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Light up your room, and browse away from the monitor, please! :-)

2016/04/27

TVアニメ総集編を特別な映画にするために〜「劇場版 響け!ユーフォニアム」レビュー

ちょうど去年、正確には2015年の4〜6月に地上波放映されたTVシリーズアニメ「響け!ユーフォニアム」(以下TV版)に思いっきりハマって遂には舞台となった宇治への「聖地巡礼」まで敢行してしまったのは、このブログでご報告してきた通り。過去のあれこれを知りたい方は以下をどうぞ:

その「ユーフォ」がいわゆる総集編映画、「劇場版 響け!ユーフォニアム~北宇治高校吹奏楽部へようこそ~」(以下劇場版)として映画館で見られるというので、初日封切のチケットを押さえて見た。以下、その感想を述べる。なお、既にねりまさんやバーニングさん等による適切なレビューが存在するので、この作品を普通にご覧になりたい方はそちらをご一読することをオススメします。

さて本題。観劇後に映画館から出てきたワタシは、もちろん目は充血して真っ赤なのに、新作カットもたくさんあってうれしいはずなのに、まるで秀一からあがた祭に誘われたときの久美子のような顔つきをしていたと思う。それほど、ひどく混乱していた。

混乱の理由は、「記憶を強制的に上書き保存されていくような感覚を味わったから」とでも表現すればいいのだろうか。TV版で慣れ親しんだ話と絵はほとんど同じなのに、劇場版を全く別の体験として受け取った自分がいるのが理解できなかった。その訳を小一時間ほど必死に探し、TV版と劇場版の差として以下の4点を何とかひねり出した。
  1. ストーリーやエピソードを大幅に削って、久美子中心の部活ものから久美子の一人称視点の物語として再構成した
  2. 声優さんのアフレコを再度やり直した
  3. 劇中BGM(劇伴)をTV版の流用ではなく新規に書き下ろした
  4. TV版の見せ場のひとつだった「手ブレ」や「ダメレンズ描写」などの特殊な映像表現の大半を排除した

    ※特殊な映像表現についてはワタシのこの記事や以下を参照してください

1.は説明不要だろう。TV版全13話を約100分の尺の中に納めるには物語の2/3くらいを削らなくてはならず、そうすると必然的に主役中心の話とならざるを得ない。その副次的な影響として、2.も理解できる。特にTV版の序盤は劇中の時間の流れがとてもゆったりとしているので、同じ口調のままだと場面転換が速すぎてセリフをしゃべり終わる前にタイムオーバーしてしまうのだ。個人的にはTV版の、ややぎこちなさの残るところから始まって終盤に向けて大きく成長していく演技にとてもシンパシーを感じていたこともあって再録には残念な部分もあるのだが、劇場版ならではの新しい演技も期待できるので、まあ分かる範囲ではある。

問題は3.と4.なのだ。まず3.。TV版の劇伴は、吹奏楽では通常使われない楽器を巧みに配置して奏でられた、極めて印象深いものだった。各エピソードで繰り返し使われた旋律はTV版の特色である透明感や瑞々しさに少なからぬ影響を与えており、TV版の評価を形づくる代表的なポイントのひとつだったと言っていいと思う。一方、新しく用意された劇場版の劇伴は、TV版からフレーズやコード進行などをわずかに引用しながらも基本的には別なものになっていて、TV版と比較すると、やや抑制的で淡々とした印象を受ける。ワタシは劇場版を見ながら、TV版と同じ場面で「あれではなく」別の曲が流れる意味をずっと探っていたように思う。

そして4.の、「手ブレ」や「ダメレンズ描写」などの特殊な映像表現シーンの排除。TV版で執拗に繰り返され、これまた作品を強烈に印象づけるポイントだった、細かくブレて焦点距離が極端に浅く周辺の歪みや色ズレが激しいカットの数々は、劇場版ではまるで部分漂白されたように大半が取り除かれ、全体的には普通のアニメに近い印象の描画で話が進行してゆく。手ブレは目立たなくなり、焦点距離が浅いカットもモダンなレンズで撮ったようなソリッドな描写でわずかに挟まるだけ…。劇場版パンフレットによれば撮影はTV版を軽くなでた程度の手直ししかしていないそうだが、観劇中のワタシは一番の楽しみを見せてくれないもどかしさでいっぱいだったように思う。



と、ここまでは視聴1回目のお話。今日、上記の謎を抱えたまま2回目を見て、疑問は氷解した。

物語の終盤の吹奏楽コンクール地区大会本番(TV版では13話)。演奏会場控室に入ったところから「手ブレ」描写が「解禁」されて画面が大きく揺れ動くようになる。続く滝先生の話に部員たちが耳を傾ける場面、ここにTV版から「あの」フレーズを引用した劇伴があてられる。そしてステージの上で照明が強くなる瞬間に、「ダメレンズ描写」が戻ってくる。TV版とついに軌を一にした姿で演奏される「プロヴァンスの風」、そしてTV版劇伴で繰り返し引用されたフレーズを演奏するカットが追加された、この物語の象徴とも言うべき「三日月の舞」は、まさに最高の熱を放つ。全ては、この時のために計算されたことだったのだ。



