nicovideo タグをTumblrに投稿できる。テキスト編集で外部プレイヤーのコードをコピペするよりも手軽なので、ブックマーク・クリッピングサービス代わりに使えるかもしれない。本当は投稿者名やタグも引っ張ってきたかったけどめんどくさい&自分には無理。後は任せた。

…本当はこれ、DAIM立ち上げ当初に構想してたものなんだよね…今になってようやくやりたかったことができた。自分に知識と開発力があれば初期のドタバタは回避できたのになあ。無念。

追記:投稿が動画の外部プレイヤー、動画へのリンクつきタイトル、投稿者コメント、 #nicovideo タグの順になるブックマークレットはこちら。Twitterと連携させる場合はこちらの方が都合がいいかもしれない。

2016/03/02

「ボカロビギナーズ!ボカロでDTM入門」ななめ読み

以前も少し紹介した、アンメルツP著「ボカロビギナーズ!ボカロでDTM入門」を手に入れたので、今回はその内容をレビューしたい。ただしワタシはDTM入門者ではないので(その気はあるけどとりあえず参考書をななめ読みする程度のモチベーション)、どちらかと言うと、この本の見どころというか他に無い特色を探していく感じになるだろうか。ともあれ始めよう。

この本の表紙には「ボカロ」「DTM」「入門」という字が大書きされていて、夕凪ショウ氏による可愛らしいDTM女子校生のイラストとともに目を引く。他の作曲マニュアル然とした書籍とは違う印象を受けるが、それは同人誌版の「ボカロビギナーズ!」から続く、フレンドリーさを前面に押し出したコンセプトと同一に思える。

ところが本を開くと、先ほど言及したマニュアル類とはまた違った風景に面食らうことになる。この手の本にしては、テキストの量が多いのだ。内容がよく整理されているので、つまみ食い的に必要なところだけ読み進めることができるのだが、それでもこれを通読するのは計202ページというボリュームも含めてけっこう大変かもしれない。また、実際に作曲を進める際は、自分が使うDAWのマニュアル本も一緒に用意した方がベターなように思う。

そしてこの本の、他のマニュアル類にない特色は、第1章:知識編と第7章:実践編に集約される。ボカロPの間で、あるいはネット上で当然のこととして流通していた知見が、アンメルツPの手によってこの2つの章に凝縮されている。「ボカロを使って作品を作ってネットで発表して不特定多数の皆と交流する」という一連のフローにおいて必要な心得が書いてあると言ってもよい。その意味で、この本は間違いなく「これからボカロPになる人のためのビギナーズマニュアル」である。もちろん肝心の作曲部分についても第2〜6章でしっかりフォローされているので、まずこれを読んでいろいろやってみて、何か足りないところが出てきたら次に進む、というのが理想的な形かもしれない。

それともうひとつ特筆しておきたいのは、この本が物理と電子の両方の書籍形態で手に入ることである。個人的には物理書籍を推したいが、電子の手軽さも捨てがたい。ここは自分の消費スタイルに合わせて選ぶといいだろう。

さてこの本、あくまでもマニュアルなので、使い倒してなんぼである。まるっきりの素人がボカロでの作曲を志したら、まずDTM機材を揃え、ボカロを買い、その購入リストの隅に付け加えておいてとりあえず損はしない、そういう性格のユニークな本である。アンメルツPによると同人イベントなどで物理書籍を閲覧(あるいは購入まで)できる機会を設けるみたいだから、その際はぜひ手に取って眺めてみてほしい。作曲するしないに関わらず、新しい発見があるかもしれないので。

2016/02/04

Going 20 to zero

少々思うところがあって、長年連れ添った我が愛車・トヨタMR2(型式番号SW20の通称V型)を手放した。以下、その理由などをつれづれとメモしておく。
このクルマを新車で購入したのが1999年1月だから、ワタシの手元にあったのは延べ17年間にもおよんだ。当初は生涯にわたって乗るつもりでいたので、今回手放すにあたって実は年単位で悩んでいたことを最初に告白しておく。何せ長いこと乗っていたものだから、まるで自分の手足の延長のように身体になじんでいたからだ。
手放した理由は半分が用途の不明瞭化、半分が維持の負担増である。このクルマが見た目の通りスポーツカーあるいはGT(グランツーリスモ)であってサーキット走行や長距離高速ドライブでこそ真価を発揮する、要は思い切りスピードを出して走らせ続けないと意味がないタイプの車種でありながら、近年はそういう使い方をほとんどせず、そもそも体調不良に伴って稼働時間が激減して宝の持ち腐れになってしまっていたことが本当に心苦しかった。また、車検費用・自動車税・任意保険の3点セットは必要経費として割り切っていたものの、17年もののクルマのどこが今後壊れてその場合どれくらいの費用がかさむかを想像すると(特にフレーム周りやエンジンマウントやラジエーター等の普通は外から見えない部分)、負担は明らかに増大することが予想できた。正直ここまでノートラブルで走れてきたほうがおかしかったのだ。
さて手放すのを決断してそのまま廃車…というのも、古いとはいえまだまだ走れる現状のコンディションから考えても長いこと維持してきた心情的にももったいないと思ったので、いくつかの中古車査定業者に車両を見せて話を聞いてみることにした。大手チェーン店などは手慣れたもので、車両の写真をiPadでちゃっちゃっと撮影して本部と通信しながら、現在のオークション価格はいくらです今この場で決断してくれたらいくら上乗せして引き取りますと迫ってくる。他の業者も大同小異であったが、小さなお店や若い担当者ほど口を揃えてきれいですね個人的には手放さない方がいいと思いますよ等と言ってくれたので、ちょっとだけ救われた気分になった。
結局6〜7つくらいの業者と話をしただろうか、17年ものにしては意外といい額がつくなあと感心しながら、以前雑誌で見かけたこのクルマの専門店を思い出したのでダメ元で問い合わせてみることにした。お店の方いわく、すぐには見に行けないので写真を送ってくれとのことだったので、駐車場で適当にパラパラと撮って送ってみた。するとさっそく電話が来て、このクルマの細かなディテール…ドアの内張りの違い、Tバールーフ、V型限定のベージュマイカメタリックという車体色や同じくV型限定仕様の自然吸気エンジン(ヘッドカバーが赤い。テスタロッサ!)などについて思い切り話の花が咲いてしまった。さすが専門店を名乗るだけのことはある。
で、結局その専門店の方が写真を見て雑談をしただけで最低でも他の業者よりずっと良い額で引き取りますよと仰るものだから、ここなら適当にカーオークション相場に流しておしまいみたいなひどい扱いはされないだろうと確信して、クルマを預けることにした。順調にいけば、専門店ならではの入念な整備を施してリフレッシュされたこの車体が、春頃にそこの店頭へ並ぶことになるだろう。願わくば、このクルマにワタシが込めた様々な想いが次のオーナーへ届くことを祈る。
去年の春、このクルマで伊豆半島を一周したとき、ワタシがあこがれた20世紀の日本のモータリゼーションあるいはクルマ生活の姿が、21世紀に至りほとんど消滅したことを実感した。現在このようなクルマは新車中古含め世の中から激減してしまったが、もし次に乗るとしたら、21世紀なりの答を自分で模索できそうな車種にするかもしれない。2人しか乗れずエンジンが車体の真ん中に据えてあるクルマなぞ、もう巡り会う機会はほとんどないだろうが。

17年間、無事に走り抜けられたことに感謝したい。
「さよなら僕のヒーロー、またいつか」