TVで好評だったアニメを映画館に持ちこむ作品はこれまでにもたくさんあった。しかし当然、連続TVシリーズと映画は全く別のフォーマットであって、映画として成立させられるか否かは、ひとえに監督の手腕による。今回、京都アニメーションの石原立也監督は、この作品を「黄前久美子を中心とした北宇治高校吹奏楽部のTVアニメシリーズ」から「黄前久美子が主役の吹奏楽映画」に変換するため、吹奏楽の演奏シーンを大切に残しながら物語を無駄なくそぎ落とし、それに合わせてアフレコを新録し、TV版のストロングポイントであった劇伴と映像表現をコンサバと呼ばれることを恐れず一度捨てて、吹奏楽が主題であることを強調するためにあえて控えめな劇伴を新調し、最後の切り札として、捨てたはずの映像表現を呼び戻してここぞという場面の演出に使ったのだ。

こんな大胆な「映画づくり」ができるのかと思った。

久美子が悔し涙をこらえきれず駆けながら叫ぶ「うまくなりたい」という感情、麗奈が大吉山からの夜景を背に吐露する「特別になりたい」という感情は、全ての表現者が根源的に持つ。楽器演奏者はもちろん、映画やアニメの監督もそれは同じである。TVシリーズで様々な挑戦を重ねた末に成功をおさめて完結したはずの自身の作品を解体してひとつの映画として再構築するとき、どれほどの苦悩と葛藤があったことだろう。特別ではないワタシは、そういう特別な人、特別な人たちがこれからも直面し続けるであろうその重さへ、憧憬に近い想いを馳せるのみである。



北宇治高校吹奏楽部へようこそ。




2016/04/06

ガルパン劇場版&立川シネマシティ極上爆音上映は戦車映画の歴史に名を刻むか

ガールズ&パンツァー劇場版、なんだかんだで結局5回も見てしまったんだが、先日設備が増強された立川シネマシティの極上爆音上映(ガルパンの場合は「センシャラウンドファイナル」から「センシャラウンドファイナルLIVE」と改称された)が、あまりにも鮮烈な体験だったのでメモ書きしておく。

昨年の夏、プラチナチケットとして知られる陸上自衛隊の富士総合火力演習(総火演)の見学入場券を偶然と人の縁に恵まれて入手することができ、こんなチャンスはめったにないぞということで、いそいそと出かけていった。そこで見たのは、実物の兵器が実際に使用されるとこうなるという、戦後生まれの日本人にとっては完全な非日常と断言できる光景の連続であった。


総火演では様々な兵器がデモンストレーションされたが、とりわけ戦車が目の前で実弾をぶっ放したときのインパクトは文章で伝えるのが難しい。射撃姿勢を取るまではちょっとやかましい程度の重機のような物音で動いていて、射撃と同時に爆音と衝撃波と放射熱がいっぺんに襲いかかってくるあの感じは、戦車が砲身の中で火薬を炸裂させている結果だと頭では理解していても身体がついてこなかった。長く模型を趣味としていてわずかながらも戦車について分かっていたつもりだったが、やはり実物を見ないとダメだと演習が終わった後につくづく思った。

その実物である戦車を、執拗なまでにリアルに描き込んで成功したアニメがガルパンである。ほとんど大戦時の、博物館入りしてるような戦車しか出てこないんだからリアルも何もないだろうという意見もあるだろうが、例えばプラウダ高校の主力であるT-34が中東の紛争地域で現在でも目撃されているように、大戦からの歴史は地続きであって、その歴史の産物を扱う以上はリアリティに対して慎重であらねばならない。その結果、戦車が出てくる映画はたいてい戦争や紛争、人間の生や死といった大きく重いテーマと隣り合わせになるのが宿命だったのだが、ガルパンはそこを女子高生と戦車道という超アクロバティックなウソで回避した。これは「兵器アクションもの」として大胆かつ画期的な「発明」だと思う。

そのガルパンで描かれる戦車群はどれも入念なリサーチと専門家による監修を経ており、アニメやCGの域を超えて原寸大セットを組んだ特撮とも言えそうな映像に仕上がっている。姿形はもちろん、車体の挙動、砲弾装填や照準合わせの手順の細かな違いなど、見れば見るほど「タミヤのMMシリーズの部品をひとつひとつ組み上げていったときのような」ワクワク感が確かにある。これに足すとすれば総火演で体験したあの皮膚感覚だろうと確信し、各劇場へ足を運ぶこと5回目にして巡り会ったのが、冒頭で述べた立川シネマシティの極上爆音上映(極爆)である。

つい先日までの極爆は、端的に言えば重低音マシマシ上映であった。規格外のサブウーハーを劇場内に設置することによって実現されたそれは、同じ映画でこうも印象が違うものかと思わせるほどの迫力を出していた。そして3月末、この劇場は何をトチ狂ったのかスクリーン両脇にこれまた規格外のラインアレイスピーカーを増設するという暴挙に出た。Twitterでの評判を読んでいるうち居ても立ってもいられなくなり、時間を無理矢理作って新しくなった極爆=「ガルパン劇場版 センシャラウンドファイナルLIVE」を見に行った。

実物がそこにあった。

音が歪む。定位が怪しくなる。アンバランスで聞くことを考慮していない、むき出しの巨大な空気の振動が全身を震わせる。ところどころ何を言っているか分からなくなる。行儀が悪くて粗野な爆発の連続。もう何度も見たというのになぜか涙を流しっ放しの自分が理解できない。それほどひどく感情を揺さぶられ続けて約2時間の上映が終わった。

新しい極爆は、ラインアレイスピーカー導入直後ということを差し引いても決して理想の音響とは言えず、むしろダメな部類に入る。特に中低域が潰れていてBGMなどが聴き取りづらいのは今後の課題だろう。しかし、このピーキーで荒々しい現状の設備が、ガルパン劇場版で描かれる戦車にリアリティを付与する最後のピースになるとは、ガルパンのスタッフも立川シネマシティの中の人も予想しなかったように思う。今後、ガルパン劇場版が海外に出て一部の戦車好きに熱狂的な歓迎を受けカルト映画となるのは確実だが、そのとき世界中のファンに向かって立川の極爆=センシャラウンドファイナルLIVEこそが「本物」だと胸を張って言うことができる。なぜなら、こんなバカげた作品と劇場が揃うなんて、おそらく日本でしか起こらないことだからだ。



兵器ではなく武芸の道具として縦横無尽に駆ける数々の戦車を描いたバカなアニメ映画。

本来はスタジアムやアリーナで使われるはずのスピーカー群を持ち込んだバカな映画館。



バカとは狂気、すなわち非日常である。わずかな出費でそれに触れることができるアニメや映画のなんと幸せなことか。ガルパン劇場版と極爆は、そんな当たり前のことをあらためて思い出させてくれた。各地の劇場で異例のロングラン上映が決まっているようだが、アニメ好き・戦車好きじゃなくても「体感」しておいて損のない逸品である。





以下、ネタバレ含む余談:
  • 各劇場の個性がこれだけハッキリ出る映画も珍しいと思うので、余裕があれば上映方式の違いも含めて見比べると面白いです。特に4DXはアトラクションとしても楽しめるのでオススメ
  • 5月に発売されるBlu-rayは今後ホームシアターのセッティングチェックに不可欠になるでしょう
  • ストーリーが平坦でTVの焼き直しではとかキャラクターやエピソードが多すぎてよく分からんとか展開が速すぎといった欠点は多々あるけど、映画評論家じゃないので気にせず楽しんでます
  • 一方、ディテール描写を観察すると驚くほど細かいけど微妙にウソもついてて、そのへんはこだわりつつマンガ映画の文法に則ってるのかなあと
  • 脇役のエピソードもいろいろ語り尽くしたいが、ひとつ挙げるとすればケイさん率いるサンダースが大洗女子閉鎖危機時に戦車を引き受けてくれるシーン。これはトモダチ作戦へのリスペクトかもと思うとな…
  • 話の軸は西住姉妹という解釈。手をひいて走る回想シーンと、ラストであんこうチームのIV号を牽引するティーガーIの対比がとても印象深い
  • あんこうチームのIV号はとにかく傷つきよく壊れる。競技中は全くブレない西住殿とは対照的
  • クライマックスで西住殿が繰り出した奇手、あれは「高校戦車道最強の虎」を温存した二段構えの作戦だったのでは説。まほの乗るティーガーIはもしかすると劇中で1発も食らってないかも…

2016/03/19

ニコニコ動画をTumblrへvideo形式で投稿するブックマークレット

event_note
表題の件、検索するとそれっぽいのが出てくるのだけど、うまく動かなかったり希望通りじゃなかったりしたので、例によってでっち上げてみた。主に参考にしたのはこちら:

vixylr - ニコニコ動画をtumblrに引用ポストするブックマークレットを勝手に改良

ニコ動をvideo投稿するbookmarkletを作ってみた - FAKE

h2owlish_tumble, ニコニコ動画の投稿用ブックマークレット(修正版)(スマートフォンブラウザ用)

自作スクリプトはこちらのリンクをブックマークして使ってほしい。ソースコードは以下:

javascript:var d=document;
var url=location.href;
var movienum=url.substring(url.lastIndexOf('/')+1,url.length);
var element=document.getElementById('topVideoInfo');
var elements=element.childNodes;
var description=elements[2].innerHTML;
str='<script type%3d"text%2fjavascript" src%3d"http%3a%2f%2fext%2enicovideo%2ejp%2fthumb_watch%2f'+movienum+'%3fw%3d490%26h%3d307"><%2fscript><noscript><a href%3d"http%3a%2f%2fwww%2enicovideo%2ejp%2fwatch%2f'+movienum+'">'+d.title+'<%2fa><%2fnoscript>';
t='nicovideo';
w=window,e=w.getSelection,k=d.getSelection,x=d.selection,s=str,f='http://www.tumblr.com/share/video',l=d.location,e=encodeURIComponent,p='?caption='+e('<blockquote>'+description+'</blockquote><a href="')+e(l.href) +'">'+e(d.title) +'</a>&embed='+e(s)+'&tags='+e(t),u=f+p;
try{if(!/^(.*\.)?tumblr[^.]*$/.test(l.host))throw(0);
tstbklt();
}catch(z){a =function(){if(!w.open(u,'t','toolbar=0,resizable=0,status=1,width=450,height=430'))l.href=u;
};
if(/Firefox/.test(navigator.userAgent))setTimeout(a,0);
else a();
}void(0)

見ての通り単純に複数のスクリプトを悪魔合体させただけなので動作は未保証(MacのChromeとFirefoxとSafariでは軽く確認済みだが)。正しく動けば、動画の外部プレイヤー、投稿者コメント、動画へのリンクつきタイトル、 #nicovideo タグをTumblrに投稿できる。テキスト編集で外部プレイヤーのコードをコピペするよりも手軽なので、ブックマーク・クリッピングサービス代わりに使えるかもしれない。本当は投稿者名やタグも引っ張ってきたかったけどめんどくさい&自分には無理。後は任せた。

…本当はこれ、DAIM立ち上げ当初に構想してたものなんだよね…今になってようやくやりたかったことができた。自分に知識と開発力があれば初期のドタバタは回避できたのになあ。無念。

追記:投稿が動画の外部プレイヤー、動画へのリンクつきタイトル、投稿者コメント、 #nicovideo タグの順になるブックマークレットはこちら。Twitterと連携させる場合はこちらの方が都合がいいかもしれない。

2016/03/02

「ボカロビギナーズ!ボカロでDTM入門」ななめ読み

以前も少し紹介した、アンメルツP著「ボカロビギナーズ!ボカロでDTM入門」を手に入れたので、今回はその内容をレビューしたい。ただしワタシはDTM入門者ではないので(その気はあるけどとりあえず参考書をななめ読みする程度のモチベーション)、どちらかと言うと、この本の見どころというか他に無い特色を探していく感じになるだろうか。ともあれ始めよう。

この本の表紙には「ボカロ」「DTM」「入門」という字が大書きされていて、夕凪ショウ氏による可愛らしいDTM女子校生のイラストとともに目を引く。他の作曲マニュアル然とした書籍とは違う印象を受けるが、それは同人誌版の「ボカロビギナーズ!」から続く、フレンドリーさを前面に押し出したコンセプトと同一に思える。

ところが本を開くと、先ほど言及したマニュアル類とはまた違った風景に面食らうことになる。この手の本にしては、テキストの量が多いのだ。内容がよく整理されているので、つまみ食い的に必要なところだけ読み進めることができるのだが、それでもこれを通読するのは計202ページというボリュームも含めてけっこう大変かもしれない。また、実際に作曲を進める際は、自分が使うDAWのマニュアル本も一緒に用意した方がベターなように思う。

そしてこの本の、他のマニュアル類にない特色は、第1章:知識編と第7章:実践編に集約される。ボカロPの間で、あるいはネット上で当然のこととして流通していた知見が、アンメルツPの手によってこの2つの章に凝縮されている。「ボカロを使って作品を作ってネットで発表して不特定多数の皆と交流する」という一連のフローにおいて必要な心得が書いてあると言ってもよい。その意味で、この本は間違いなく「これからボカロPになる人のためのビギナーズマニュアル」である。もちろん肝心の作曲部分についても第2〜6章でしっかりフォローされているので、まずこれを読んでいろいろやってみて、何か足りないところが出てきたら次に進む、というのが理想的な形かもしれない。

それともうひとつ特筆しておきたいのは、この本が物理と電子の両方の書籍形態で手に入ることである。個人的には物理書籍を推したいが、電子の手軽さも捨てがたい。ここは自分の消費スタイルに合わせて選ぶといいだろう。

さてこの本、あくまでもマニュアルなので、使い倒してなんぼである。まるっきりの素人がボカロでの作曲を志したら、まずDTM機材を揃え、ボカロを買い、その購入リストの隅に付け加えておいてとりあえず損はしない、そういう性格のユニークな本である。アンメルツPによると同人イベントなどで物理書籍を閲覧(あるいは購入まで)できる機会を設けるみたいだから、その際はぜひ手に取って眺めてみてほしい。作曲するしないに関わらず、新しい発見があるかもしれないので。

2016/02/04

Going 20 to zero

少々思うところがあって、長年連れ添った我が愛車・トヨタMR2(型式番号SW20の通称V型)を手放した。以下、その理由などをつれづれとメモしておく。
このクルマを新車で購入したのが1999年1月だから、ワタシの手元にあったのは延べ17年間にもおよんだ。当初は生涯にわたって乗るつもりでいたので、今回手放すにあたって実は年単位で悩んでいたことを最初に告白しておく。何せ長いこと乗っていたものだから、まるで自分の手足の延長のように身体になじんでいたからだ。
手放した理由は半分が用途の不明瞭化、半分が維持の負担増である。このクルマが見た目の通りスポーツカーあるいはGT(グランツーリスモ)であってサーキット走行や長距離高速ドライブでこそ真価を発揮する、要は思い切りスピードを出して走らせ続けないと意味がないタイプの車種でありながら、近年はそういう使い方をほとんどせず、そもそも体調不良に伴って稼働時間が激減して宝の持ち腐れになってしまっていたことが本当に心苦しかった。また、車検費用・自動車税・任意保険の3点セットは必要経費として割り切っていたものの、17年もののクルマのどこが今後壊れてその場合どれくらいの費用がかさむかを想像すると(特にフレーム周りやエンジンマウントやラジエーター等の普通は外から見えない部分)、負担は明らかに増大することが予想できた。正直ここまでノートラブルで走れてきたほうがおかしかったのだ。
さて手放すのを決断してそのまま廃車…というのも、古いとはいえまだまだ走れる現状のコンディションから考えても長いこと維持してきた心情的にももったいないと思ったので、いくつかの中古車査定業者に車両を見せて話を聞いてみることにした。大手チェーン店などは手慣れたもので、車両の写真をiPadでちゃっちゃっと撮影して本部と通信しながら、現在のオークション価格はいくらです今この場で決断してくれたらいくら上乗せして引き取りますと迫ってくる。他の業者も大同小異であったが、小さなお店や若い担当者ほど口を揃えてきれいですね個人的には手放さない方がいいと思いますよ等と言ってくれたので、ちょっとだけ救われた気分になった。
結局6〜7つくらいの業者と話をしただろうか、17年ものにしては意外といい額がつくなあと感心しながら、以前雑誌で見かけたこのクルマの専門店を思い出したのでダメ元で問い合わせてみることにした。お店の方いわく、すぐには見に行けないので写真を送ってくれとのことだったので、駐車場で適当にパラパラと撮って送ってみた。するとさっそく電話が来て、このクルマの細かなディテール…ドアの内張りの違い、Tバールーフ、V型限定のベージュマイカメタリックという車体色や同じくV型限定仕様の自然吸気エンジン(ヘッドカバーが赤い。テスタロッサ!)などについて思い切り話の花が咲いてしまった。さすが専門店を名乗るだけのことはある。
で、結局その専門店の方が写真を見て雑談をしただけで最低でも他の業者よりずっと良い額で引き取りますよと仰るものだから、ここなら適当にカーオークション相場に流しておしまいみたいなひどい扱いはされないだろうと確信して、クルマを預けることにした。順調にいけば、専門店ならではの入念な整備を施してリフレッシュされたこの車体が、春頃にそこの店頭へ並ぶことになるだろう。願わくば、このクルマにワタシが込めた様々な想いが次のオーナーへ届くことを祈る。
去年の春、このクルマで伊豆半島を一周したとき、ワタシがあこがれた20世紀の日本のモータリゼーションあるいはクルマ生活の姿が、21世紀に至りほとんど消滅したことを実感した。現在このようなクルマは新車中古含め世の中から激減してしまったが、もし次に乗るとしたら、21世紀なりの答を自分で模索できそうな車種にするかもしれない。2人しか乗れずエンジンが車体の真ん中に据えてあるクルマなぞ、もう巡り会う機会はほとんどないだろうが。

17年間、無事に走り抜けられたことに感謝したい。
「さよなら僕のヒーロー、またいつか」

2016/01/17

「ボカロ(≒初音ミク)=糠床」説のスケッチ

年明け早々に思いついたこの説

を考えても考えても一向にまとまらないので半ば放置していたんだが、watさんのインタビューを読んでとりあえずスケッチしておくことにした。書き進めていくうちに詳細が掴めたら章を改めて書き起こすつもりだけど、これで満足して放置するかもしれない。

あらかじめ言っておくと、この説は何年も繰り返されている「ボーカロイド現象」や「n次創作」や「初音ミクの心筋細胞を作ってみた」や「みくさんの魂と死」や「ボカロ衰退論とアンチ衰退論」みたいな(もう2016年だから言い切ってしまうけど)ボカロに関わる通俗的な言説や表現行為をワタシ個人の中で過去のものとする目的で展開し(逆に言えば他人に伝わらなくても仕方ないと諦めてる)、主に例え話を使って説明を試みる。だって現状ではそれ以上話しようがないんだもの、いくら考えても。なので「なにまたバカな話してんだこいつ」と一笑に付していただいて一向に構わない。

さて本題。ボカロ(=初音ミクを代表とする歌声合成ソフトウェアとそれに付随するキャラクターの総称)と糠床を比較して、歌声合成ソフトウェア技術を米糠、ボカロのキャラ成分を塩、個人が持つ作風や想い入れを野菜や発酵のための菌類、とそれぞれ併置する。以下パラパラと:
  • ヤマハが米糠を作った(けどどう売ればいいか分からなかった)
  • 数社がヤマハから米糠を仕入れて「糠漬けの素」として売り出し、そのうちクリプトンは塩を少々同梱してそこそこ成功した
  • クリプトンは次に米糠と「天然塩」を組合せて「手軽でおいしい糠漬けの素」を売り出して大ヒット
  • 家庭で作る糠漬けブーム到来 → 野菜を手当たり次第いろいろぶっ込んでちょっと手間をかければおいしい漬け物がいくらでも食べられる → 同時多発的な「マイ糠床」の醸成
この、同じ米糠(=歌声合成ソフトウェア技術)と塩(=ボカロキャラ成分)から出発して個人に渡ったところで両者の配合比と中に入れる野菜と菌類(=個人が持つ作風や想い入れ)の作用によりそれぞれ違った中身の「マイ糠床」(=個人が想い描くボカロ像)を発酵させてそれを個人ごとに維持管理しているというところ、また、皆が糠漬け(=楽曲やイラストや批評など創作・表現行為によって得られた成果物や言論)を指すとき、その内実はちっぽけな「マイ糠床」からそれぞれ取り出したものに過ぎないというのが、この説で言いたかったことのほぼ全てである。

以前からワタシが唱えてきた三軸三態仮説小宇宙化説(これらはVOCALOID聴き専ラジオのねずもずさんの地図説やnak-amiさんのパンゲア大陸説に影響を受けたものだが)では、それぞれ仮想の「ボカロ空間」の内部に我々がいるというモデルを想定してきたが、その「空間で何かを把握する思考」自体を撤回して、個人が所有する容器のなかに各々が意識的・無意識的に「発酵」させた「マイ糠床」=ボカロ像が存在するというモデルにしましょう、という話である。空間モデルだと、例えばビッグバンに相当するものを想定したり引力の強い物体(大ヒット作や有名Pなど)の存在を仮定するという話になっていたんだが、「マイ糠床」モデルでは、最初のきっかけこそ何かあっただろうけど持っているものも出てくるものも基本的には皆同じ、しかし詳細に比較すると全部バラバラ、ということになる。ここは異論が予想されるけど先に進める。

「ボカロに関わる通俗的な言説や表現行為」と先に説明を省いて断言してしまったが、それらがなぜいちいち噛み合わないのか疑問に思ったことはないだろうか?もっと小さいスケールで考えても、ファン同士が些細なことで強く対立している場面に出会ったことはないだろうか?また、ある人の「これが好き」という言動がどうしても理解できないことはないだろうか?それらは全て「マイ糠床」が発酵している証拠なのだ。個人が想い描くボカロ像を他人のそれと混ぜ合わせることができないほど、知らず知らずのうちに手間暇をかけて育ててしまっているからなのだ。あなたがボカロについて何か考えたり言ったり作ったりしたとき、それらはすなわちあなた自身の照射であり、あなたの疑問や怒りは、あなたのボカロ像が発酵し過ぎているのが原因なのかもしれないのだ。もし今のボカロが停滞していてつまらないと感じているとしたら、あなたは一度「マイ糠床」を全て捨てて、最初から作り直すくらいはしてもいいかもしれない。心配せずとも似たような味になるのは保証しよう、それが個性というものなのだから。

2015/12/27

ボカロP最弱セットMac版(2015)

以前、ほぼ同様のタイトルでMacでのボーカロイド作曲環境を廉価で整える記事を書いた。今回はそのアップデート版なので、基本的なことは前の記事を参照にしてほしい。

2015年に入りDTM環境は一層の多様化を見せ、また、ボーカロイドライブラリ制作各社がV4へのシフトを鮮明化するに至り、ユーザーとしても選択の幅の広さに悩まされることになった。今回の記事はここを中心に書く。

一方、Macは前の記事を書いてからハードが一通り世代交代し、OSがEl Capitanにアップデートしたが、極端に大きな進化はしていない。従って、今回の記事でも「USB3.0ポートが装備されたMacにできるだけたくさんメモリを積むのがオススメ」というスタンスに変化は無く、以降、Mac本体については触れない。

さて前回の記事のまとめに書いた
  • 最弱セット松:Cubase 7の廉価版 + ボカキューNEO + Macに対応したV3ボカロライブラリ
  • 最弱セット竹:GarageBand最新版 + 初音ミクV3またはKAITO V3( + MainStage 3 + Drummer追加)
  • 最弱セット梅:GarageBand最新版 + UTAU-Synth( + MainStage 3)
を見直していくことにしよう。

Cubaseは前回の記事から8.5にアップデートされたが、廉価版(あるいはオーディオインターフェース等のバンドル版)としてCubase Element 8がラインナップされているので、「最弱」としてはこれを軸に考える。注目すべきは体験版の存在で、じゃあこれにボカキューNEOとV3かV4のボカロライブラリの体験版が揃えば初期費用ゼロでボカロ作曲がとりあえず試せるんじゃね?…と思ったら、ちゃんと用意してくれていた。えらいぞヤマハ。というわけで、まずはこれを試してみるのを推奨。ボカロライブラリ体験版ならヤマハ以外の他社でも出ているはずなので、各自探してみてほしい(代表的なところでAHS社の体験版ラインナップへのリンクを貼っておく)。あ、ライブラリがちゃんとMacに対応してるかは確認してね。


と、ここで気になるのがPiapro Studioが使えるクリプトンボカロ。体験版が用意されているのは現時点でV3のMEIKOV4Xの巡音ルカ英語だけだがV3の初音ミクなので、好みで選ぶといいだろう(個人的には容量デカいけどV4Xの新機能が使えるルカさんオススメ)。いずれにせよ、これらの体験版とGarageBandを組合わせればやっぱり初期費用ゼロでボカロ作曲が試せる。なおPiapro Studioは他社製ライブラリも使えるので、Cubase/ボカキューNEOとGarageBand(≒Logic Pro X)/Piapro Studioを比較しながらあれこれ使い込んでみるのもいいかもしれない。


UTAU-Synthは現状維持ながら継続してリリースされているのが素晴らしい。前回の記事を書いた時期から比べるとUTAUライブラリの進歩と充実は目を見張るものがあるので、ニコ動などで音源を聴き比べて面白そうなものを使ってみるといいだろう。もちろんこれも基本的に初期費用ゼロ。それと上記の2つと違ってボーカルエディタが独立しているのでDAWが自由に選べるのは隠れたアドバンテージかもしれない。


さて…新しいアプローチで歌声合成業界(?)に参入してきたCeVIOだが、現時点ではMacでネイティブに動作するものは存在しない。従って、使いたければBoot CampかVMware fusionParallels Desktopか…ってもうこれ初心者向けじゃないので除外。素直にWindowsマシンを用意してください。残念…。


周辺機器については以前と同じ。しっかりとしたモニター用ヘッドホン、あると便利なUSBバスパワー動作のMIDIキーボード、バックアップ用外付けハードディスク、ほしい人はオーディオインターフェース…等々。特にヘッドホンは重要だと思うし長く使うものなのでじっくり選んでほしい。

さて、前回から特筆すべき事柄として、ビギナー向けボカロ作曲用参考書の決定版とも言えるアンメルツPの「ボカロビギナーズ」が一般書籍として発売されたことが挙げられる。とりあえず手元に置いといて損はないと思うので、作曲のお供にどうぞ。


ということで、年末年始休みの間にボカロ作曲を初期費用ゼロでやってみて、気に入ったらお年玉で買える範囲のプランを再考してみた。最弱セット松で数万、梅なら周辺機器関係の出費程度で抑えられる。「とにかく唄わせたい」という意思が先なら、DTM環境を整えるのは後からでも十分間に合うのだ。ご検討あれ。



追伸:クリプトン社は鏡音リン・レンV4Xの体験版を早急に用意すべきだと強調しておく。こういうときにこそオススメしたいのに…。

さらに追伸:2016/01/21にアップルはiOS向けアプリのGarageBandをアップデートし、同時にMusic Memosという「鼻歌作曲ソフト」をリリースした。前者には、強化されたLoop機能とMac版GarageBand / Logic Pro Xに搭載されているDrummer機能が追加され、DTM環境としてはこれひとつでかなりのところまで追い込めるようなところまで来た。また、Music Memosは先述の通り鼻歌などの音源を録音するとそれに見合ったコードを付与しギターとドラムの簡単な演奏までつけてくれるというもので、作曲やカバーの際に威力を発揮するだろう。というか、Music Memos / GarageBandとiOS版VOCALOIDエディタがあれば、とりあえずiPhone / iPadでボカロ作曲できてしまうので、既にiOS機器を持っている人にとっては実はダークホース的にオススメかもしれない(特にiPad)。

2015/12/19

トラックボールを変更

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ワタシのPC環境はずいぶん前からMac mini (Early 2009) を中心として構成されていて、入力デバイスからデータバックアップシステムまで数年単位で変更せず使ってきた。今回話題にする入力デバイスのひとつであるトラックボール(ロジクールM570)は、約3年前に腱鞘炎の悪化を予防するため知人のアドバイスで導入したもので、  少々手を入れて以降は快適に使うことができていた。

ところがここ数週間、どうにも調子がおかしくなってしまった。具体的には左クリックが確定されなかったり勝手にダブルクリックと認識されたり…いわゆるチャタリングの発生である。「M570 チャタリング」で検索すると同様の症状多数、自分で内部のスイッチを交換する猛者も見つかったりしたが、実はこの機種、3年無償保証(!)の対象らしく状況によっては新品交換になる場合もあるっぽいので、いつ買ったかははっきり覚えていないがとりあえずサポートへ連絡することにした。

で、結果どうなったかというと、電話と数回のメールのやりとりの後、自分の手元にはM570tという同製品のマイナーチェンジ版トラックボールが届けられた。製造番号の確認により購入3年以内であることが分かり、通常利用による不具合の範疇だと認められたわけである。代替品をさっさとよこして元々の品はルールに従って処分してくださいねというロジクールの太っ腹でスピーディかつ割り切ったサポート姿勢に感服しつつ…本題はこれから。

最近エレコムがトラックボールの新製品を立て続けに出して一部で話題になっているが、実はこの製品群の前モデルが存在していて、ワタシはモデルチェンジ直前の在庫処分時にちゃっかり1つキープしていたのだった。ていねいな対応をしてくれたロジクールには申し訳ないが、せっかくの機会なので今回はこちら、M-XT1URBKを棚の奥から引っ張り出して使ってみることにした。

さてこの機種、M570と比べて若干小ぶりで人差し指左側の「進む」「戻る」ボタンの位置が窮屈に感じるものの、全体的な感触はM570と大差なく、すぐ慣れることができた。トラックボールやチルトホイール、各ボタン類の感触はこちらのほうがいいので、通常利用なら甲乙つけがたいなあと思う。

しかし、細かな設定などをしていくと少々困った問題がひとつ。エレコム製品はマウスアシスタントと呼ばれる自社製ドライバをインストールして各ボタン類に機能(≒キーボード入力)を割り振ることができるのだが、tabキーが「任意キー」のメニュー内に無く、例えば「control+tab」といったキーコンビネーションが設定できないことが発覚!ブラウザ等のアプリケーションのタブ切り替え等にtabキーはよく使うし、そもそも「任意キー」以外のメニュー内にはtabキー入力がしっかり用意されている(=tabキーだけをボタンに割り振るのは問題なくできる)ので、何を考えてこんな仕様にしているのか正直意味不明である。これじゃあ画竜点睛を欠くなあと思い、エレコムのサポートへ要望を上げておいた。…が、ずいぶん前にエレコムのBluetoothマウスを買ったときも同じ問題に当たってぶん投げた記憶が…ハードウェアが良くてもソフトウェアがタコだと商品価値が下がるという現代のものづくりの難しさの一面とか、そういう話なのかもしれない。些細なことだけど。

ともかくこのトラックボール、上記の不満点を除けば今のところ問題なく快適に使えている。新型では左手用や人差し指操作タイプなどちょっと変わったモデルも積極的に展開している同社には、トラックボール愛用者として今後とも期待したい。入力がストレス無くできればそれに越したことはないので(特に人差し指操作タイプはすごく気になってる)。

2015/12/14

ボカロブーム8年とナユタン星人の登場に思う

誰も書かないなら早い者勝ちということで、ナユタン星人さん(以下敬称略)について思うところをつれづれと書く。端的に言って、2015年の夏にナユタン星人がニコ動に現れたのはひとつの事件であり、また、ボカロブームがもたらした必然だとわりと本気で考えてるのだが、本稿ではそれを何とか説明したい。ちょっと手に余りそうで自信がないが。

とある方がナユタン星人を評して、「正解しか選んでいない」と言ったのを覚えている。ここでの正解とはDTMの音源選びから作詞作曲動画制作のメソッド、ニコ動で伸びるためのスタイルの取り方やプロモーション手法など何から何までにあたる。つまりナユタン星人は2015/07/01の登場時から、誤りなく迷いなく突き進んできたように見える。異星人だから当然っちゃ当然だけど。

さてニコ動でのボカロ楽曲ブームは初音ミク登場から数えて8年を超えたわけだが、一種の熱狂から醒めた現在は、2010〜13年頃に持て囃された「いかにもボカロ曲っぽいスタイル」…高速で細かく刻むリズム構造、難解な漢字熟語を多用した内省的自傷的歌詞、四隅が黒っぽくてキネティックタイポグラフィ的なPV等…の氾濫が落ち着いて、制作者はわりと自由にやっているように感じる。その引き換えとして爆発的な再生数を稼ぐ作品は以前のようにはなかなか出てこなくなったのだが、今回はどちらがいいとかそういうレベルの話はしない。重要なのは、そのような状況下でナユタン星人が全く何もないところからじわじわと侵略話題を呼び、結局ほとんどの発表曲がヒットしたという事実である。

実際にナユタン星人の作品を視聴すると、どれも非常に洗練されていて、かつキャラが立っていることが分かる。それは前述した通り誤りの無さ迷いの無さゆえだが、このセンスはどこから出てきたものだろうか。当人が異星からやってきた存在なので全く想像の域を出ないが、音楽好きであるのはもちろん、かなりの確率で相当なニコ厨、それもぼからんを毎週チェックしたりVOCALOIDタグを全て聴き漁るようなボカロ廃であることが理由にあるように思う。その体験を異星人の頭脳はデータベースとして蓄積して分析して、どうすればヒットするかのノウハウとして自らの作品に適用しているのだろう。

ここでワタシが思い出すのは、かつてあったひとつの音楽ムーブメントである。古今東西のレコードを山ほど買い漁り、サンプリングと引用を駆使して新しい作品として発表する…渋谷系と呼ばれるそれは現在ではひとつのジャンルとして認識されているが、ここで強調したいのはいわゆる渋谷系の曲調ではなくて、バックグラウンドとなった巨大な音楽ライブラリの存在と、スタイリッシュなサンプリング・引用という手法である。ナユタン星人にとってのそれらはもしかすると、8年にわたってニコ動に蓄積された膨大なボカロ楽曲群と、性能・機能的に洗練されたDTMという編集ツールに相当するのかもしれない。おそろしいのは、渋谷系的なそのアプローチを2015年のニコ動でやっているのがたったひとり(確認されている限り)で他には誰も見当たらない感じというところだが、本人は異星人なので案外けろっとしてそうである。

最新作でありアルバム「ナユタン星からの物体X」のラストを飾る「ストラトステラ」の歌詞に一言こうある。

「だから、さよなら」


…そういえば「全ての言葉はさよなら」って曲があったなあ、とドキリとしながら、メロウで瑞々しい歌詞を噛み締める。ワタシにはもう遠くなってしまった場所の歌だが、異星人なら時間も距離も問題にさえしないだろう。そしてワタシは天体観測に戻る。異星人の放つ輝きを待つために。



追記:本当は「曲単体もアルバムも短くて潔いのが特徴のひとつ」とか「初音ミク成分が最初から限りなく抜け落ちてる」的なことなども書きたかったけど冗長になるので次の機会に

公開しました> #2015年ボカロ10選 +1

今年はたぶんやらないと言ったな、あれはウソだ。というわけでボカロリスナー年末恒例のボカロ10選をついやってしまった。今回は勢い余って1曲はみ出て合計11作品。

http://www.nicovideo.jp/mylist/54145167

2013年は年末にいろいろあって2014年はほとんどネットから離れていたから、こうやってまとめるのはたぶん3年ぶり。日常的に書いていた楽曲レビューもすっかりご無沙汰しているので思うようにアイディアが出てこず不満の残るリストとコメントになったが、現状ではこれが精一杯。もし期待されていた方がいたとしたら申し訳ない。

与太話はともかくリストを改めて眺めてみると、我ながら振り幅が大きいというか好みがハッキリしてるというか節操がないというか…。ニコ動のボカロ楽曲から大きなトレンドが失われたように見える現在、あえてその中をクロールするボカロリスナーが作品を選ぶとその趣味と嗜好が以前よりも色濃く反映されてしまうのだ、と、もっともらしい言い訳を述べておく。

総評としてはそんな感じで、選曲した各作品についてはマイリストのコメントを参照してください。それとナユタン星人さんについては章をあらためて書く。氏が2015年に現れたことこそが一連の行動の動機なので。



2015/12/25追記:廻転楕円体さんの「収斂する退化」が再投稿されたので「双頭の零」と入れ替え